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筒美京平「HITSTORY」

人生に欠かせないオールタイムベストな音楽アルバムをいろいろと紹介していきたいと思います。ジャズ、クラシック、ロック、ポップス、歌謡曲、フォーク、J-Popなど、脈絡なくいろいろと。


宝物みたいな8枚組である。

1997年に発売された筒美京平の30周年記念アルバム。
1967年のデビューから1997年までに彼が作曲した代表曲をCD8枚に渡って収録した完全限定盤である。

普通のCDサイズのパッケージではなくLPサイズの豪華版。
収録曲すべてのジャケット写真やら各界の筒美京平賛美インタビューやら、彼本人に対するロングインタビュー、各曲の解説なんかも読める分厚いブックレットもついている豪華版CD集で、ファンにはたまらない企画ものである。

2600曲とも言われる彼の作曲群の中からたったの163曲を収録しただけだから、少ないと言えば少ないのだが、レコード会社の枠を越えて素晴らしいヒット曲達が集められている。

というか、もうこれを紹介するのに余計な言葉はいらないのかもしれない。

収録してある曲名の一部をここに書き連ねるだけで、ボクの文章が伝えるニュアンスの数倍を伝えることができるかもしれないくらいである。

その昔、レストランのメニューを読み上げるだけでそこにいたすべての客を泣かせてしまった大女優がフランスにいたらしいが、そしてそれはメニューが素晴らしかったのではなくて女優の演技が素晴らしかったわけなのだけど、この曲名たちは、どんな大根役者が読み上げようが、必ず泣ける。あのころの日本に青春を生きた人なら、必ず泣ける大名作揃いなのである。


それにしても……いったいこの人にはいくつ黄金期があるのだろう。

とにかく、各時代、カメレオンのように色を変えて、いろんな曲想でメロディーを創作している。

第1期黄金時代だけをとっても、GS系の「バラ色の雲」「スワンの涙」や、「ブルー・ライト・ヨコハマ」「また逢う日まで」「さらば恋人」などの新しい歌謡曲、平山三紀の一連ブレッド&バターのポップス系「雨がやんだら」「雨のエアポート」みたいなムード歌謡、果ては「サザエさん」まで、とにかく強烈な作品群なのだ。

それも月産45曲という超ハイペースで作っていたというではないか…。
シェークスピアかモーツァルトを彷彿とさせるような多作ぶり。

このころ、筒美京平自身はこんなことを言っている。

「というか、いずみたくさんを始めメロディーらしいメロディーを書かれる作曲家の方が多かった中で、僕はなんというかメカニックな、サウンドを含めた作風だったということで、新しく感じられただけでしょう」(ブックレットのロングインタビューより)

そう。
彼は「天才メロディーメーカー」と呼ばれることが多いが、実は本領は「新しいサウンドのプロデューサー」なのである。アレンジを意識した全体サウンドのメカニックな創作を得意にするのである。別のところではこうも言っている。

「もしかすると僕には、メロディーを作る能力より、曲を売る側の意図を理解する力の方があるのかもしれないね」(ブックレットのロングインタビューより)

メロディーを作る能力は万人が認めるところだから、これはそれを上回るプロデューサー能力がある、という主張にも読めるが、でも、それは全くその通りであるとボクも思う。この人をどう売ろう、とパッとひらめいて、それを曲にする能力…。

旋律勝負のクラシックだったら、彼の才能は開花しなかったかもしれない。歌う人あっての、筒美京平だったのだ。歌謡曲の申し子みたいな人である。

そのうえ彼は、海外の新しいサウンドをどんどん曲に取り入れることを積極的にやった。ある種「新サウンドの翻訳家」みたいな意識があったのではないだろうか。

南沙織とのエピソードが面白い。
初対面の時「どんな曲知っているの?」と聞いたら南沙織が「ローズガーデン」と言ったというのだ。
あのリン・アンダーソンの名曲である。
「あ、だったらローズガーデンみたいのを作ろう」って言ってパッと出来たのがデビュー曲「17歳」だという。
そう言われればとっても「ローズガーデンみたい」だ。見事に筒美京平風に「ローズガーデン」をアレンジしている。

そう、こういうのが筒美京平の本領発揮である。
「こういう感じで」というのをパッと作れる。
イイトコドリをして、そこにプラスアルファして見事に違う曲に仕上げてしまう。

その手法が時には「パクリの筒美」とか言われることになるのだけど、でも、人口に膾炙するべきもの(つまりはヒット曲)を作るとき、時代の新しい空気、時代の新しいヒット曲、時代の新しい感覚を取り入れてアレンジするのは、実に的を射ていると言わざるを得ない。

ヒット曲を作るのは芸術を作ることとは異なる・・・彼は心底そう思っていたに違いない。芸術家ではなく、ヒットが必な職業作曲家。

そういう意味において、彼は「天才メロディーメーカー」なのではない。「天才ヒットメーカー」なのである。


第1期黄金時代が終わってからもすぐ第2期が来ている。
南沙織の一連の大名曲達。「17才」から「純潔」「ひとかけらの純情」「色づく街」など異様な充実度。
そして「オレンジの雨」やら「恋する季節」やらの新御三家系は、郷ひろみの一連の大名曲達にとどめを刺す(筒美自身は「郷くんに作った曲の中では「小さな体験」「モナリザの微笑」「よろしく哀愁」「花とみつばち」が印象的」と言っている)。
「芽ばえ」「わたしの彼は左きき」「セクシーバスストップ」「初恋のメロディー」「恋のインデアン人形」「赤い風船」「木綿のハンカチーフ」などのアイドル歌謡の素晴らしさ。
岩崎宏美の一連のヒット曲の新しさ。「ロマンス」「センチメンタル」などもう説明の必要もない。
その一方で「哀愁トゥナイト」「東京ららばい」「九月の雨」「飛んでイスタンブール」などのニューミュージック系歌謡曲でもしっかり名曲達を送り出している。

第3期黄金時代になると、その歌謡曲集大成みたいな名曲たちを出している。
「魅せられて」「たそがれマイ・ラブ」「セクシャルバイオレットNo.1」・・・
庄野真代の一連や岩崎宏美の一連でも完熟の響きを聴かせてくれる。
ほかにも「リップスティック」「ディスコ・レディー」「青い地平線」「日曜日はストレンジャー」「女ともだち」「ROBOT」・・・。


普通の作曲家ならここらへんで大人しくなっていってしまうところである。例えば作詞の天才、阿久悠なんかは、ここらへんを転回点にだんだん時代とは違う方向へと歩いていった。
が、ビジネス感覚溢れるヒットメーカーの筒美京平はここからまた新たな時代に寄り添って大ヒットたちを生み出していくのである。


第4期黄金時代は「たのきん」から始まる。
「スニーカーぶる〜す」「ギンギラギンにさりげなく」などのマッチ系や「キミに薔薇薔薇…という感じ」「原宿キッス」などのトシちゃん系。
「センチメンタル・ジャーニー」「夏色のナンシー」「エスカレーション」「ト・レ・モ・ロ」・・・松本伊代、早見優、河合奈保子、柏原芳恵などの新アイドル系。

そして「まっ赤な女の子」から「ヤマトナデシコ七変化」「なんてったってアイドル」に至るキョンキョンの一連。
そんなのを作る一方、稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」「夏のクラクション」や、C-C-Bの「ロマンティックが止まらない」「Lucky Chanceをもう一度」とかも手がけている。薬師丸の「あなたを・もっと・知りたくて」や斉藤由貴の「卒業」もこのころ。


まだまだ止まらない。
第5期黄金時代もあるのだ。
「仮面舞踏会」少年隊、「1986年のマリリン」本田美奈子、「WAKU WAKUさせて」中山美穂、「夜明けのMEW」小泉今日子、「抱きしめてTONIGHT」田原俊彦、と、80年代後半以降の歌謡曲凋落寸前時代にもしっかりヒット曲を量産している。
90年代になってからも、NOKKOに「人魚」を作ったり、陽水に「カナディアン アコーディオン」を提供したり、まだ相変わらずヒットメーカーぶりを見せつけているのである。

いやぁ、もうマジですごいな、筒美京平。
ボクたちは同時代に彼という天才ヒットメーカーを得て、本当に幸せだったのでした。


ちなみに、この8枚組、2013年に新装完全限定版で再発売されている。
その後に世に出たヒット曲を新たにCD1枚分追加したCD9枚組BOXセット。
ブックレットとかついているのかは確認してないんだけど(まぁたぶんついていると思う)、Blu-specCD2での再発売なので、音質はこっちのほうがいいと思う。




橋本淳や酒井政利、松本隆などとの関係についても書きたかったけど、ちょっと長くなりすぎてしまった。

※※
それにしても「飛んでイスタンブール」が当初野口五郎のために用意されていた曲だとは知らなかったぜ。「飛んでイスタ〜ンブ〜〜〜〜ル」と野口五郎的節回しを想像してみると妙に笑えます。



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