聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇3) 〜「アダムとエバの創造」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、いわゆる芸術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないとよく理解できないもの多すぎません? オマージュなんかも含めて。ついでに小説や映画なんかも含めて。
それじゃ人生つまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
さて、今回は「アダムとエバの創造」。
日本では「エバ」ではなく「イブ」と英語読みで表記することの方が多いけど、新共同訳聖書で公式に「エバ」と訳されているので、ここでも「エバ」で行きたい。
前回とりあげたシスティーナ礼拝堂で、ミケランジェロは『アダムの創造』と『エバの創造』を描いている。
場所で言ったら、4と5だ。
まず、超有名な『アダムの創造』(クリックすると大きくなります)。
この絵のバランス、本当に美しいなぁ。
アダムの足と神の足が平行になっていて、そこに腕の直線も相まって、全体になんかダンスを踊っているような軽やかなイメージを醸し出している。
旧約聖書によると、本当は土のちりからアダムを造って、鼻の穴から命を吹き込むんだけど、ミケランジェロは超劇的な場面に変えてしまっている。たぶん鼻の穴から吹き込むとか絵にならない、と思ったんじゃないかな。
特に劇的なのは、この触れる寸前の指と指の描き方。
映画『E.T.』でオマージュされたヤツ。
ドラマチックだし、愛に満ちているし、神と人間の関係性も表していて、なんとも感動的だ。
いや、ミケランジェロ、よく思いついたなぁ、と思う。
アダムの描写もとても魅力的。
神を見つめる目が従順かつ信頼感に満ちている。
とはいえ、土のちり(塵)から生まれたばかりにしてはマッチョすぎ。
ただ、こんなに逞しいアダムなのに、ペニスがお粗末すぎるのが気になるよねw なりません?
個人差あるにしても、あまりに小さくない?
これには(調べた限りで)ふたつ説があるようだ。
ひとつは、当時、大きなペニスは「愚かさ」「色欲」「醜さ」を連想するものであったため、小さなペニスの方が文化に価値が置かれていたというもの。まぁ逆だとすると「賢さ」「貞節」「美しさ」だから、そりゃ小さいほうがいい。
ギリシャ彫刻から、そういう文化だったというもの。
もうひとつは、「禁断の果実(善悪の知識の木の実)」を食べる前なので、性欲がないことを表している、という説。
禁断の果実は「善悪の知識の木」なのだが、これを食べたあと、アダムとエバは性を知るわけですね。つまり、その前と言うことをことさら小さく描いたペニスで表した、ということらしい。
で、神なんだけど、この表情も、流れるような所作も、実にイイなぁ。
神もアダムも表情がスバラシイ。
ちなみに、神の背景として描かれている布は「解剖学的に正確な人間の脳」だ、という説があるらしい。確かにカタチは似ている。
医学博士などにより検証された結果、『アダムの創造』の神が描かれた部分は大脳表面の脳溝、さらに脳幹、前頭葉、頭蓋底動脈、脳下垂体、視交叉と一致すると結論付けられたとのこと。
他にも、神のまわりに浮かぶ赤い布は子宮を意味しているという説がある。そして、下部に垂れ下がる緑の帯は「切断されたばかりのヘソの緒」らしい。なるほどー。
確かにそうなると、土から出来たくせにアダムにヘソがある理由がわかる。
なお、神が左手で抱えているのは、エバであるという説や、神の左肩のところできりっとアダムを見ているのは神の子イエスだという説もある。
ボクは、神の下で神を「どっこいしょ」と持ち上げている顔が見えない天使がいつも気になるけどねw
さて、今回のヘンテコ大賞だけど、やっぱりこれに決まりでしょう。
ウィリアム・ブレイク『歓喜の日』。
ブレイクは前回も変な神を描いていたな。
というか、これ、アダムでいいのかな。
でもいろんなところで引用されているから、きっとアダムの誕生なのでしょう。
それにしてもこれが人類の祖先なのかw
最初は「なんなんだコレ」と思ったけど、何十回と観ているうちにだんだん味が出てきてしまった。そういう類いの絵だな。
ちなみに、大江健三郎の表紙とかにも使われている。
なんか本のタイトルとシンクロしているので、使う気持ちはわかるけど。
シャガールもアダムの創造の場面を描いている(タイトルは『人間の創造』)。
左下が、神がアダムを創造したところ。
幻想的で美しい。
右上には、アダム誕生以降、人間が辿る運命が描かれている。
真ん中上あたりにはイエスが十字架にかけられているシーンがあるし、その左にはモーゼの十戒の石版が描かれているとのこと。
ちょっと保存状態が悪いけど、ラファエロも描いているよ。
『アダムからのエバの創造』。
「主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。」
ということで、この絵はアダムを眠らせて、そのあばら骨の一部を抜き取ろうとしている場面だ。
痛いって!
この流れで『エバの創造』も見てみる。
システィーナ礼拝堂のミケランジェロの絵はこちら。
あばら骨からエバが生まれたところ、かな。
エバは、なんか「カンチョー!」みたいなポーズを取っているけど、まぁたぶん、神が「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。これを女(イシャー)と呼ぼう。まさに男(イシュ)からとられたものだから」とか、エバに語っているところな気がする。
そして、それをエバは感謝している図、だろうか。
アダムは熟睡。
前の『アダムの創造』での凜々しさはどこ行った。
というか、アダムは神自ら土から粘土工作で造ったのに、エバはアダムのあばら骨から(DNA操作?)というのは、女性蔑視甚だしいな、と思う。
エバも土から造れよなぁ。
まぁ、ここに限らず、聖書は女性蔑視に満ちているんだけど。
ちなみに、直接あばら骨から出てくる感じに描いているのもある。
これは描いた画家の名前はわからないけど、フランドルの工房で描かれた作品。
右側がアダムの誕生で、左側でアダムからエバを造っている(取り出している感じ)。
次のも描いた画家はわからないけど、北イタリアの工房のものらしい。
ニョキッと取り出してますな。
でも、神が教皇的になっているのは、たぶん当時絶大なる権力を誇った教皇に忖度したんだろう。小ずるい政治的な絵ではある。
これは彫刻だけど、ロレンツォ・マイターニの『エバの創造』。
下の金色ピカピカは、ギベルティのいわゆる「天国の門」(サン・ジョヴァンニ洗礼堂の東方の扉)の『アダムとエバ』。
アダムの誕生からエバの誕生、楽園追放までを描いてますね。
エバがアダムから生まれる様子が美しく真ん中に描かれている。
さて、もう少しだけ他の作家のを見てオシマイに。
先ほどのシャガールは『楽園(エデンの園)』という美しい絵も描いている。
右の方に立っている二人が、アダムとイブだ。
よく見るとイブの左横に 「善悪の知識の木の実」を食べさせようとしている蛇がいる。
左側はアダムの誕生とエバの誕生。
いかにも土から造られたアダム。
色が土っぽくていいなぁ。
そして、エバ。
あばら骨から造られた、出来たてのエバっぽくないですか?w
なんか血まみれなの。
おもしろいなぁ。。。
忘れてならないのは、ファン・エイク兄弟。
有名な『ヘントの祭壇画』の中の両隅にアダムとエバを、なんだか超リアルに描いている。
エバのお腹ぽっこり(妊娠ではない)なんか、たぶん当時の女性っぽいリアルさなんだと思う。
浮かない顔をしているふたり。
この後の「原罪」を予感させるね。
ついでに、ちょっとヘンテコなところでは、モンレアーレという人の『アダムとエバの出会い』(モザイク)。
体の描き方が独特すぎるw
ボクはわりと好き。
最後を飾るのは、もう圧倒的な想像力で突っ走るヒエロニムス・ボスだ。
有名作『快楽の園』の左翼パネルの『エデンの園』部分。
もう、背景とか上の方とか狂っているんだけど(真ん中のピンクの塔は「生命の樹」らしい。それの向かって右に木の実がなる樹があり、蛇が巻き付いている)、下の方にアダムにエバを贈る神が描かれている。
ボスって、細かく見て行くと本当に面白いんだよなぁ。
ということで、今回はオシマイ。
次回は「善悪の知識の木の実」を食べろ食べろとそそのかす「蛇の誘惑」を取り上げたい。
いや、ほんと、ヘンテコな絵が多くて超おもしろいよ。
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このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。