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新型コロナ禍でのがん治療延期の判断について

新型コロナウイルス感染が拡大する中で、がん治療(手術・化学療法・放射線治療等)が延期される事態が起こってきています。これは日本に限らず世界的に起こっている事態です。

がん患者さん・ご家族は大変に不安になっているかと思います。皆さんがご存知のように、がんは進行性の病気であるため、誰しもができるだけ早くに治療を受けたいと思います。待つということは大変なストレスだと思います。

医療者は患者さんの気持ちを知っていますから、できるだけ早くに治療をしたいと思っています。しかし、新型コロナが爆発的に拡大する状況下で、がん患者さんを新型コロナ感染症から守ることや、医療資源の不足で患者さんを危険な目に遭わせたくないという思いもあって、治療を延期する判断がされていることがあります。

これはがん患者さんや家族にとって大変に重要な問題ですので、少しでも患者さんの不安が取れればと思い、この治療延期の決定がされる背景や、どのようなことに注意をしないといけないのかを解説したいと思います。


治療延期の判断は担当医に任せるべき

まず、とても大事なことを先に書いておきます。がん治療の延期などの判断は誰がすべきかということです。これは大変に高度ながん治療の知識と、患者さんの治療経過に熟知していて、治療を行なう地域の感染拡大の状況を把握している医療チームが行うべきことです。その理由はなぜかは後述していきます。

そのため、主治医をはじめとした医療者チームとよく相談して、治療方針を決めて下さい。延期とは逆に、感染が広がる中でも絶対に治療継続をしないといけないという場合もあります。そのため、患者さんの独断で受診・治療をやめてしまうことも危険です。主治医とよく相談をして決めていただきたいと思います。


治療継続かは必要性とリスクのバランスで決まる

主治医チームはどのように治療継続か、それとも現時点では一旦延期すべきかを決めるのでしょうか?それには治療の必要性と、継続に伴うリスクの大きさを比べて行われます。

必要性が極めて高い場合には、リスクが高くても行われるべきという判断になります。それに対して、必要性が低い治療で、リスクが高いと判断されると、延期すべきという判断になります。

この二つのバランスを医療チームは丁寧に評価して、治療を継続すべきか、延期すべきかを決定します。


治療の必要性はどのように決まるか?

基本的にはがん治療で不必要というものはほとんどなく、どの治療でもやる必要性があるために行われます。ただ、治療それぞれの必要性の大きさには、様々な違いがあります。必要性を決める要素は、「緊急度」「効果の大きさ」「患者の意思」などがあります。それらを複合的に判断して決められます。

例えば、腫瘍が急激に大きくなっていて、手術において摘出しないと命が危ないというような場面では、待つことはできず、緊急性が極めて高い治療ということになります。手術以外の抗がん剤や放射線治療でも、腫瘍の増殖速度が早くて、すぐに治療を始めないと、ひどい合併症や、転移をきたす恐れがあるという場合には、緊急性が高いということになります。

「効果の大きさ」も大事な指標です。治療には根治的な効果(腫瘍が完全に消失する)が期待できるようなものから、若干縮小させる程度の緩徐な効果しか期待できないものもあったりします。この大きさも治療の必要性を判断する要素になります。

また、患者さん自身がこの治療をどのぐらい望んでいるかも、必要性の判断には関わってきます。患者さん・家族が治療を強く望んでいれば、必要性は高いということになります。

以上から言えることとしては、必要性の評価をするには専門的ながん治療の知識と経験、また患者さんのこともよく知っていることが必要になります。


治療継続に伴うリスクについて

次に治療に伴うリスクについてお話ししていきます。まず、一つ目の大事なリスクは、新型コロナウイルス感染症にかかる、さらにかかって重症化するリスクを上げることです。

がん治療を継続することは病院に通院する機会を増やすことになります。そうすると病院に滞在する時間が長くなって、感染者に接触するリスクが一般的に上がることが想定されます。もちろん、病院としてはがん患者さんが陽性者に接触することがないように、病院内の対応をしていますが、病院への行き帰りや、薬局など、様々なシーンで接触する機会がどうしても増えてしまいます。

ちなみにこの危険性を下げる方法としては、感染防止の対策(マスク・手洗い・人ごみに入らない)などをしっかりとしていただくことや、外来通院の回数を減らすこと、可能ならオンライン受信を検討することなどがあります。主治医と可能なものがないかは相談してもらいたいと思います。

治療継続によるリスクでもう一つ大事なのが重症化リスクです。皆さんもご存知のように、新型コロナウイルスにかかられても、軽症の患者さんが多いのですが、一部の患者さんが重症化して、人工呼吸器が必要になったりという命に関わる事態になります。

がん患者さんはこの重症化のリスクが高いのではということが指摘されています(Lancet Oncol. 2020 Mar;21(3):335-337.)。実際にどのぐらいリスクが上がるかについては、まだしっかりとしたデータは出揃っていません。しかし、がん治療の一部は免疫細胞数を下げてしまい、感染症に対する防御力を下げてしまうことが、すでにわかっています。新型コロナに対してのデータが出ていなくても、危険性が高いことは十分に予想できます。

ただ、これは全ての患者さんが重症化のリスクが高いとは限りません。特に重症化のリスクが高いのではと考えられているのは以下のような患者さんです。(Clinical guide from NHS
• 化学療法を現在受けている
• 肺がんで、放射線治療を受けている。
• 血液または骨髄のがん(白血病、リンパ腫、骨髄腫)に罹患している。
• がんに対する免疫療法または他の継続的な抗体治療を受けている。
• その他、免疫系に影響するタンパク質キナーゼ阻害薬やPARP阻害薬などの分子標的療法を受けている。
• 6カ月以内に骨髄移植や幹細胞移植を受けた人、または現在、免疫抑制剤の投与を受けている人
• 60歳以上の高齢である。
• がん以外の持病がある(心・血管系疾患、糖尿病、高血圧、呼吸器疾患など)

がん治療には多くのバリエーションがあります。化学療法というものにも、免疫への影響が大きいものと小さいものがあります。そのため、ここに載っているからといって、その患者さんの治療がリスクを高くするものかどうかには難しい判断が必要です。詳細については主治医の方に伺ってみて下さい。


がん治療を安全に行えるか

治療継続に伴うリスクで評価しないといけない、もう一つは「がん治療を安全に行うことは可能か」という点です。

がん治療の一部は体に大きな負担をかけます。また、治療による合併症・副作用を伴うことがあります。そのため、がん治療後に追加の検査・治療を要することが多々あります。そのような追加の検査・治療を安全に受けることができるかが問題になります。

手術後に集中治療室に入って、人工呼吸器の使用が見込まれる場合などには、集中治療室に空きがあるのか、人工呼吸器を確保できるかを事前に予測しないといけません。抗がん剤治療を行なって、ひどい副作用が出てしまい、入院治療が必要となった際にも、入院できるベットが確保できるか、治療をする医師・看護師が確保できるかが問題になります。

新型コロナウイルスの爆発的な増加によって、世界中で起こった問題は医療資源の急激な不足です。通常ではありえないほどの患者さんが病院に押しかけたり、人工呼吸器が必要な患者さんが大量に増えてしまうという事態が起こりました。このような事態は急に起こります。感染者の増加は指数関数的に激増するため、ある日突然に起こってきます。

がん患者さんの治療を継続していて、何か起こった際に、対応できる十分な医療資源があるかどうかを評価する必要があります。ただ、この評価はとても難しいです。

まず、いつ感染拡大するかを正確に予想するのが極めて難しいということがあります。感染の拡大は膨大な要素によって起こるため、誰にも正確な予測ができません。さらに難しくするのは、がん治療に伴う副作用・合併症が起こるのは治療直後に限らず、少し遅れた1−2週経ってから出てくることなども多いです。そのため、予想し難い未来を予想して、現時点で治療を延期するかの判断をしないといけないのが大変に難しいです。


医療者の判断を尊重して下さい

以上解説をしてきたように、がん治療の継続。延期の判断は、多くの要因を踏まえて、慎重に決める必要があります。治療の必要性を評価した上で、今後に予想されるリスクも踏まえて、慎重に判断する必要があります。

医療者は早く患者さんに治療を受けてもらいたいと切に思っています。しかし、それを進めたばかりに、患者さんを危険な目にあわせてたくないという思いもあります。主治医グループはそのような複雑なことを考えた上で、どうするかの判断を下すと思います。その判断にはそのような考えがあって、行われると思ってもらって、よくその考えを聞いてもらった上で、主治医と今後のことを相談してもらいたいと思います。

患者さんも医療者も大変に苦しい時期ですが、お互いの誤解が生じて、余計な軋轢などが起こらないようにと思い、この記事を書きました。ご参考になさってもらえればと思います。

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