「楽をしたい」心理と医療情報発信との戦い
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「楽をしたい」心理と医療情報発信との戦い

大須賀 覚

「楽をしたい」というのは人の根本的な心理であって、自然に起こる感情で、この心理に人の行動は影響を受けていきます。

最近、医療情報発信をしていて気が付いたことがあります。

情報発信は「楽をしたい」という人の心理との戦いなのだと

今回はそんなことについて書きたいと思います。これはおそらく医療情報発信に限らずに、どの領域での情報発信でもそうなのではと思います。


絶対の解答を求めている

医療情報発信をしていて、一般の方と医療者の間で必ずぶつかる壁がこれです。患者さん・家族は、「これをしたら絶対に治ります」という単純明快な言葉を常に求めています。AすればBという1対1の話です。

しかし、医療者はそう言ってくれることはまずなくて、常に確率を含めたお話になります。医療に絶対はなくて、常に確率とともに動いているからです。

どんなに効くお薬でも絶対に効果があるはずはなくて、70%には十分な効果、20%には少しだけの効果、10%には効果が得られないのように、違いが出てきます。

人はロボットではないので、著しい個人差があって、常に反応は異なります。また、病気も同じもののようで、個人個人が持つ病気には微妙な違いが存在するからです。

要ははっきりしない説明は気持ちよくないし、難しいことを理解するのには楽でない。そのギャップが病気の説明をするときの壁になります。


すぐに見終わる情報を求めている

「楽をしたい」という心理は情報の伝え方(発信媒体)にも変化を起こしています。情報を伝えるメインは本や雑誌から、すぐに見られる画像や動画へと一気に変化しています。

理解が簡単で、すぐに見終わる媒体が好まれるようになっています。

かつては、多くの人が本屋さんの「がん」書籍コーナーに並ぶ本を選んで情報を得ていたのが、Youtubeで「がん」と検索して調べる人たちも増えてきました。明らかにそちらが見終わるのが早いからです。

医療情報の解説というと何百ページにも及ぶ本が主流でしたが、数ページほどのパンフレットが好まれるし、それすらも面倒で、2−3分で見られる動画がさらに好まれます。

情報の取得も、「楽に済ませたい」という心理が、複雑な医療を伝えることを難しくしています。がん治療について正しく理解してもらうには、どう頑張っても数十ページの文章にはなります。

それを画像数枚で伝える。そうしないとなかなか読んでもらえない。ここにも難しさがあります。


信頼のタグを求めている

「この情報は信頼できるか」の判断をする作業にも、この「楽をしたい」という心理は働いています。

情報が溢れる時代に、みんなが求めているのは信頼できる情報です。しかし、「この情報は信頼できるのか?」を判断するのはかなり大変な作業です。この作業自体にも変化が起こっていると感じています。

患者さんや家族の意見を聞いていて思うのが、求められているのは、
一目で分かる”信頼のタグ”
なんだなと感じるようになりました。

信頼できるサイトを教えてくださいとか、情報発信をしている医師で信頼できる人を教えてくださいとかよく聞かれます。つまり、一つ一つの内容が正しいかという検証自体をしたくない、この人が書いているなら大丈夫という”信頼のタグ”を求めていると言えます。

以前に、インスタで「#インスタ医療団」というタグが流行りました。これはインスタで医療情報発信をする医療者が使っていたタグで、これがついていると信頼できると言われて、汎用されていました。まさに、これを信頼のタグとして使えば、楽に信頼できる情報を集められるというわけです。

しかし、「#インスタ医療団」のタグが”信頼のタグ”として機能したのは一瞬だけでした。怪しい治療を勧める人たちもこのタグを使うようになってしまい、もはや信頼できないタグへと変化しています。

この人のみを信じれば大丈夫とか、簡単に済ませたい心理はわかるのですが、そのやり方は危ういです。やはり複数の専門家の意見を比べると安心ですし、専門家集団が提供している公衆衛生機関(WHO、CDC等)や政府機関の情報を見ていくことが望ましいです。


出版社にも広がる「楽をしたい」という心理

昨年にヒカリエで「やさしい医療情報」というイベントを行ったときに、たらればさんがおっしゃった言葉にハッとさせられました。

近年、科学的根拠の乏しい本が書店にたくさん並ぶというのが問題になっています。「OOすればXX病が治る」的な本です。OOにはツボを押すとか、何々を食べるとか、単純な動作が入ります。

たらればさんが出版社の人になんでそういう本を出すのと聞いて回ったそうなんです。

「なぜ、でたらめな医療本を出すのか?出版関係者に聞いた。聞けば聞くほどわかったのは、それは金儲けや信念ではなかった。楽だから。簡単に作れて売れるから。真っ当な医療情報が戦うべきは、楽とか怠惰。Twitterのリンクも踏まない。検索の1位しか読まない。そういうものと戦わないといけない。」

これは真理をついた至言だと思いました。

最近、私は共著で「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった 最高のがん治療」という本を出しましたが、この本の執筆では膨大な論文を読んで、それの中から大事なところを抽出して、それを一般の方がわかりやすいように表現を直して、それを本にして、さらに複数の専門家に査読者として内容の精査もしてもらい、正確性を担保するために、膨大な時間と手間をかけて執筆しました。

それに対して、「これを食べればOOは治る」と明確に言ってくれる医者を探し出して、その人の個人的見解だけをまとめて、本を作るなら、それほどの手間はかかりません。しかも、誤解なんてそっちのけでセンセーショナルな言葉をいっぱい並べてもらったら、簡単に売れるわけです。

正しいかに目をつむれば、簡単に作れて、すぐに売れる。悲しいですが、これが現実です。そして、書店にはそのような本があふれています。


怪しい医療は「楽をしたい」という心理を利用する

この「楽をしたい」という心理をもろについてくるのが怪しい医療です。

「これを食べるだけで難病が治ります。」という話は、単純明快でわかりやすい。画像や動画を使って、AすればBという単純図式を見せる。Aもすぐにできることばかり。副作用もないという。

それに対して病院の治療は、話が難しくてわかりにくいし、絶対に治るとは言ってくれない。また、副作用もあるという。

怪しい医療は「楽をしたい」という心理のど真ん中をついてきます。もちろん、そんなうまい話はないわけなのですが、そこをついてきます。

難病はそんな単純に治せないから難病なわけです。がんも食事の工夫だけで治せるなら、誰も困っていません。製薬会社が何千億円もかけて、一生懸命にお薬を作ったりはしません。

「楽をしたい」という心理を突かれていないか、今一度、立ち止まって考えることが騙されないためには大事だと思います。


医療界はどうすれば良いのか?

では、医療界は現状の中でどのようにしていったら良いのでしょうか?情報の伝え方が変わる中で、どうしたら効果の高い治療を多くの患者さんに受けてもらえるのでしょうか?

今までの医療界は、どちらかというと、そんな怠惰を許すな、ちゃんと勉強しろと言って、そちらには寄り添って来なかったのではないかと思っています。難しいことは医者にしかわからないから勉強しなくて良い。黙って病院に来て、治療を受けなさい。

そこまで極端ではないとは思いますが、少なからずそのような深層心理はあったのではと思います。

その結果、怪しい本や動画に引っかかって、病院にたどり着かずに、食事だけで難病を治そうとする人を生んでいるのではと思います。

私個人の意見としては、医療界は時代の流れにのらないといけないと思っています。情報の伝え方がどんどん変わっている中で、どうすれば伝わるのかを真剣に考えるべきだと思います。

世界を見れば、この医療情報の問題にもう対処を始めているところはいっぱいあります。米国のアメリカ疾病予防管理センター(CDC)は長い文章での解説よりも、YoutubeやInstagramなどを利用したわかりやすい情報提供を熱心に行なっています。

ひどい人がいっぱいいるなと嘆いて、遠巻きに見ているうちに、不正確な医療情報の波はどんどん押し寄せてきて、患者さん達を飲み込んでいきます。正しい医療情報のやさしい波をもっともっと作って、患者さんを包み込んでいかなければいけないと思います。

日本の学会や政府機関には、もっと人やお金をかけて、わかりやすい情報発信を行って欲しいと思います。また、医療者や研究者で情報発信を行う人がますます増えると良いなと思っています。さらに、それを拡散してくれる一般の人の助けも加われば、十分に大きな波を起こしていけるのではとも思います。

「楽をしたい」という心理は悪いものではないです。人であれば当然です。その気持ちにやさしく寄り添うことも、医療には求められているのではと思います。医療のことがもっと正しく伝わって、適切な治療を受ける人がもっと増えることを願っています。

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大須賀 覚

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大須賀 覚
アメリカ在住のがん研究者。ひどい医療情報が広がる世の中で、どうしたら患者さんを救えるのかと考えています。