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父 永眠

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2023年9月6日、父、永眠。
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2023年9月の記事一覧

父逝去。。。?知らないことだらけだ。

父逝去。。。?知らないことだらけだ。

先日父が亡くなり
香典返しに関しては先日も投稿したが、

香典返しってのは
四十九日を過ぎてから、らしく。

母もワテもズバリ、
知らんかった。
みっちー、早過ぎた。ごめんよw

宅急便で送る場合、
礼状を添えることになるが、

句読点を打ったらあかん、とか、
身内に「逝去」(=敬語)って使うな、とか
「ますます」みたいな重ねことばを使うな、とか

う〜ん、
知らんことだらけだねぇ。知らんかった。

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供花は自分を慰める。

供花は自分を慰める。

今日は24日か。
じいじが亡くなったのが6日だから、
18日経ったのか。
はえーな。

ハガキサイズくらいの
じいじの遺影を
追加で2つ作ってもらい、
兄とワテがそれぞれ持ち帰った。

ワテのキッチンの笠木に置いてある。

毎朝お水を汲み直して湯呑みに入れて
供えて
「じ〜いじ! おはよー」と
挨拶する。じいじは大変良い顔で
優しくいつでも微笑んでいる。

花がないなー、
花を供えたいなーと思って

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父という柱は錆びて崩れ落ちた。

父という柱は錆びて崩れ落ちた。

ワテの根幹、
根本に
父が居た。
ワテというタワーの土台に
父と母という、
2つの大きな柱があったのだ。が、
今回、そのうちの一つが
サビサビになって、
ボロボロっと崩れ落ちてしまった。
そしてその中から、ワテ自身の
真新しい柱が
ピカピカな状態で出てきた。

そんなかんじなのだ。

ワテという柱は初々しいようだが、
しっかりとワテ自身を支えられている。
ワテは、学校も出してもらい、
食べていく術

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230918_香典返し

230918_香典返し

朝、ゆっくり目覚めたら母から電話。
香典返しのお菓子を一緒に見に行くかい?と。
母は、いつも週末は父とつるんでたんだが、
先日父が急逝したので
これからはなるべく、母と関わるよう努力してかなかん。
普段から二人で喋ったり出掛けたりしてただろうが、
父を失った途端、ボケられたら
シャレにならん。まぁ、
母の姉妹がたくさん近所に住んでるからまだいいが、
こちらも努めて電話したり、
散歩に誘ったりしてい

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230917_やっと帰宅。。。

230917_やっと帰宅。。。

朝、兄が実家から仙台に帰った。
ワテらも自宅に帰ることにした。
亡くなった父の車は、運転してくれる人を失い、
父が倒れて以来ずっと
親戚んちに停めてあったが、
とりあえず、我が家で引き継ぐことになりそうだ。もともと生前父が、
長女ブンさんが就職したらくれてやる、
その頃俺も仕事を辞めて。。。
みたいなことをちらっと言ってたのだ。
週末には、ワテが父の車に乗って
状態を維持したい。
父の車に乗ったら

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230916_霊園見学ツアー

230916_霊園見学ツアー

3連休初日だ。
ほんとはこの3連休は
兄がこの春転勤になった仙台に
父と、母と、旦那と、ワテとで
観光に出掛けることになっており、
新幹線の席も予約し、
ホテルの部屋も予約してあったのだが、
先日、10日ほど前に父が急逝したため、
取り止めになった。
みんなで楽しく観光したかったねぇ!

仙台の兄が実家に帰省。
ワテらも、旦那とワテと長女とワンコたちとで実家に行き、
泊まることになった。

父は、

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父はもっと長生きできたか。

父はもっと長生きできたか。

高齢になると
蚊に刺されても腫れないんだってねぇ。
免疫がつくからとかなんとか。
暑さ寒さも感じにくくなるらしいねぇ。
父も、冷房のない職場の作業場が
「暑くない。仕事してれば
 暑いなんて思わん。」と言っていたが、
暑いわけないわな。35度くらいでさ、
それが毎日だもの。

もっとワテがキツく、
もういい加減にゆっくり暮らしなよ、と言えば
違ったかなぁ。
まぁ、人の言うことを聞く人じゃなかったけ

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230915_昼食食べれないほど忙しい日

230915_昼食食べれないほど忙しい日

今日は
進行中のカタログの訂正。
昨夜訂正が山盛り入り
今日、提出リミットが15時。
最終校と思えないほど
気持ち新たなレイアウト変更原稿が来て、
派手に組み直して、
。。。ワテは仕事が速い方だと思うが、
それでも、昼休みに昼食とらず直して
ギリギリ15時前に終了。 
昼をずらすほどの忙しさなんて
過去、ワテの記憶には無い。
なにもこの、父の葬儀後のヘロヘロ期に 
こんな忙しくなくてもいいのに、

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父に対して悔いはない。

父に対して悔いはない。

何度も書くが
ワテは父をマジで慕っていた。
父は、ワテの生きる指針だった。
父の言うことは大体正しいと思ってきた(「大体」w)。
聞けばなんでも答えてくれた。物知りだった。
朗らかで穏やかだった。
穏便主義だった。
規則正しく暮らした。
親族を大切にした。
慎ましく暮らした。
でもお祝い事では
ドカンと祝金をくれた。
ワテんちの土地は父名義だが、
築20年、固定資産税を払い続けてくれた。
とにかく

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230914_久しぶりの出社

230914_久しぶりの出社

父が倒れ、亡くなり、
通夜、葬儀、区役所、霊園見学など
5日の公休をフルで取得した。
その前、
倒れた日、亡くなった日は出社したけど、
ほとんど病院に抜けさせてもらっていたので
ほとんど休んだようなものだ。
復職したそばから同僚たちには
大迷惑かけてしまった。
ワテが休んでた間の業務は
主婦連合会がメインとなり代行してくれた。
主婦連自身の仕事で手一杯でヘロヘロなのはワテもよくわかってるので、

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明け方、夢を見た。父のパネル展の会場に旦那と出向くと、ちょうど、もうちょい若い頃の父と母が入場しようとしてるのを見つける、という謎の夢w。父のパネル展ってなんやねんw。
でもまた夢に出てきて欲しいなぁ。。。w

230913_父の死❾_父の職場と、霊園見学

230913_父の死❾_父の職場と、霊園見学

朝イチで、母と再び区役所へ。
昨日不備のあった持参物を提示したりして、
区役所関連の手続きはこれで完了。

その後、母と
父の職場へ出向く。
社長としばし談話後、
父が実際に働いていた場所を見せていただく。
父は建具(建物の開口部にある
戸など)の職人だったのだが、
1番最初に、木の材料を見て、
どこを使って製品を作るかを見極める部分を担っていたらしい。
その、木材の見極めというのがなかなか出来る

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母が、NHKで森進一が襟裳岬を歌うのを音を大きくして一緒に口ずさんでいる。「らんまん」だかという朝ドラも、父が大変な期間も固執して熱心に視聴していたw。そのくらいがええw。明日でワテは自宅に帰る。配偶者を失って調子を崩す人もいるらしいが、母はこのまま無邪気に暮らして欲しいなー。

230912_父の死❽_区役所へ

230912_父の死❽_区役所へ

昨日、父の告別式まで無事済んだ。
誰かが言うには、
告別式よりむしろ、
その後の様々な手続きの方が大変だ、とかなんとか。。。
そうなん? 
「お母さんを助けてあげてよ」って
いろんな人に言われるけど、
なにが大変なのかも
ワテはまださっぱり分かっていない。

とりあえず、昨晩、
皆様から頂戴した御香典を把握するため
全てを開封し、兄がExcelに金額を入力した。
なかなかの現金が手元にあると落ち着

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