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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(新約聖書篇10) 〜イエスの神殿奉献

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
旧約聖書篇は全65回で完結しました。こちらをどうぞ。

いまは新約聖書をやってます。ログはこちらにまとめていきます。
このあと、ギリシャ神話。もしかしたらダンテ『神曲』も。



イエス誕生周りの話は、4つの福音書によってエピドードが異なるのでなんか構造が複雑だ。

だから、自分の頭の整理のために図にしてみたらこんな感じになった。

マタイ伝とルカ伝ではずいぶんストーリーが違うし、マルコ伝やヨハネ伝に至っては記述すらない。

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で、今日は赤丸の「神殿奉献」なんだけど、この表を見てもらえばわかるように、ルカ伝には、「東方三博士」も「エジプト逃避」も出てこない。

要はライターであるマタイもルカも、イエスの幼少期をどうにか盛り上げようとしたんだけど、そのアプローチが違った、ということだ。

ざっくり違いと言うと、

マタイ伝は、手に汗握るサスペンス。
ルカ伝は、ほんわか温かクリスマス。


って感じか。

マタイ伝は、悪玉ヘロデ王が密接に関わり、虐殺を免れて救世主がエジプトに逃げる展開であるのに対し、ルカ伝は羊飼いたちと聖夜を過ごし、神殿に献げられるというのんびりムード。

画家たちも、この辺、ルカ伝とマタイ伝を混ぜこぜにして描いていたりするのでボクも混ぜているけど、この連載はその途中に「聖母子像のまとめ」まで入れてしまって、より複雑にしちゃったなぁと反省してる。

まぁいいや。
とにかくマタイとルカが、新興宗教キリスト教を世に広めるためにそれぞれの創作をぶち込んできた感じはこうして並べて見てみるとよくわかる。


で、今回はルカ伝の神殿奉献(ほうけん)。

これ、シンプルなエピソードなので、さらっと行こう。

ストーリーを30秒で話すとこんな感じ。

イエスの父ヨセフと母マリアはユダヤ教徒なので、ユダヤの律法に従って、長子であるイエスをエルサレムの神殿に捧げに行く(神殿奉献)。

そこでシメオンと女預言者アンナに出会う。

シメオンは「救世主を見るまでは死ねない」と神に告げられていて、イエスを一目見て「あぁやっと私は安らかに死ぬことができます」と喜ぶ。

預言者アンナも「あぁこの子がメシア。みんなに告げなければ」と喜ぶ。

その後、シメオンは、今後イエスに降りかかるであろう受難をマリアたちに予言する。

シメオン「そしてあなたの心も、剣で刺し抜かれるような痛みに襲われるでしょう」

マリア「・・・(マ、マジ?)」


こんなストーリー。

だから、神殿で神に捧げるめでたい場面なはずなのに、マリアの表情は暗く描かれていることが多い。このエピソードは「聖母の7つの悲しみ」のひとつとも言われているくらいだからね。

まぁそりゃそうだ。生まれたばかりの我が子が、将来酷い目に遭うことを予言されてしまうのだから。


巨匠レンブラント
暗〜く重苦し〜く描いている典型的な例だ。
3枚描いているが、どれも重く、暗い。

この1枚目はその中でも特に劇的で、ずっと眺めていたくなる吸引力がある。たっぷりとった空間が事の大きさまでをも感じさせる。
ヨセフがイエスを抱き、シメオンからの予言を驚きをもって聞いている。
救世主であることは天使や羊飼いから聞いていたが、その悲しい受難の未来については初めて聞いたのだ。

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中央をアップにしてみる。
ヨセフは驚き、マリアは少し口を開け、イエスを見つめている。
マリアの表情が、光栄と悲しみを行き来しているようでとても味わい深い。

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アンナはヨセフの後ろでかがんでいる人であろうか。
物珍しげに覗きに来た二人のおっさんの右側はレンブラントの自画像のようにも見える(他の自画像とよく似ている)。

いい絵だな。なんか神殿にエコーする群衆のざわめきまで聞こえてきそうだ。
文句なしにこれが「今日の1枚」かなぁと思ったけど、途中で考えを変えて次点。名画だけどね。


これ(↓)もレンブラント
シメオンがイエスを抱き、マリアに語りかけている。
この絵もつらい受難の未来を創造させる暗さを持っている。驚いているのは預言者アンナだろう。「まぁこの子が救世主!」
おめでたい場面なのだが、暗い。右側の意味深なろうそくも火を灯していない。

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レンブラントから3枚目。
シメオンとアンナだと思われる。受難の未来を予言し自らおののいている。

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ティントレットも暗い。
イエスを差し出して祝福してもらおうとしているマリア。ちょっと下からのカメラが実にいい効果をだしている絵。
身を乗り出して語りかけるシメオン。周りの人がみんな暗い顔。救世主出現なんだから周りは喜びそうなものだけど。

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ヴィセンテ・ロペス・イ・ポルターニャ
悲しみの夫婦ふたり。ヨセフは天に向かって何かを訴えかけているよう。マリアは必死に祈るのみ。

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カレル・ファン・サボイェン
シメオンに抱かれるイエス。ヨセフは手前でかしずいている人だろうか。マリアはひたすら祈っている。

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アンドレア・マンテーニャ
みなの表情が厳しく、イエスも泣き顔。マリアは深い悲しみに沈んでいる。
ちなみにおくるみがミイラ巻みたいになってるのは当時の風習。

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ラファエロ
この人が描くと全体に明るさが出てくる。色遣いが重くないからね。
シメオンを中央に、安定した構図。美しい。

ちなみにこの絵は数奇な運命を辿っていて。
いったんフランスに没収されてズタズタにされたけど、その後修復されてナポレオン戦争後にイタリアに戻された、といういわくつきの絵らしい。なんでズタズタにされたんだろう。

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シモン・ヴーエ
そうそう、なんか役者が足りないと思ってたら、天使がいなかった!w
他にも長子を神殿奉献にきた家族がいて(左手前)、ただ事ならぬ様子に身を乗り出して見ている。

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フラ・バルトロメオ
色鮮やかでいい絵なんだけど、イエスがちょっと巨頭すぎるw
左端のヨセフも、敢えてこんなにハゲ散らかさなくてもいいと思うぞ。

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フラ・アンジェリコ
おくるみでがちがちに巻かれたイエスを睨むシメオン。怖いわw

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ジョット
マリアの元に行きたがるイエスの動きがかわいい。
シメオンと預言者アンナはあくまでも厳しい顔。

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これもジョット
シメオンに受難のことを言われた後だろうか。マリアが「さぁこちらへ」と抱きしめようとしている。
上の2枚も下の2枚もそうだけど、シメオンも預言者アンナも光輪つきの聖人扱いなんだね。

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ジョヴァンニ・ディ・パオロ
神殿の描写がとてもきれいな1枚。右側のふたりがとても気になるw

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アンブロージョ・ロレンツエッティ
みんなくっきりした色の服を着ているのに、イエスはなんで赤と青のグラデっぽいのなんだろう。そこだけが疑問で「なんだ?」とずっと見てた。

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シュテファン・ロッホナー
この絵は「暗い」というよりは「おめでたい」ね。
神が顔を出しているし、天使もたくさん飛んでる(カラスみたいに黒い羽の天使だけど)。
そして右手前の子ども群!
きれいに左から右に背の高さで並んでいて可愛いw

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マリアが妙に福々しくて印象的だけど、手前のヨセフが背が低いのを苦にしてか、かかとを浮かしているのがツボw

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カラッチ
マリアとヨセフの間にちらりと見えるのは2羽の鳩で、これは律法により「神殿奉献の際、鳩をひとつがい持ってくること」と決まっているらしい。たぶんそれ。理由は知らんw

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フランチェスコ・バッサーノ
イエスが腹筋してる。

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シャルル・ルブラン
鮮やかだけど、深みを感じない平たい絵に感じるなぁ。布のドレープの感じを描くのが好きな画家なのかな。

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クェンティン・マサイス
ちょっとイエスが黒くて小さくて、キリスト教の絵として大丈夫かな、って思う。未熟児すぎない?

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ジェームズ・ティソさん。
シメオンがイエスを掲げ、手前で預言者アンナが「見よ!救世主だ!」とみなに叫んでいる(んだと思う)。
ギャルたちが「なにこの女〜、超ヤバい〜! 草はえる〜」って笑ってるのがなんか今に通じてて共感するw
マリアもヨセフも顔が見えていない珍しい絵だ。さすがティソさん。

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フィリップ・ド・シャンパーニュ
あぁ、これはいい絵。左の光輪のふたりがヨセフとマリアで、中央がシメオン。右側に預言者アンナ。
シメオンがなんかいいね。このあと一歩踏み出して天に赤子を献げるのではないだろうか。
マリアの表情もとてもいい。悲しむよりも喜びが少し勝っている。
左端の男は自画像じゃないかな。Wikipediaで調べた自画像とよく似てる。

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個人的には、マリアの悲しみもわかるんだけど、とはいえ世界を救う救世主の出現だ。前半のあくまでも暗い神殿奉献より、このくらい希望を感じさせる神殿奉献のほうが好きだな。

ということで、最後の1枚を「今日の1枚」にして、今回もオシマイ。


次回は、イエスの少年期の絵をいろいろ見ていこうと思う。



この新約聖書のシリーズのログはこちらにまとめて行きます。
ちなみに旧約聖書篇は完結していて、こちら

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『天使と悪魔の絵画史』『天使のひきだし』『悪魔のダンス』『マリアのウィンク』『図解聖書』『鑑賞のためのキリスト教事典』『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。





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