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怖いようで怖くなくて、やっぱりちょっと怖いかな? という話

あれは確か……、1996年か1997年だったと思う。

僕は、『宝島』という雑誌の編集部に所属していた。

当時の『宝島』は、コンビニでよく売れる大衆向け男性誌で、ゴシップニュースから、ヌードグラビア、アダルト系情報まで、雑多で下世話な娯楽記事が満載だった。

毎年、夏になると、オカルト系の記事が受けた。

その年、まだ20代の下っ端だった僕は、先輩編集者が嫌がる「最恐心霊スポット体験レポート」的なシリーズ企画の担当を押し付けられた。ヤバい心霊スポットを訪れ、体験記を書くという仕事だ。

でも僕は、非オカルト論者で心霊話的なものに耐性があったので、どこの心霊スポットに行っても、大して怖くはなかった。まあ、大抵の心霊スポットは、人けがなくて寂れた所なので「寂しいな。気持ち悪いな」とは思ったけど、どこに行っても、本気で恐ろしいとは思わなかったのだ。

あ、記事はそれなりに盛り上げて仕上げていましたよ。仕事ですから。


シリーズも何回か経過したある時、ネタ探しをしていた僕は、そこを見つけた。

神流湖。

埼玉と群馬の県境に位置する、細長い形をしたダム湖。

ここは今も有名らしいけど、当時から「関東最恐の心霊スポット」とされていて、いろいろな怪異体験が報告されていた。

ダム湖の宿命で、建設時、もともとそこにあった村が一つ潰されて底に沈んでいるという事実や、湖のほとりに大きな戦没者慰霊塔が建てられているということも、怖いイメージを増幅させていたのだろう。

リサーチした時、一番キャッチーだと思った心霊体験談は以下のようなものだった。


湖の周回道路の脇に、廃屋がある。その家の人たちは夜逃げでもしたのか、家財道具一式が乱雑に散らばって残されている。子どものものらしいおもちゃや、学用品なども打ち捨てられている。

ある時、肝試しをしていた学生が、調子に乗って廃屋の中の教科書を一冊、家に持って帰った。

その夜、学生が一人で暮らす部屋の、電話のベルが鳴った。受話器の向こうからは、消え入るような小さな男の子の声が……。


「…………教科書………………。………………返してね……………………」


キャーーーーッッッ。


と、まあ、こんな話だった。

取材プランは、湖の風景写真を不気味げに撮影しつつ、噂の廃屋を探し出し、外側と内部の写真を撮る。その写真に、上記の心霊譚を絡めて紹介し、一丁上がり! という安直なものだった。


取材当日。撮影は、同い年で気心が知れていて、腕もいいし肝も座っているカメラマン・Oさんにお願いしていた。

薄暗くなった夕方から撮影が開始できるよう、午後遅めに、Oさんの車で出発。神流湖に到着したものの、まだ日が高かったので、とりあえず車で湖の周回道路を探索してみることにした。

道路は想像していたよりもずっと道幅が狭く、両脇の草がはみ出しまくっていて、車一台通るのがやっとだった。

しかし道路を一周してもそれらしい廃屋は見つけられず、僕たちは駐車場近くにある古い食堂に入って休憩することにした。

困ったな、廃屋が見つからないと取材が成立しない。そう思った僕は食堂のおばちゃんに聞いてみることにした。

「すみません、湖の周りに、誰も住んでいない廃屋がありませんか?」

気の良さそうなおばちゃんは、にこやかな顔で答えた。

「あら、肝試し? 空き家はあるけど、な〜んにも出やしないよ!」

そして、廃屋への道順を教えてくれた。

話好きらしいおばちゃんは、僕たちのテーブルから離れようとせず、話を続けてきた。

「男二人で肝試し? 珍しいねえ」

「いや、雑誌の取材なんですよ。心霊スポット巡りの」

「なるほどねえ。でも残念ながら、本当にな〜んにも出ないよ。その空き家は有名で、私も娘たちに誘われて行ったことあるけど」

「そうなんですか。出ませんか?」

「出ーない、出ない」

もとより霊なんて信じていない僕、そして同じ考えのOさんは、「まあ、そりゃそうでしょうね」と思いながら、おばちゃんの話を聞いていた。


するとおばちゃんは、ニコニコしながら、

「そう言えば。娘たちと、去年、その空き家に肝試しに行った時、おかしなことがあったのよ」

「え、なんですか?」

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