空襲の記憶③

(天乃原智志)

[2]

中学生一同 「こんにちは。」

  よし恵、あることに気づきいて小さく息をのむが、すぐに席に着く。

よし恵  「私が内田よし恵です。南先生から、伊佐治、大森さん、
    鷲見(すみ)君と安原君が来ると聞いていますが、誰が誰かしら。
    教えてちょうだい。」
美奈   「私が大森です。」
町子   「伊佐治です。」
智史   「安原です。」
吉人   「鷲見です。」
よし恵  「みんな、夏休みの宿題は順調?」
智史・吉人 「ウッ。」
美奈  「伊佐治さんは半分くらい終わってます。私たちは……
   ボツボツです。」
よし恵 「三人とも、あとから慌てないようにね。伊佐治さんは女学校時代
    の私のともだちに、よく似てるわ。世の中には似た人が七人いると
    いうけど、ほんとねえ……」

  よし恵、懐かしい写真を見るような顔で町子を見る。

かず恵  「母さんは たしか女学校時代に終戦を迎えたのよね。」
よし恵  かず恵の言葉には答えずに「さてと。みなさんの自由研究は「戦時
    中の生活」だったわね。その話をする前に当時の世界情勢を話して
    おきましょう。本題じゃないから、麦茶を飲みながら気楽に聞いて
    ちょうだい。」

安原智史モノローグ
   「内田よし恵先生は年表を用意してくださっていた。その年表と
   地球儀を使って、当時の国際情勢と日本の状況を話してくれた。」

  よし恵、粘土を使って地球儀上のいろいろな国に旗を立てたり、
  中学生たちに旗を立てさせたりしながら説明している。

安原智史モノローグ
  「むずかしかったかって? いいや、面白かった。中学生の僕らには、
  わかりやすくて面白かった。地球儀を使って説明してくれたから、
  人類が北半球全体で戦争していたことが、よくわかった*。」

よし恵  「今思うと、その頃の日本は軍事思想に染まっていたわね。
    子ども向けに兵隊さんの土人形があったし、戦意高揚のための歌が
    いろいろ歌われていたし。国民の気持ちが戦争に向くよう、政府や
    軍部が仕向けていたのね。うちにはこんなのが残っているの」

  よし恵、小さな茶碗を取り出す。茶碗は中は白いが外側が茶色。

町子   「かわいい。けど、変わった形してる。」
美奈   「お茶碗が茶色って珍しいわね。」
よし恵  「伏せてごらんなさい。かわいいかしら?」

  町子、茶碗を伏せる。それが鉄兜の形だということに気づく。

美奈   「これ、鉄かぶと?」
町子   「やだあ。」
よし恵  「こんなのもあるわよ」

  よし恵、戦時中のチラシを2枚取り出す。「撃ちてし止まむ」のチラシ
  と「必勝の誓ひ」

智史   「おお、かっこいい。」
吉人   「この絵、アメリカの飛行機が撃ち落されたところですか?」
よし恵  「男の子は昔も今も同じね。軍部はこうやってみんなを煽って
    おいて、男も女も戦争にかりたてたの。そして──」

  つづいて、よし恵が説明し四人がノートを取る様子。

解説   「昭和十三年、国家総動員法施行。軍部が国民の生活を好きに
    決められるようになる。
    昭和十四年、配給制はじまる。米に始まり、砂糖、炭、酒、塩、
    魚、さらには野菜まで配給制になった。」

町子   「それって、食べ物全部が配給だったってことですか?」
よし恵  「まあ、そう考えていいわね。あの頃は母が食べ物を買って来たの
    を見たことがないわ。いつも配給されたものを持って帰って来てた
    から。」

  さらに、よし恵の話がつづき、中学生たちがノートを取る。

  平成18年(2006年)の三人。

安原愛  「話には聞いてましたけど、食料はかなり不足していたんです
    ね。」
内田かず恵 「何年のことか忘れたけど お芋半分で食事がおしまいって
    ことも、よくあったそうよ。」
安原愛  「へえ……」
安原智史 「それから、よし恵先生は服装が統制されたことや、家庭から金属
     を供出させられた話をした。誰も気づかなかったけど、よし恵
     先生は注意深く二つの話題を避けていた。だから、ここで話を終
     わらせようとした。」
安原愛  「……」

  昭和51年(1976年)。

よし恵  「私の話はこれで終わりです。何か質問はある?」
町子   「はい。その頃の学校生活はどうだったんですか?」

  途端によし恵の顔が緊張する。そして、ゆっくり考えながら答える。

よし恵  「授業をやって、軍のお手伝いの仕事をして。そんな感じだったわ
    ね。」
町子   「学校で仕事してたんですか?」
よし恵  「私たちの女学校では、みんなで軍服をつくっていたの。はじめの
    うちは毎日少しずつ授業があったけど、そのうちに仕事ばかりに
    なってしまって。今の子はしあわせよ。ほかに何かある?」
智史   「はい。名古屋が空襲に遭ったそうですけど──」

  いきなり、よし恵が立ち上がり、御膳の上の麦茶がひっくり返る。
  よし恵、身を震わせて智史を見下ろしている。

よし恵  「どうして? どうして、そんなこと訊くの!? 聞いてあなたに
    何がわかるというの!?」
かず恵  「かあさん……!?」
よし恵  「あの怖さは、そこにいた人にしかわからないわよ!!」

  生徒たち、突然のことに驚き動くことすらできない。とくに智史は
  震えあがっている。

かず恵  「かあさん、おかあさん……。」
よし恵 「……ああ、ごめんなさい、大声を出したりして。これでおしまい
    にしましょう。かず恵さん、みなさんを見送ってあげてね。」

  よし恵、小走りで部屋を去る。
  静けさ。風鈴の音だけが聞こえている。
  四人は顔がこわばっていたり、泣きそうだったり。

かず恵  「かあさん、空襲で恐ろしい目にあったみたいね。」 智史に、
    「あなたが悪いんじゃないわ。私も知らなかったもの。」

(つづく)

*正確には赤道より南でも戦闘が行われた。ここでは欧・米・ソ連・アジアが戦争に参加したり戦場になったことを言っている。

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