「二兎を追って三兎を得る」の先へ。

「二兎を追って三兎を得る」というのをここ数年のスローガンみたいに掲げて生きています。

単に欲張っているだけに聞こえますが、大切なのは「欲しい一兎を諦めない」ということです。欲しいものが二つあるなら、どちらかを選ぶのに悩んだりせずに、とにかくどちらも全速力で追いかける。そして、三兎目の捕まえ方にまで思いを巡らしておくというのが言いたい趣旨ですね。

三兎目の捕まえ方には、
・兎の捕まえ方のノウハウを人に教えて、その人が獲ってきたきたうちの一兎をもらう
・兎が来そうな場所を予測して罠を仕掛けておく
・一兎目を餌に三兎目をおびき出す
などなど、いろいろと考えられます。兎の狩りに例えているのでやたらとグロテスクに聞こえてしまいますが(笑)

いまの日本に生きる人々に足りないのは「欲張ること」だと僕は思っています。飽食の時代、成熟産業の時代だからかもしれませんが、みんな欲しがらない、欲があまりにもないように思うのです。

それは別に物欲でも食欲でも性欲でもなんでも構いません。僕はあまり物欲はないのですが、「人生を通してやりたいこと」が数えられないくらいたくさんあります。確かベスト8を以前整理した記憶があるのですが、何を8位までにランクインさせたのかは全然覚えておりません(笑)。

欲というものは、人間の原動力になる重要なエネルギーです。お金が欲しい、上司から認められたい、あの子と付き合いたい、という欲求すら、バカにできない重要な動機です。「ガッキーと付き合いたいですか?」と聞かれて「いいえ」と答える男はそうそういないでしょうし、「世界一周旅行がしたい」と考えている旅好きの人だっているでしょう。

僕は、その欲を「兎」に例えています。
「何かを得るために何かを我慢しないといけない」
「何かを得るために何かを犠牲にしないといけない」
という旧態依然としたステレオタイプな無根拠で愚かしい思考が先立ってしまうせいで、みんな人生において何かを諦めて生きているように思うのです。

「そうは言ったって現実は甘くない」という声も聞こえてきそうですが、人間は何歳になってもチャレンジできます。「あれもこれも欲しい」と考えて、そのためにチャレンジし続ける人生のほうが美しいと僕は感じるのです。たとえ、夢半ばで朽ち果てたとしても。

いいじゃないですか。あれもこれも欲しい!そのために走り続ける人生!
結局それは手に入らなかったけれど、どの道中でたくさんの素敵な出会いを経験する人生!

「求める兎は、確実に手に入りそうな兎でないといけない」
「分不相応な兎に手を出してはいけない」
「一つの兎を追いかけるのなら、他の兎は諦めないといけない」
こういった思考には何の根拠もなく、ただ諦めた人間が自分への言い訳として語っている寂しく虚しいロジックです。

さらに最近気がついたのは、兎を追いかけるとき、ただ一生懸命に難しい顔をして追いかけていては勿体ないということです。
欲しいものを目指して駆けるプロセスは、本来とても楽しくワクワクする作業であるべきです。もちろん苦しい思いもするし、嫌な出来事だってたくさんある。でもそのたびにそのプロセスが本当に正しかったのか、他に道はないのかを考えながら懸命に走っていると、同じような思案をしながら走っている同志とも言えるランナーに巡り会えます。
とはいえ、彼には彼なりの価値観があり、自分とは違う人間。その違いを認め合うときに、素晴らしいつながりの経験をするのです。

また、兎を追いかける道中で、全く予想だにしていない素敵な出会いを経験し、欲しいものが大きく変わってしまうことだってあります。それはそれでいいのです。人生に波があって当然。言っていることが変わらない人間ほどつまらないものはありません。変化を楽しむことこそ、人生を楽しむコツだと考えています。

欲に正直であること。
そのために全力疾走して、苦しい思いもするけれど、類は友を呼びながら仲間を見つけること。
その道中を楽しく過ごすこと。難しい顔しちゃいけません!
そして、欲しいものが変わったら、その変化を楽しみ、そんな自分に正直であること。

そう考えたら、毎日やること為すことすべてが「面白い」と思えるようになりました。

仕事で成長するのも面白い。
やったことない学問を勉強するのも面白い。
いろんなビジネスを分析して事業計画を考えるのも面白い。

まったりと家で寝て過ごす時間も面白い。
Amazonプライムで見つけたアニメを見まくるのも面白い。
Youtubeのくだらない動画を見てグダグダ過ごすのも面白い。

恋人とおしゃれなカフェでゆっくりおしゃべりするのも面白い。
実家に帰って家族と談笑しながら夕食を食べるのも面白い。
久しぶりに会った友人たちと今後の人生を語り合うのも面白い。

すべてのプロセスが”欲しいもの”につながっていて、
そのプロセスすべてを面白いと感じてしまえるのです。それは心持ち次第。

逆に言えば、”欲しいもの”につながっておらず、かつ面白くもないものは人生から排除して構わないとさえ思います。慣習や惰性、余計な気遣いで行う無意味な作業はどんどん”やめる決断”をしていったほうがよいと思います。

「楽しみながら二兎を追って、三兎を得るのを楽しむ」というのが、最終的にうまく言えたニュアンスかもしれませんね。

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます! 少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひスキをお願いします!