神様を燃やす

神様の像を燃やしたことがある。
それは、当時付き合っていた男性が、インドネシアで見つけてきてくれたお人形だった。

インドの神話「ラーマーヤナ」に登場する、シンタ姫。
「ほかのシンタ姫はカラフルな衣装だったんだけど、このシンタ姫はモノトーンのゴスな衣装だったから、君のために買ってきたんだ。王子様も一緒にいて、迷ったんだけどシンタ姫だけ連れて帰ってきた」

彼は興奮気味にそう言った。
私に合うものを探して見つけてきてくれたこと、ロマンチックなエピソードに私は感動し、神々しいお人形を守り神のように大切にした。いつかインドネシアに行って、王子様を連れて来ようと思った。

いつだったか、自殺しようとした時、シンタ姫が上から降ってきた。

アタマに当たって、痛かった。自殺はやめた。

10年近く、シンタ姫と私は寝食を共にした。

とても大切な存在だった。

ところが、私はシンタ姫をプレゼントしてくれた男性と、ひどい別れ方をしてしまった。

そして、深く傷つきながらも、好きな気持ちを消すことが出来なかった。

苦しくて苦しくて、その時、祖母が亡くなる前にしていたことを思い出した。

祖母なりの覚悟だったのだろう、生命が長くないと直感した頃、祖母は庭で、自分の身の周りのものを燃やしていた。

その姿を遠くから見たが、恐ろしく、また聖なる感じもして、近づくことはできなかった。

そうだ、このお人形を燃やそう。

インドネシアのどこかのお店で、今もシンタ姫との再会を夢見ている王子様のことを考えた。
私の生命を救ってくれたシンタ姫のことを考えた。
私にシンタ姫をくれた人の優しさを思い出し、そして裏切りを思い出し、恋慕を思い出し、私は泣き出してしまった。

そしてシンタ姫を掴んで庭の焼却炉へ向かった。

これは神様を焼くことだ。

たんに思い出の品を捨てることとは違う。
私は人形が好きで、人格を見いだして可愛がる趣味があるので、人を殺すに等しい行為だ。

心を、聖なるものを焼く思いだった。

私は手際よく火をつけ、火を大きくし、
そこへシンタ姫を放り込んだ。

これでバチが当たって死んでも構わないと思った。それくらい大事にしていた人形だったし、大事にしていた思い出だった。

私は炎を見つめ、シンタ姫はみるみるうちに灰になった。

秋の庭に、祖母が育てていた菊の花が、すっかり野生化して、咲き乱れていた。

その後5年間、シンタ姫のことを思い出しては罪悪感にかられた。と同時に仕方がなかった、他に方法はなかったと思った。

なぜなら、あまりに大切だったからだ。

神様を燃やしてから5年後の今日、私は気がついた。

あれはお焚き上げだったのだと。
ほかの、もらったものは捨てたり売ったりできたが、シンタ姫だけは、神様だったから、お焚き上げをすべきだった、私は礼儀を尽くしたんだと思えた。

今も目を閉じれば、シンタ姫の慈愛に満ちた表情と美しい衣装を思い出す。

いつかバチが当たるのかもしれない。

私は、神様を燃やした。

#失恋 #恋愛 #喪失 #エッセイ未満

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