見出し画像

言葉のことばかり【戦うを闘う】

戦闘の戦と闘

「たたかう」と漢字で書くとき、
「戦」と書くか「闘」と書くか。

気分で言うと戦の方がシンプルで、
闘の方はもっとごっつい感じがする。
金属の甲冑とか付けてるイメージ。
単純に「闘技場」から来てるだけだな。

戦う」とは、武力を用いた争いや競技・選挙など、直接目に見える形で優劣を決めるために、争ったり競ったりすることを意味します。 一方の「闘う」とは、直接目には見えないものと争うことを意味します。 例えば、権利や利益を守るために武器でなく言論で争うことや、障害・困難・苦しみなどに立ち向かうことなどが該当します。

https://news.mynavi.jp/article/20230630-2703465/

なんと「戦う」は目に見えて、
「闘う」は目に見えないものと争うだと。

なるほど。「戦う」は客観的に結果が決まるが、
「闘う」は自分の中で勝利が決まる。
自分とのたたかいってことだな。

とりあえず気合だ

たまに行く「〇屋」という
日本そば屋さんがある。

ここへ行くときには、まず心構えがいる。
「今日は〇屋へ行くぞ」という気合いが必要だ。
店につくまで、歩きながら
無意識に肩をいからせている。

歩幅もこころもち大きい。のっしのっしと歩く。
気がつくと肩なんか回している。
店の前まで来ると、一回深呼吸をする。
で、おもむろに暖簾を押す。
力が入っているので、
暖簾の軽さがちょっと肩すかしだ。

店に入ると気のせいか
「体格のいい」客が多いように感じる。
気後れしてはいけない。

今日の敵は冷やしきつねそば

おもむろに「冷やしきつねそば」を注文する。
こないだ「カツ丼」に負けたから、
今日は負けるわけにはいかない。

「そばごときに」などと侮ってはいけない。
ここのそばは特別である。
山盛りではない。「山」なのだ。

冷やしきつねそばに、
こういう盛り方が許されるのか。
日本そば協会で規定はないのだろうか、
とギモンに思うほど、この盛り方はすごい。

かき氷を崩すように喰い始める。
とにかく喰う。
しばらくは何も考えずに一心不乱に喰う。

そこで「ふぅ」と、一回ため息。
「はっ」とする。そうとう食べたはずなのに、
ビジュアルが出てきたときと、
まったく変わっていない。

そこに山(盛り)があるから

「負けるもんか」とまた喰う。しばらくすると
腹より先に手がだるくなってくる。
それでも喰う。ひたすら喰う。

ようやく丼の底が見えてきたときには、
額にはうっすら汗がにじんでいる。
そしてついに喰い終わる。
残った水を一気に飲み干す。
そこにあるのは、頂上に登ったときの達成感だ。

〇屋のそばはすごい(カツ丼はもっとすごい…)
いまどきの、1枚じゃ喰った気のしない
気取ったそば屋とは違う。

それが邪道だと言われようとも、
ボクはまた行くだろう。その戦いを闘うために。
なぜ〇屋に行くのか。そこに〇屋があるからだ。
冷やしきつねそば1.050円。ちょっと高い。

次回の言葉は「慣性の法則」です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?