聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇55) 〜旧約聖書の終盤まとめ
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
さて、サウル→ダビデ→ソロモンという「イスラエル王国建国と栄華」の物語を追ってきた。
前回ソロモンが亡くなってイスラエルの全盛期は終わる。
ここでざっと物語を復習し、ここから旧約聖書のラストまでの大雑把なストーリーの予習もしてみたい。
お勉強?
いやいや、超簡単に俯瞰するのでご安心を。
旧約聖書はわりと複雑なので、たまにこうして俯瞰することがとても大事だと思うのです。
まず、冒頭からざっとまとめちゃうと、こうなる。
旧約聖書の全貌
天地創造の時代
神が人間つくったでー。
アブラハム一族の時代
イスラエル民族の始祖たちが現れたでー。
モーセの時代
住むべき地「カナン」へ戻って定住やでー。
志師の時代
カナンで12部族の地方分権やでー。
イスラエル王国の時代
他国の侵略に対抗するために王を作って天下統一したでー。
預言者たちの時代
南北に分裂しちゃって侵略されるけどなんとか奪回するでー。
イエスの時代(ここから新約聖書)
救世主が生まれたでー。
くりかえすけど、旧約聖書はイスラエル民族の歴史(神と民の歴史)を描いている。
日本人は「聖書=聖人たちの偉い物語」って思いがちだけど、全然だ。少なくとも旧約聖書は「人間のどーしよーもなさ」をこれでもかと描いている。
で、聖書の内容を「絵解きしたメディア」として機能したであろう絵画や彫刻も、そのどーしよーもなさをいろんな視点から描いていて面白い。
きっと教会とかから「もっと聖なる物語として描いてくれ」という圧力もあったと思うけど、画家たちはがんばってわりと人間臭く描いているし、そう描いてくれた絵ほど「ボクにとっての名画」になっていると思う。
さて、イスラエル王国の物語をさらっと復習しよう。
覚えるべきは、この順番。
サウル → ダビデ → ソロモン
初代から第3代の王3人。
そしてこれを「神の主観」で見ると、
サウル:
民が王を求めるから、長身でハンサムな青年サウルにやらせてみたら、最初は良かったものの、なんか生意気。鼻につく上にワタシを疎んじて言うことを聞かなくなったクソだから王権没収。というか、途中でダビデを知ったからもうダビデでいいや。早くダビデを王にしたいから、赦さず適当に泳がせとこう。
ダビデ:
超ハンサムな羊飼いダビデを見つけちゃったよ。有能だし寵愛にちゃんと応える。可愛い。性格も素直で可愛い。でも途中で姦通をやらかしたのでお仕置きしといた。まぁでもそこも可愛い。その後もいろいろやらかすが、まぁ可愛いので赦す。
ソロモン:
ダビデの子なので可愛い。しかも「智慧が欲しい」とか言って可愛い。イスラエルの栄華を任す。ただし途中から異教のクソ女どもにうつつを抜かし、偶像まで拝みだした。可愛いダビデに免じて殺しはしないが、寿命が尽きたら王国をぐちゃぐちゃにしてやるぞこの馬鹿野郎。ちなみに私の子イエスはダビデの血筋から出したいからソロモンの子は大切にしてやろう。
というような印象w
まぁ素人が見た印象なので薄い見方なのだけど、だいたいこんな印象をもっている。
つまり、ダビデが大事。
ダビデが可愛い。
ダビデダビデダビデ。
イスラエルの国旗が、こんなにいろいろなスターが出た歴史を経ているのに、「ダビデの星」と呼ばれる六芒星になっているのも、「やっぱオレたちの究極の王はダビデっしょ」ということなんだろうと思うな。そのくらい、ダビデはスーパーアイドルなんだと思う。
※この回のラストでも書いたが、この国旗の由来は、17世紀頃、「ダビデ王は紋所にみずからの名前の最初と最後の文字『D』を使ったに違いない。ヘブライ文字でDの字はギリシャ文字『Δ』に似た三角形だから、Davidのスペルの最初と最後の『D』の字二つを表す三角形を、互いに組み合わせた形にしてはどうだろうか」というアイディアを言った人がいた、ということらしい。
で、この印がヨーロッパのユダヤ人社会に広がり、19世紀はじめにはロスチャイルド家の家紋にも取り入れられた、と。
さて、では、ここからどうなって行くかを簡単にまとめてみたい。
まず、ちょっとだけ世界史。
これを知っておくと、旧約聖書の終盤がとても理解しやすくなる。
ざっくり紀元前のこの時期のオリエントは、この順番で覇権が推移する。
アッシリア帝国 → 新バビロニア王国 → アケメネス朝ペルシャ
この順番でイスラエル民族は翻弄されるのだ。
まず、イスラエル王国は、ソロモンの後、神の怒りで北と南に国が裂かれる。
北・イスラエル王国と南・ユダ王国に分裂するのだ。
そして弱小国に成り下がる。
そのうえ、神からも見捨てられている。
ソロモン時代に栄華を誇った王国は、ソロモンの死後、ぼろぼろに侵略されてしまうのだ。
まず、紀元前723年、アッシリア帝国に「北イスラエル王国」が跡形もなく滅ぼされる。
※図はサイト「世界史の窓」の「アッシリア帝国」のページより引用。
上の地図上で、エルサレム(地図ではイェルサレム)が赤くなっていない。つまり南・ユダ王国はぎりぎり難を逃れている。
が、それも続かない。
南・ユダ王国は次に覇権をとった新バビロニア王国に征服され、二度のバビロン捕囚を経て、エルサレムが破壊され、紀元前586年、南・ユダ王国が滅亡する。
※図はサイト「世界史の窓」の「新バビロニア王国」のページより引用。
つまり、これにてイスラエル王国は完全に滅亡する。
あっという間だ。。。
で。
もうあかん。
もうイスラエルの歴史終了、って思うじゃん?
ところがどっこい、ネブカドネザル2世に率いられた強大な新バビロニア王国は、たった86年後の紀元前539年に、キュロス2世率いるアケメネス朝ペルシャにあっさり敗れて滅亡するんだな。
アケメネス朝ペルシャ!
すげー領土の広さだ。
※図はサイト「世界史の窓」の「アケメネス朝ペルシャ」のページより引用。
そしてラッキーなことに、このキュロス2世(Cyrus the great)は、征服した地の民に寛大な名君だった。
で、紀元前538年、キュロス王はバビロンに捕囚されていたイスラエルの民を解放し、エルサレムへの帰還を許すのだ。
さらに、キュロス王は、新バビロニア王国のネブカドネザル王が略奪した宝物も持って帰って良い、と大盤振る舞いする。
キュロス2世、バンザイ!
実際、旧約聖書の中でも、キュロスはメシア(救世主)と呼ばれている。
下の絵は古い写本の挿絵だろう。
これを今日の一枚にしたいと思う。
なぜかって、あんまり旧約聖書にエピソードはないのだけど、イスラエル民族がもう一度エルサレムに帰還でき、イエス・キリストが無事に生まれる流れを作ったのは、まさにキュロスだからだ。
キュロスがいなかったら、イスラエル民族はきっと霧散し、イエスも生まれなかっただろう。
キュロスの絵はそんなに残っていない上に、肖像としてなかなか趣のある絵なので、これを選びたい。
ジャン・フーケ。
キュロス王がバビロンに捕囚されていたイスラエル民族を集めて「おぬしたち、エルサレムに帰って良いぞよ」と伝えているところ。
普通の絵だけど、門の向こうにもたくさんイスラエル民族がいて、なかなか泣ける。
ギュスターヴ・ドレさん。
黄金をふんだんに使ってキンキラキンだったエルサレム神殿は、新バビロニア王国のネブカドネザル2世に破壊され、それらの金は溶かされてネブカドネザル王の食器などになっていた。
それをイスラエル民族に返還しているキュロス2世。もう一度溶かせばまた使えるからね。
ドレさん、例によって美しい細密画だなぁ。
ルーベンス。
「マッサゲタイ女王トミュリスとキュロスの生首」。
キュロスはその後、トミュリス女王率いるマッサゲタイ人との戦いで戦死したと、歴史家ヘロドトスが伝えている。
その戦死の絵を巨匠が描いているわけだけど、なんだかやけに名画だw ただ、旧約聖書にあまり関係ないので、今日の1枚は上の渋い絵にしようと思う。
ちなみに、名君の誉れ高いキュロスは、現代のイラン人にイランの建国者として称えられているらしい。
また、キュロスは、征服した諸民族を解放し、弾圧や圧政を廃し、寛容な支配を推し進めた。大英博物館に残る「キュロスの円筒印章」(↓)は、人類初の人権宣言として称えられているらしい。
世界史をよく知らないので「きっとキュロスはすっごい有名に違いない」と、手元にとってあった40年前の高校の教科書『世界の歴史』(山川出版社)のぺージをめくってみたが、アケメネス朝についてはこんな記述だった。
前6世紀なかば、イラン高原からおこったインド=ヨーロッパ語族のイラン(ペルシア)人のアケメネス朝がふたたびオリエントを統一し、エジプトからインダス川におよぶ大帝国を建設した。
第3代ダレイオス(ダリウス)1世のときが最盛期で、王は交通路の整備・金・銀貨の鋳造・税制の確立などにより中央集権につとめた。
この国は被征服民族を寛大に扱ったが、前5世紀初めギリシアを攻めて失敗し(ペルシア戦争)、またのちには内乱に苦しみ、前4世紀にはギリシアから東進したアレクサンドロス大王に滅ぼされた。これ以降オリエントは、ヘレニズム世界に編入され、その歴史は新たな段階にはいるのである。
・・・キュロスについては気配もなかった。残念!
さて、旧約聖書もエンディングだ。
バビロンに捕囚されていた5万人近いイスラエルの民は、約60年ぶりにエルサレムに帰還する。なんだか数減っちゃったな。モーセは300万人連れてきたんだけどな。
彼らは荒れ果てた街や神殿の再建に取り掛かり、着工から20年後、神殿が再建される。イスラエルの民たちは、7日間、歓喜の踊りを続けたという。
ここで語られたのは、いつか民を救ってくれる「ダビデの再来」が訪れる、という希望だ。
初代のサウルでもなく、栄華を極めたソロモンでもなく、やっぱりダビデなんだな。
そして、旧約聖書のラストは、「メシアの時代が来る」と、イエス・キリストの誕生を預言して終わるのである。
後世、「ダビデの血筋からメシアが生まれる」と言われたのはこういう合せ技もあったのだと思う。
ということで、旧約聖書、これにて大団円!
パチパチパチ!
ちなみにここからのこの連載だけど、まず上の歴史を頭に入れると楽になるので、もう一度まとめると、以下になる。
ソロモンの死後、イスラエル王国が北と南に分裂
↓
アッシリア帝国が攻めてくる (北・イスラエル王国が滅亡)
↓
新バビロニア王国が攻めてくる(バビロン捕囚〜南・ユダ王国が滅亡)
↓
アケメネス朝ペルシャが攻めてくる(捕囚された民がエルサレム帰還)
この流れをきちんと頭に入れると、いろいろ登場人物が出てきても頭が整理できる。
いいすか?
まず北が滅ぼされ、次に南が滅ぼされ、約束の地カナンにあったイスラエルの民の国は完全に滅んだ。
そしてキュロスによってエルサレム帰還、である。
そのうえで、時代時代で「数々の預言者たち」が活躍し、画家たちに人気のエピソードがそれ以外にいくつかある、というのがここからの10回くらいの流れだ。
なんか一本道のストーリーがなく、ぶつ切りのエピソード集みたいな感じになるので、今回は裏で一本通っている歴史を頭に入れてもらった、という感じです。
歴史の軸を意識しないと、単にバラバラのお話になっちゃうので。
ざっとした流れは以下な感じ。
二枚目の赤い枠が次回からのテーマ。
エルサレム帰還が、紀元前538年。
神殿再建開始が、紀元前536年。
そして、紀元前465年を最後に預言が途絶える。
つまり、それ以降500年近く、イエス・キリストまで神の言葉が途絶える。
その後、イスラエルはローマ帝国の属州となり、ヘロデ王がユダヤの王に任命される。それが紀元前37年。
・・・その40年くらい後、ナザレにイエス・キリストが生まれる、ということですね。
※ ヘロデ王は「エルサレムの神殿」を完全改築したが、それも7世紀初頭に東ローマ帝国によるエルサレム侵攻によって破壊されてしまった。そしてその遺物として残っているのが、神殿外壁の「嘆きの壁」であり、ユダヤ教の聖地である。
ということで、今回もオシマイ。
なんつうか、あんなにたくさん個性豊かなキャラがいたのに、結局ダビデなんだねー、って思った今回でした(まぁ結果的にイエスの直系先祖である、というのも大きいと思うけど)。
ちなみに、ダビデの父親はエッサイ。
この人、地味なんだけど、ダビデの父だったというだけで聖人の祖になり、のちに「エッサイの木」という題名で、イエスへの系譜が多く描かれたりする。
下のはヘールトヘン・トット・シント・ヤンス(Geertgen tot Sint Jans)によるエッサイの木。
根本で寝転がるのがエッサイで、すぐ上で竪琴持っているのがダビデ。そのすぐ上で白黒のタイツを履いているのがソロモンかなw 一番てっぺんにマリアとキリストがいるね。
これは描き人知らず。
ダビデの父エッサイが根っこか。
なるほどねー、結局ダビデなんだねー(しつこい)。
じゃ、また。
次回から旧約聖書の終盤のお話に入っていく。
預言者「エリアとエリシャ」のお話だ。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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