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人生がとても愛おしくなる映画 『ガープの世界』

いままで観てきた映画の中で、自分的に「座右に置いておきたい映画」を少しずつ紹介していきたいと思います。


「一番好きな映画は何ですか?」と訊かれることがよくある。

これはかなり難しい質問で、そのときの気分や状況にも左右されるのだけど、でも何回かに一回、ボクはこの映画を挙げる。

「もしかしたら知らないかもしれないけど、『ガープの世界』って映画があってね、これは20代30代とずっとボクのベスト1だったし、いまでも本当に大切にしている映画なんだよ」って。


ジョン・アーヴィングの原作自体ものすごく好きで、いまでも時々読み返す。

この原作、いったん手にとったら最後、エンディングまで巻をおくあたわず的状況になる。
少しこの世界観に入っていくのに時間がかかる人がいるかもだけど、いったん馴染むとページをめくる手が止まらないだろう。

※余談だけど、この本を訳した筒井正明氏は(ボクの間違いでなければ)駿台予備校で英語を教えていて、とてもクリアな授業でボクのお気に入りだった。大学に入ってこの本を読み、「あ、訳者があの先生と同姓同名だ」と気づいただけなので単なる勘違いかもしれないけど、なんか訳文の感じからしてきっとそうだと確信している。


セックスと暴力と理不尽。
レイプと不倫と障がいと差別。
不寛容と愚行と暴行。

それが際限なくこれでもかこれでもかと出てきて、みんなが傷つき、みんなが失う。

ストーリー自体そんな感じで、救いようがないように見えるのだけど、ジョン・アーヴィングは、「こういうことこそが人生」と納得させる筆力で、この混沌を明るく豊かに書き切っていく。
彼はこの長編の中に、あらゆる人生をみっちり詰め込もうとしたかのようだ。

そして、この本はアメリカで大評判となり、一大ベストセラーになる(社会現象とまで言われた)。
ただ、その筋とディーテイルの複雑さから「映画化は不可能」と言われた。

そんな原作を、ジョージ・ロイ・ヒル監督は、個々の断片を丁寧に丁寧に積み重ねることでまとめきり、それが奇跡的にうまく行っているのがこの作品だ。

伏線を多数忍ばせ、同じアングルを多用し、ローアングルも効果的に使い、計算ずくで「ガープによる世界(原題は、the world according to Garp)」を編み込んでいく。

その編み目にはセックスや暴力や差別がみっちり詰まっている。
近くから見ると生きるのがイヤになってしまうくらい詰まってる。

でも、目を遠く離して見ると、これがもう本当に優しい模様となって現れる。

そんな奇跡的な編み物が、この映画「ガープの世界」なのである。


映画の良し悪しって出だしのセンスでだいたい読めますよね?

この映画、出だしですでに快作の匂いがプンプンする。
青い空に赤ん坊が舞うという美しいシーンにビートルズの(この映画のために作ったんじゃないかと思われるほどはまった)「When I'm 64」が流れる。

予告編でもその感じをちょっと味わえるから、お暇なら観てみてください(↓)。


この美しいモチーフはラストでも「I'm flying!」というガープの言葉と共に繰り返され、「人生は複雑怪奇で恥辱にまみれているのに、実はとてもシンプルで美しい」という主題を突きつけてくる。

そう、この「無邪気な子どもの flying 」こそ、実はこの映画の主題だったりする、とボクは思う。

この複雑な原作を、この「 flying 」で始め、この「 flying 」で終えて一本線にしたのがジョージ・ロイ・ヒル監督と脚本のスティーヴ・テジックのクレバーさ。

この始まり方と終わり方を思いついた時点でこの映画は成功したも同然だ。素晴らしいなぁ。


キャストも実に素晴らしい。
原作を読んでから映画を観たんだけど、まったくイメージ通りだった。裏切られない。これって本当に珍しいこと。

主役のガープには、言わずと知れたロビン・ウィリアムス

スタンダップ・コメディアンで有名だったけど(ちょうど同じ1982年にコメディ公演『イブニング・ウィズ・ロビン・ウィリアムズ』を成功させている)、映画としてはこれが出世作。

ボクは彼の「泣いたような目」が好きで、出演作はほぼ追いかけているけど、いまだにこのガープを抜けないかなぁと思う。彼の代表作だ。

ガープ以上と言ってもいいくらいの重要人物(お母さん)であるジェニー・フィールズにはグレン・クロース

これもまた最高のはまり役。
こんなはまり役あり?ってほどのはまり役。

この後「ナチュラル」でレッドフォードの恋人役、「危険な情事」でサイコな年増女性と芸域を広げていくわけなんだけど、彼女のデビュー作はこの「ガープの世界」。
あまりにガープのお母さん役がはまりすぎていて、なんかボクの中ではずっと彼女はジェニー・フィールズだ。

性転換して女になった元フットボールプレーヤー役のジョン・リスゴーはこの映画で助演男優賞にノミネート。いい役もらったよねぇ。やりがいあったろうな。長いキャリアを誇るいいバイプレイヤーだけど、この映画は彼のキャリアの中ではごく初期のものだ。

ガープの奥さんであるヘレン役にメアリー・ベス・ハート。イメージピッタリ。クッシィのジェニー・ライトといい、エレン・ジェイムズ役のアマンダ・プラマーといい、プーのブレンダ・カーリンといい、 こういうわき役までイメージピッタリなのってすごい。

あと渋いところではヒューム・クローニンジェシカ・タンディがジェニーの両親役で出ている。
このふたり双方共に一流のキャリアを持つ凄腕の役者なんだけど、実生活面でも夫婦だったりする。というか、夫婦役でキャスティングされることが多くて、「コクーン」や「ニューヨーク東8番街の奇跡」でも夫婦役として出ていたりする。日本で言ったら二谷英明と白川由美って感じか(古っ)。

監督のジョージ・ロイ・ヒルは、決して上手な監督ではないと思うのだけど、とても丁寧かつ優しいタッチでじっくり撮る巨匠。
壮年期の名作「明日に向かって撃て!」は中学高校時代のボクのベストだったことを考えるとよくよく趣味があうのかもしれない。
他に「モダン・ミリー」「スローターハウス5」「スティング」「華麗なるヒコーキ野郎」「リトル・ロマンス」・・・うーん、いい監督だ。


・・・なんでこの映画のことがこんなに好きなんだろう、ってよく考える。

登場人物は変わった人ばかりだし、みんな傷ついているし、みんないろいろ失うし、イヤなこと、極端なこともたくさん起こる。

でも、なんか、見終わったあと「周りの人の人生がとても愛おしくなる」んだよね。

見終わって家を出て街にでると、買い物途中の子連れとか老人とかが街を歩いている。営業の人とかがどっかに急いでいる。ちょっと浮浪者っぽい人が道に座っている。なんかちょっと変わった人がゆらゆらしてる。

そんな人たちの、それぞれの人生が、なんか愛おしくなる。
そして、自分の人生を真っ正面から肯定できる。

この映画は、そんな魔法をボクにかけてくれる。

だから、好きだし大切にしてる。
見飽きないように注意しながら、これからも頻繁に見続けていこうと思う「座右のシネマ」なのである。



ラストの赤ん坊フライング・シーンで流れる曲(「When I'm 64」が流れる直前にワンフレーズだけ聞こえる曲)は、ナット・キング・コールの「There will never be another you」。

※※
原作者のジョン・アーヴィングは、大学のレスリング・コーチ役で出ていますね。またジョージ・ロイ・ヒル監督はガープの新居にヒコーキで突っ込むパイロットで出演しています。

※※※
好きな小説『サラバ』で、著者・西加奈子は(重要な登場人物である)須玖にこう言わせている(第四章)。
「アーヴィングは、物事をすべて等間隔で見てる感じがする。出来事に優劣つけんと、同じ紙の上に置いてる。それって、小説の出来る、素晴らしいことやと思わへん?」
短い言葉でアーヴィングの本質を突いたなぁ、と思ったし、この映画も、実はその「素晴らしいこと」をやりきっているな、と思っている。



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