聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇63) 〜スザンナの水浴
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
今回は、ヤケノヤンパチ、である。
もう絵を貼りまくりである。
なんと全部で83枚!
つか、調べれば調べるだけ絵が出てくるのだ。
画家のみんな! いったいどんだけヌード描きたいんだ!
・・・と最初は思ったんですね。
なぜって、中世とかでは一般人のヌードを描くとかご法度だったのだけど、聖書や神話をネタにヌードを描くのは公然と許されていたわけです。
だからみんなこのエピソードを喜んで描いたんだろうな、と(まぁ雇い主が「スザンナの描いて〜」って頼んだんだろうけど)。
そう、もちろんそれは大きい。
その理由だけで描いた画家も多かっただろう。
ただ、画家といえば(当たり前だけど)アーティスト。
当時においても「最先端の考え方を持った人たち」でもあると思うんですよね。
そういうアーティストたちにとって、このエピソードは「ヌードだけではない側面」があったのではないか、と。
この物語、「男尊女卑が当たり前の超男性社会において、女性が果敢にもそれに抗い、正義を主張した話」でもある。
そこに、当時の先端アーティストたちが共感した側面があるのではないか、と思うですね。
そう思って絵を見ていくと、男性の描かれ方が、超醜悪かつ滑稽なのだ。
画家たちの視線は完全に「オトコの醜さ」に寄っている。
そして、スザンナの正義と貞節を援護している。
あらゆる本や解説が、このエピソードが多く描かれた理由を「ヌードを描く口実」として捉えているけれど(そしてそういう画家も多かったとは思うけど)、先端アーティストとしての一部の画家は、この絵を通して「強い共感」を女性たちに送っていたのではないか、と思うな。
また、そうやって見てくると、こうも思う。
このエピソードは、現代においてもまだ立場が弱いままの女性たちが社会と闘うときの「心の支え」にもなっているのではないか。
主に欧米において、だけど。
人類最大のベストセラーである聖書にこのエピソードがあることが、どれだけ「正しくあろうとする女性たち」を勇気づけたか。
去年、#MeToo で立ち上がり、セクハラを糾弾したキリスト教国・イスラム教国・ユダヤ教国の人たちの頭の隅にも、きっとこの「スザンナ」の姿があったんじゃないかな。
とか、想像する。知らんけど。
さて、簡単にストーリーを見ていこう。
評判の美女であり人妻であるスザンナは庭で水浴するのが日課だった。
それを知った2人の長老(権力を笠に着た裁判官)というかエロ爺たちが、それを覗き見て欲情する。
で、劣情丸出しで、ふたりしてこう恐喝するわけ。
「見たで見たで〜、ええカラダしとるやんけ〜。ええから、させ! この場で、させ! でなかったらお前が若いオトコと乳繰りあってたってお上に言うで。そしたらあんさん、わかるやろ? 姦通は死刑やで。しかもわてら裁判官やで。あんたに勝ち目はない。わかったか。わかったら、させ!」
・・・すいません、品がなくてw
つか、マジでそういう最低最悪な脅しをしやがるんだよな、こいつら。
でもスザンナは毅然と拒否する。
そう、拒否する。
長老たちにとっては「マジ? 拒否するん?」という感じで、まぁ大憤慨するわけですよ。
そして裁判官の地位を利用して、でたらめな証言をして死刑にしようとする。
そこに現れ出でたる預言者ダニエル。
長老それぞれに「彼女が姦通してたのはどの木の下か」と問いただす。
口裏を合わせてなかった長老たちのウソがバレ、逆に長老たちが死刑に処された、という物語。
まぁ「ダビデとバテシバ」の要素や、「ソロモンの審判」の要素も入った人気のエピソードというわけだけど、とはいえお裁きの絵はほとんどなく、ほとんどがヌードであるのだけど。
さてと、絵を見ていこう。
パターンは大きく3つに分かれる。
(1)スザンナの身になって男たちの醜悪さを描いた画家たち
(2)ストーリーを説明的に描いた画家たち
(3)ただただ美しいヌードを描いた画家たち
まぁ完全に分かれるわけでもないんだけど、便宜上ざっくりこの順番で整理してみたいと思う。
(1)スザンナの身になって男たちの醜悪さを描いた画家たち
まずは、今日の1枚。
17世紀としては珍しい女性画家だったアルテミジア・ジェンティレスキは、やはりこのテーマに強く興味をもったようで、調べただけでも6枚描いている。
どれもそれぞれ味があるのだけど、17歳の時に描いたこの絵を「今日の1枚」にしたいと思う。
この絵、X線で「下描き」の絵が明らかになっているようだ。
下描きの女性のこの叫び、この憎しみ、この殺意。
それらを表現を隠しての、この完成画。
そして、その後、画家自身が強姦などの事件に巻き込まれてしまうのだが(Wikipedia)、そういった背景なども含めて、これを今日の1枚にしたいと思う。
アルテミジア・ジェンティレスキの絵では、これも好き。
同じ構図で2枚描いているようだ。どちらも毅然と拒否している。
あとの3枚は、それぞれに少しずつ「スザンナの気持ちのバリエーション」を描き分けている感じか。
男たちはそれほど醜悪には描かれていない。なんか交渉しているみたいな。
アンソニー・ヴァン・ダイク。
怯えているスザンヌ。左の男は服を剥がそうとしている。レイプだな。
右の男は右奥の像の器みたいのを掴みつつなんか白い液みたいのをこぼしている・・・わりと直接的な表現なんだろう。
フィリッポ・ヴィターレ。
もうさ、レイプだよね。右にある器は子宮の寓意なことが多いので、まぁそういうことか・・・。
デイヴィッド・ウィルキー。
これは脱がしている感じ。これまたほとんどレイプだね。男の目つきがいやらしい・・・。器がやけにリアルに描いてある。
ちなみに胸が小さくお腹ぽっこりなのは「当時の理想の体型」。
アレッサンドロ・アローリ。
完全に犯罪w
右の男の顔の位置・・・鬼畜だ。
スザンナのお尻の下にある噴水みたいなのが、男の性欲を直接的に表している(のだと思う)。ワンコはスザンナの夫への貞節を表しているのだろうか。
サロモン・コニンク。
これもほとんどレイプ。なんつうか「させ!」って言ってる。
Massimo Stanzione。
だから服を引っ張るな! スザンヌは強く拒否の表情。
ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ。
なんつうか、これも犯罪。
スザンナは後光を指していて聖人扱い。正義と貞節を守ったヒロインなのだろう。
ドメニコ・ディ・ミケリーノ。
いやー、完全にレイプだ。男ふたりの表情が鬼畜。
ジュゼッペ・バルトロメオ・キアリ。
もうホントひどい。
ポンペオ・バトーニ。
服は引っ張るわ、ひとりの男は段差を飛び越えてくるわ、もう酷いもんだ。噴水は男の性欲の表現だと思うな。
ジョバンニ・F・グエリエリ。
この噴水もかなりあからさまなんだろう。
Jacob Ernst Thomann von Hagelstein。
噴水大噴出!w いやしかし、逃げ場ない。
コルネリス・シュト。
右の男の頭の上にある噴水、胸からチューって出て、男の前に飛んでいる。なんだこれw
アンドレア・ヴァッカロ。
小便小僧w あからさまw
ヘラルト・ファン・ホントホルスト。
スザンヌの表情がとてもいい1枚。
ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニ。
アレ〜〜〜!
マッティア・プレティ。
いや、引っ張るなって。
コルネリス・ファン・ハールレム。
これって、当時としてはものすごく卑猥な絵なのではないかな。いろいろ際どいエロ本系。
こちらもコルネリス・ファン・ハールレム。
変な噴水w なんだろう、亀か?
アンニーバレ・カラッチ。
だから引っ張るな。柵を乗り越えるな。
セバスティアーノ・リッチ。
なんかだんだん貼るのイヤになってきたw
Joseph Flaugier。
ヘンテコな味の絵。
ピエール・レオーネ・ゲッツィ。
やっぱ噴水は付きものだねえ。
マックス・フールマン(Max Fuhrmann)。
ホント、醜悪なハゲたちだ(ハゲに罪はないが)。
巨匠ルーベンスから5枚。
ルーベンスもわりと犯罪系に描いている。
筆が荒いのもあるな。ルーベンス工房かもしれない。
巨匠レンブラント。
こうして見てくると絵の構成がとてもいい。
これもレンブラント。
スザンナはキッとこちらを見ている。つまり、見ている我々を痴漢と扱っている絵だな。なるほど。レンブラントはうまいなぁ。
ヤコブ・ヨルダーンス。
この男ふたりの醜悪さよ・・・。
ホセ・デ・リベーラ。
左の男が醜悪だなぁ。
ニコラ・ヴァッカロ。
いやぁ・・・これもレイプ。
ジャン・バン・ノールト。
イヤだよねえ。
Ivan Sakhnenko。
あからさまに触ってますな。
では、そろそろ次を行ってみよう(もう飽きた?w)
(2)ストーリーを説明的に描いた画家たち
ティントレット。
左手前と生け垣の奥に長老がひとりずついる。
ヤコポ・バッサーノ。
なんか全体的に美しい絵だ。
ヤン・マサイス。
美しく、バランスのいい絵。
グエルチーノから2枚。
2枚目とか「神よ、私は貞節を守りました」と言っている感じでいいね。
ロレンツォ・ロット。
ドアから入ってきたのはダニエルか。
かなり説明してくれている絵。
フランス・フロリス。
ふたりの男、どこにいるかわかります?w
Grigoriy Lapchenko。
白く光る裸体が印象的な絵。タッチとしては好きではないけど。
オッタヴィオ・レオーニ。
スザンナが妙に客観的でおかしいw
ピエトロ・デラ・ベッキア。
脅しているふたり。なんか性犯罪の匂いというよりは交渉してる風。
Gyula Tornai。
なんというか、わりと当時の時代考証的にリアルっぽいのかも。
ルドヴィコ・カラッチ。
パッと見、スザンナが男に見える。
ラストマン。
右端にいる孔雀(?)は高慢の寓意。噴水は性欲だと思うな。なぜかスフィンクスっぽい。なんの意味だろう。
それにしても右の男の服のドレープをえらく描き込んでいる絵だ。
ヘンドリック・ホルツィウス。
神に祈る。敬虔なスザンナを表現している。
ニコラス・ベルタン。
これも祈っている。
噴水はね、そういうことですね。
ヘンドリック・ホルツィウス。
毅然としたスザンナ。
ヴェロネーゼから3枚。
どれも上品。上の方の絵を見た後だとなんかホッとする。
3枚ともに超小型犬がいて、彼女の貞節を表している(と思われる)。
そして3枚とも石像がなにやら意味深だ。
ディルク・ファン・デーレン。
こんな場所で痴漢&レイプするわけもないから、このエピソードを無理矢理入れた宮廷の絵みたいなものかな。きっと中央の像になにかしらの意味があると思われる。
描き人知らず。
もう噴水の量がスゴイw
Vincent Sellaer。
この絵は不思議。男もなんか哀しげ。女性はちょっと聖人風。そして物言いたげな石像。なんだろう。
グイド・カニャッチ。
冷静でクールなスザンナ。
Sisto Badalocchio。
驚くスザンナ。地位の差などを上手に感じさせている絵。
Jan Dirksz Both。
浮かび上がる背中が美しいけど、気になるのは木の上に怪しげな影。
噴水か。というか、これもあからさまな表現に思える。
ギュスターヴ・ドレさん。
なんかサインが裏焼きなので、この版画自体が裏焼きかと思ったけど、このカタチでわりと流通しているので、これを載せておく(あとで調べます)。
さすがドレさん、品よくまとめているなぁ。今回ので唯一肌を出していない絵。
マルク・シャーガルさん。
これ、すごい独特だし、いつものシャガール・タッチともまた違う。構図もおもしろいな。
アルブレヒト・アルトドルファー。
おもろい絵だな。なんかいい感じ。男ふたりがどこにいるかわかります?
カール・シュピッツヴェーク。
エキゾチックな絵だ。
アントニオ・カンピ。
これは侍女がいるのが変だ。だって大騒ぎすればいいじゃん。相手が偉いから無理なのかな。
イェンス・アドルフ・イェリカウ。
これも侍女がいるな。侍女が下がってから脅迫した、ということか。
ということで、3つ目の分類に行ってみよう。
あと少しで終わります。
(3)ただただ美しいヌードを描いた画家たち
フランチェスコ・アイエツ。
アイエツはうまいよなぁ。
テオドール・シャセリオー。
シャセリオーの女性の絵、好きだ。
背景に溶け込むようにふたりの男。
ミュンヘン分離派のフランツ・フォン・シュトゥックも描いている。
これ、なんかいい絵だな。
Léon Comerre。
寝ちゃったよ。。。頭の上側に孔雀の羽みたいのが数本。足もとにあるのは巻き貝?
ジーン・バプティスト・サンテール。
一応男達は描いてあるけど、まぁ女性主役だね。絹の表現が美しい。
ジェームズ・ティソさん。
ティソさんが裸を描くって意外と珍しい。
Vasiliy Ryabchenko。
ある意味、美しい絵。
カール・ルドウィック・ジェッセン。
エキゾチックで美しい裸体。
男が背伸びして覗いている感じがおかしいw
ラウリツ・トゥクセン。
ふと気がついた瞬間のスザンナ。
ジャン=ジャック・エンネル。
これまた美しい。
ということで、長すぎてすまん。
今回もようやくオシマイだ。
最後に、風刺っぽい1枚と、ストーリーのラストの1枚。
ウィリアム・ホルブルック・ビアード。
題名が「スザンナとふたりの長老」だからこの題材だ。
面白いなw
バレンティン・デ・ブローニュ。
これは、ダニエルが長老たちの偽証を暴いているところ。
ストーリーのラストだね。
ということで、今回もオシマイ。
83枚w
「いったいnoteは絵を何枚貼れるのかチャレンジ」みたいな回だったな。
お疲れオレ。
次回は、王妃エステル。
エピソードとしては、旧約聖書ラスト、になる。
あと、まとめも入れてたった2回で旧約聖書もオシマイだ。
あ、ついでに、この「スザンナ」をヘンデルがオラトリオにしているので、一応貼っておきますね。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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