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ノマドランド 映画 2021アカデミー作品賞他

   リーマンショック後、夫と死に別れ、企業の倒産に伴い、住み慣れた社宅を出るにあたり、最低限の荷物を車に詰め、仕事を得ながら各地を流浪するファーン。さまざまな出会いを繰り返し、移り行きながらも、葛藤の末、定住のチャンスは自ら放棄し、壊れた車は肉親に借金をしつつ、遊牧民的な生活を繰り返す。


    事件・事故による破綻はなく、ただし、ファーンが出会った者達に、加齢に伴う病や寿命が、重層的に折り重なっていく。自ら遊牧民的な季節労働者としてのチョイスがもたらすもの。悲哀、束の間の充足、そしてそれらを取り巻く美しき自然。


    なんといっても驚くべき宝物は、フランシス・マクドーマンドの、そこにある、という演じることなき演技の質の高み、その到達点であろう。最初から映画という作り物であることを忘れさせる、演技の質、その在り方。アクターズスタジオ出身者の名だたる演技派から、演技を削ぎ落とした自在感。時にはカメラがあることすら忘れさせる表情筋。その金字塔に、クロエ・ジャオという稀有なタレントが、華を添えた。遊牧民は男性的であったが、女優と女性監督が、そんな既成枠をも打ち破った。


    世界は狭くなった。よくも悪くも、同時代的になり、価値観は画一化し、閉塞感に見舞われ、辺境のまた辺境まで、メディアが侵食する。世界は狭くなった。そこを切り裂いて、新たな自由と価値観を表出しようと試みた本作は、2021年アカデミー作品賞、クロエ・ジャオにアジア人初の監督賞、そしてフランシス・マクドーマンドに三度目の主演女優賞をもたらした。

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