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わたしは、知らせ、案内する者

これは、書いてよい事なのか、微妙なところなので気を付けながら書いてみたいと思います。

最後まで読むと、理解が3倍以上になります。その為には、心の中に言葉を響かせながら読んでください。

人間の進化は解明されている

これはもう明らかになっています。

どのように仕組みで、どのようなプロセスでそれが起こっていくのかは、ハッキリしています。

わたしが知っているという事です。

どうしたらそれに向かうか?

問題はここです。

殆どの人間は、エゴを主体に生きています。

そのエゴの影響が少なくなればなるほど、進化の方向に進んでいくのですが・・・

そこで、超えられない思考(エゴ主体の思考)によって、思考停止を起こします。

それがなぜ起こるのか?

人間は、変化を好みません。

ある程度の妥協点まで達すると、それ以上進む事をやめる傾向にあります。

そして、それを妥協と自覚している人間は極々わずかです。

多くの方が、そのまま人生を終わります。

例えば、

「私は日々楽しく暮らせている」と言いながら、様々な心の主張に無自覚なまま生きています。

「私は、経済的に恵まれていて、何にも困っていない」と言いながら、内側から湧き上がっている違和感に気付かない、もしくは気付かないふりを押し通します。

既に、この文章自体がつまらない

こういった事に言及していること自体が、エゴにとって、つまらないし、距離を置きたくなる方は、多数のように思います。

それでも、ここ最近は、肯定的に読んでくださる方が増えてきたようにも思います。

ですから、こういった事は、なるべく遠回しにお伝えするように様々な知恵を絞ってきました(笑)

良い言葉に当たって、思考停止

様々なSNSや、動画サイトを見てみると、良い教えに沢山の支持が集まっている事に気付きます。

沢山、集まっているからダメという話ではありません。

その内容を分析しながら集まっている方々の傾向を知ることができます。

すると、良い言葉集めをして安心している方々、それが解るという幻想に安堵を求める方、知的な満足を得る方・・・

様々な、エゴを満たせるそこに、囚われています。

そうではない発信もありますが、ごく少数です。

わたしは、そういった方を探しています。

しかし、仲良くなれる事はほとんどありません。

そういった方は、一人で歩ける方ですし、自分の理解を共有できる方に在ったことが無いばかりか、不愉快な思いをすることで、あまり誰かに近づくという事をしなくなりがちです。

だからこそ、共有できる方がいたら、共有すべきと、必要性も含めて感じています。

意識の成熟が進んだ方ほど、集団に交わりません。

これは、そういった方に向けて書くのですが、その理解はちょっと違っています。

それは、交わった集団がいけなかっただけです。

基本、今の地球では、集団と言えば、意識が幼ないままの人間の集まりです。

そこで、嫌な思いをするのは当然です。

そもそも、社会全体がそうなのですから。

そこで辟易する気持ちはよくわかります。

わたしも、そういったところに今更入りたくありません。


この状態が、今の社会に大きく影響している、要因でもあります。

幼い者同士は、集団を形成したくなる。

なぜなら、一人では歩けないし、集まる事で、力を得ようとするから。

また、数の理論で押し切る事で、自分は後ろの方に居られるから。

など、集団のメリットが、エゴにとってとても都合がいいのです。


細かく書いていくと、とても追いつきません、、

そもそも集団が形成される、意識的、歴史的背景まで、書く必要を感じてしまいます・・・

そこまで書き始めると、本になってしまいそうなので、この辺にしておきます。

ここまで読んできた時、朧気ながら、見えてきている方がいらっしゃるでしょうか?

集団や、コミュニティーが変わっていかなければ、世の中は数の理論により、良くなることはないのです。

その集団をつくるのは一人ひとりです。

その一人ひとりが変わらなければ、集団は変わりません。

ですから、一人ひとりの進化無くして、世の中の進化はないのです。

だから、社会構造を得たり、良い仕組みを作ったとしても、それは表面的な対処に終わってしまう事がほとんどで、社会の進化は、結局、一人ひとりの意識の進化にかかっているのです。

自然な流れで、進化した意識の子供たちが増え、大人になってきています。

それだけでも、随分社会に与える影響を感じます。

しかし、それだけでは、人間の社会は破綻から逃れられない可能性を払しょくできません。

正直、社会が破綻しようが、地球が爆発しようが、個人的には、なにも困りません。

しかし、総意がそれを拒みます。

総意については書きません。

わたしの漠然とした、衝動くらいに思ってくださって結構です。

わたしが見ている世界は、他者にとって、真実ではありません。

もし、あなたが、わたしが今お伝えしている事が、あなたの内側に感じるなにかと一致したのなら、それは同じものを見ているのかもしれません。

わたしは、他者の内側まで強制・誘導しようとは思いません。

それは明らかに非合理的な事だからです。

しかし、わたしがお伝えする事は、誰の奥底にでもある事をお伝えしています。

そこまで、感性が届くかどうかにかかっている・・・

一人ひとり、意識の成長を遂げれば必ず見ることになる話をしているわけです。

誰でも、いつかは、必ず至るそれについてしか、書けないのです。


そこにいち早く、到達する事をわたしは助けることができます。

何度も書いていますが、山頂に到達する時間を極端に短くするお手伝いができるのです。

荷物を肩代わりし、最適なルートを案内できるという事です。


このような事をお伝えしても、近所の500mの山に登って、山を制覇したと言っている方と、区別がつかない方が大多数なのは、嫌になるほど経験してきました。

だからこそ、今は、区別がつく方に向けて発信し、そうでない方には、わずかでも広がりが起こるように書いています。

それが分かる方、自覚を学んで、本質から社会に光を放っていただきたい。

極めていくためには、独学ではまず無理です。

人間の慣習・思考を超越したところに理解が在るからです。

何年自覚をやっても、自覚の本質がわからず、スピリチュアルと区別がつかない方もいらっしゃいます。

以前の経験から言うと、自覚している方の95パーセントはそうなります。

その確率を改善する為に、長年、向き合い続けてきました。

自分の甘え、都合に気付けないまま自覚をするというのも、原因の一部です。

それを伝えられる方も、以前はいませんでしたし、逆に伝えようものなら、煙たがられたものです(笑)

わたしが主催する自覚のコミュニティーは、わたしが主催なので、そういった事が起こりにくい・・・

その為に、つくったというのも理由の一つです。

自覚を極める、という事を追求しているのが、今のコミュニティーです。

自覚の奥行は、自覚を極めるまで、見極める事は不可能です。

極めるというのも、自覚において、無いのですが・・・

極まった瞬間、停止していると知れ

これを知っているのが、自覚人です。

そうであっても、様々なアプローチで、自覚をお伝えしています。

奥行きを感じている方がいたら、有り難い事です。


人として、意識としての進化・成熟を純粋に知りたい方は、自覚しかなくなります。

そして、必ず・・・自覚の道を進む事は、必然・・・

悟りを超え、今、在るという事を極めるなら自覚しかないのです。

それが、今か、いつかか・・・くらいの話でもあります。

という事をお伝えして、この辺にしたいと思います。

勧誘はしません、事実をお伝えし、あなたの内側にある、大いなる示唆を引き出すだけです。

「わたし」をあなた自身という意味で「わたし」と読み替えてくださいね。理解が3倍以上になります。


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