【院長への道 ep.13 〜開業戦線異常なし】腹心の部下を持て!

 開業するにあたって、まずは場所やハコ、器材などのハードも大切だが、自分はそれに匹敵するくらいソフトも大事だと考えていた。

 歯科医院におけるソフト、つまり人材である。

 とにかく、流行っている、成功している医院は人材が豊富だ。活気があり、元気の良い明るいスタッフが沢山いる。皆んな何かしら仕事をしており、暇そうにしているスタッフはいない。自分で積極的に仕事を探している。常に掃除をしているスタッフもいるので、院内も清潔感があり綺麗だ。

 逆に、なんだかなぁ〜、という医院は活気がない。スタッフに元気がなく、みんな嫌々仕事をしている。なんだったら『忙しくなるから、ここに来るなや!』というオーラを出している。皆んなやる気がないので掃除もしないから、埃が溜まってたり、床にゴミが落ちていても誰も拾わない。ワックスも床にたれたままで、その上を皆んなが歩くので黒く汚れている。

 私が勤務していた医院は、とても流行っていた。そして活気があった。スタッフも皆んな元気だったし、院長も暇があるとスパチュラで床に落ちたワックスをこそげていた。院長がそういう姿勢を見せていると、下の人間も『こんな事を院長にさせられんで』となり、自ら積極的に動く。

 また、院長はとても太っ腹で、食事に行くと絶対に我々にお金を払わさなかった。ゴルフが大好きな先生で、当時ゴルフなんてやった事なかった私に、ゴルフの道具を一式くれて、

 『サトシィもゴルフやろうや!』

 と言って、よくゴルフに連れて行ってくれた。勤務している間に多分100回くらいゴルフに連れて行ってもらったが、ゴルフ代は一回も払ったことが無かった。

 自分も、院長のそういう姿を見ていたので、自然と『院長とは!』みたいな感じで、自分の中で理想のリーダー像みたいなものが出来ていた。

 自分は当時、副院長だったので、院長がいない時は自然と院長の役割をするようになっていた。

 スタッフ何人かと昼食に行けば、スタッフ全員の食事代を出していたし、仕事が終わってからは後輩の勤務医やスタッフを連れてよく飲みに行っていた。もちろんその時は、全てお金を出していた。

 だから、もらった給料はほとんど残らなかった。でもその時はそれで良いと思っていた。これは将来につながるお金の使い方だ!と勝手に思っていた。

 そして自分が開業する時は、この医院の良いところは全て真似しようと思っていた。

 院長は自分が開業する時に、前の職場から一人の衛生士さんを連れてきていた。この衛生士さんがとても良く出来る衛生士さんで、全て完璧にこなせる人だった。性格もでしゃばらず、一歩引いて院長を支え、そして治療のアシストにつけば院長との息もぴったりで、本当に阿吽の呼吸で、院長もその衛生士さんをとても頼りにしていた。

 自分も将来開業したら、こういう存在が絶対に必要だなぁ、と常々考えていたが、この時点ではスタッフの中に特定の【この人や!】という人間はいなかった。

 今思えば、前職場からスタッフを連れて行くというのは、かなり行儀が悪い、あまり良くない事だと思うのだが、その時は【院長も前の職場から連れて行ってるし、自分も1人くらい良いだろう】と当たり前のように考えていた。

 恐ろしい話である。

 そんなある日、一人の女の子が歯科助手として入職してきた。高校卒業して、全くの歯科未経験者として入社したのだが、この【松ちゃん】という助手の女の子がすごく良い子だった。性格も良いし、物覚えも良いし、元気だし。私はこの松ちゃんをとても気に入り、良く飲みに連れて行ったり贔屓していた。

 ちょうど、その2〜3ヶ月後に自分の開業話が立ち上がったのだった。

 (松ちゃんなら衛生士じゃないし、まだ入って間もないから、抜けたとしてもそこまで医院の戦力ダウンにはならないし、ちょうど良いんじゃないかな?)

 という、ものすごい自分勝手な理屈で、松ちゃんに白羽の矢を立てたのだった。

 そこで院長に相談した。

 『今度、開業するにあたって松ちゃんを連れて行きたいんです。まだ、彼女には何も聞いてないですが、もしOKもらえたら、お許し頂けませんでしょうか?』

 今、思い出しても恐ろし恥ずかしい。何という恩知らずで勝手ないいぐさでしょう!今ならわかる。自分の厚顔無恥さ加減が。衛生士やからあかん、助手はOK、とかそんな問題ではない。人を一人雇うのにどれだけのコストがかかっているのか、全くわかっていなかった。

 しかし、院長は二つ返事で、

 『松ちゃんがええんやったら、ええで』

 と言ってくれた。本当に器の大きな人だ。その腹の内や本心はどう思っていたかわからないが、この自分の勝手な言い分を快く受け入れてくれた。

 もし、今、自分が同じ立場で同じ提案をされたら、『結婚するんやったらええ、そうじゃなかったらアカン!』というだろう。なんて器の小さな人間だ、私は。

 でも、これが俺だ。俺はこういう人間。昔っからそう、俺はこうだよ。

 ビッグダディ問答が頭をよぎる。

 とにかく、その後、松ちゃんに自分の開業計画を打ち明け、一緒に来てほしいと伝えると、少し考えた後にOKをもらった。

 松ちゃんは、今の職場よりうんと遠くになるにも関わらず、私との茨の道を選んでくれた。この人だけは絶対に何があっても大事にするぞ、とこの時心に誓った。

 こうして、気心が知れた腹心のスタッフを手中にし、気分は諸葛孔明を得た劉玄徳のサトシィであった。

〜その14に続く

 



 

 

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