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「仕事に定年はあるけれど、趣味は一生」。85歳の歌い手から学ぶ生きがいの見つけ方

50代に入り、ふと「私の生きがいって何だろう」と、虚無感に襲われることがあります。50代といえば、"定年"や"老後"が現実味を帯びてくる年齢。生きがいと呼べるものを何ひとつ持ってないうえに、「今さら見つかるはずがない」「何をやっても遅すぎる」と、気持ちは悲観的に傾きがちです。

そんななか、「え、まだ50代なの? 一番いいときじゃないの!」と明るく言い放つ方がいます。50代半ばで歌手となり、その後歌の先生になった渡部福子さん(仮名)です。85歳になった現在も、40人近くの生徒さんに歌の指導をする傍ら、ステージに立って自らも歌うという、パワフルな日々を過ごしています。なぜ50歳を過ぎて歌の道に入ったのか。そして80歳を越えても現役であり続ける原動力は何なのか。お話を伺いました。


カラオケがもたらした“第2の人生”

—―50代で歌の道に入ったきっかけは何だったのですか?

カラオケ教室に通い始めたことね。はじめは民謡を習っていたんだけど、都合が合わなくて。教室は午後6時からで、お仕事が終わって行くからいつも遅刻しちゃうのよ。
 
困ったなと思っているうちにカラオケが登場したのね。カラオケ教室だったら時間的にぴったりだし、興味もあったから民謡をやめて音楽事務所の先生のところに習いに行ったの。
 
それが、52歳の頃かな。習っているだけで良かったんだけど、面白くなって歌の大会にも挑戦するようになったの。そしたらある大会でチャンピオンになってしまって。それで、作詞家のA先生から書いてもらった詞に曲をつけてデビューしたのよ。

 
——すごいですね。音楽に詳しくない私でもわかる作詞家さんです。
 
CDを出したり、有名歌手の前座で歌ったりしてね。楽しかったわよ。それからカラオケの先生のアシスタントも始めて、5,6年たった頃には試験を受けて作曲協会に入って、先生として歌を教え始めたの。今はカラオケ講座で教えていて、年に1度の発表会では司会と歌の両方をやってる。
 

——現在85歳でいらっしゃるので、歌の道に入りかれこれ30年のキャリアを積まれたということですね。
 
アシスタントの期間を入れれば、そうね。カラオケでチャンピオンになって、それから歌を教えることも面白くなって先生になった。楽しんでいたら30年続いたというだけよ。


現役であり続ける原動力は「とにかく好きだから何があっても続けられる」

——なぜ歌手になろうと思ったのですか?
 
なろうと思ってなったわけじゃないのよ。趣味で始めたし、今でも趣味だと思ってる。小さい頃から歌が大好きでね。特に美空ひばりが大好きで、彼女の歌をいつも歌っていたの。
 
「歌が好き」という気持ちを持ったまま大人になって、子供も独立して時間が空いたから好きな歌を習いに行った。本当にそれだけなの。
 

——子供の頃から歌が好きだったんですね。大人になってもその気持ちが変わらなかったということから、歌に対する情熱が伝わってきます。これまでの歌い手人生の中で「やめたい」と思ったことはありますか?
 
そりゃあるわよ(笑)
自信がなくなっちゃってね。「私なんて……」と考えてしまった時期があったの。でも、「やっぱり歌が好き」という気持ちが強くてね。やめずにここまで来ちゃったわよ(笑)
 


「歌を教えることに命をつなげてもらってる」

——「歌の先生になって良かったなあ」と思うのは、どんなときですか?
 
好きな歌といつも一緒にいられることね。それと、生徒さんたちの存在。「今日は仕事に行きたくないな」と思っても、生徒さんたちの顔を思い浮かべるとパワーがみなぎるの。
 
講師の仕事をしていなかったら、パターンとなりそう。毎朝ただ起きて足を引きずりながら味気ない毎日を過ごしているだろうなと思う。

 
——歌を教えることは、渡部さんにとって生きがいなんですね。
 
そうね。歌を教えることに命をつなげてもらってる。私はカラオケ講座の一講師で、何かあったら代わりの人はいるわけだから、運営に関してはそれほど責任は感じていないの。でも実際はそんなに単純なことじゃないのよ。
 
生徒さんたちがね、「先生がやめたらうちらもやめる」と言ってくれるのよ。今のカラオケ講座の講師になって20年くらい経つけれど、その頃から習いに来ている生徒さんもいる。
 
生徒さんたちとはね、お互い引きつけ合うものがあるのね。だから、入れ替わりはあるものの生徒さんの数も減らないでずっとやってこれているんだと思う。
 
この前、生徒さんたちから「先生お体に気をつけて」と言われて、「あなたたち、本当に私のことを心配してるの? それとも私に何かあったら歌を習えなくなるからそう言ってるの?」なんて冗談言って笑ってね。
 
今度生徒さんたちと一緒に食事会があるんだけど、私も生徒さんたちも楽しみにしているのよ。


好きなことを続けることが生きがいにつながる

——最後に、生きがいを探している50代の人たちにメッセージがあったらお願いします。
 
50代で「老後の生きがいが……」なんて悩むのは早いわよ(笑)
私が50歳を過ぎて歌の道に入り、今こうして歌の先生をやっているのは自慢するほどのことでもないけれど、好きなことを続けてきたからこそ、老後の生きがいを見つけられた。
だから好きなことがあったら、迷わずその道に進んでほしいわね。
仕事に定年はあるけれど、趣味は一生できるから。


インタビューを終えて

教える歌を自ら選曲し、新しい歌を覚え、楽譜の手配や振込など雑務を一人でこなす渡部さん。「ボケるひまがないの」「声が出なくなるまで、体が動かなくなるまで続けたい」と、目を輝かせながら語る彼女の、いきいきとした顔が印象的でした。
インタビューを通じて、渡部さんの口からは「もうこの年だから」という言葉が一度も出てきませんでした。歌が好きという気持ちに加えてこのポジティブさが、年齢にとらわれず新しいことに挑戦する行動力につながっているのかもしれません。
渡部さんの「仕事に定年はあるけれど、趣味は一生できるから」という言葉が大きく心に響きました。大げさな言い方かもしれませんが、趣味は人に生きる喜びや生きがいを与える崇高なものではないでしょうか。渡部さんのお話を伺い、そういう気持ちが強くなりました。

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