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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇52) 〜ダビデの息子アブサロムの反乱

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


アブサロムといえば、まぁ一般的には漫画『ワンピース』の登場人物でしょうね。
スケスケの実を食べたあいつ。ナミのシャワー中にスケスケの透明人間として風呂場でずっと覗いていたうらやましいあいつ。

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このアブサロムが旧約聖書のアブサロムを元にしていると思われるのは、長く豊かな髪を持っているから。

そう、ダビデの三男アブサロムは、長くてふさふさな髪が自慢の超ハンサムだったらしい。

聖書にはこう書いてある。

「イスラエルの中でアブサロムほどその美しさを称えられた男はいなかった。足の裏から頭のてっぺんまで、非の打ちどころがなく、とりわけ髪の毛が美しく豊かであった」

怪力サムソンの話といいこれといい、旧約聖書って髪の毛を称えすぎだと思うけどな(淋)。

そして、美男子も贔屓しすぎだと思う。
サウルもダビデも超美男子だと書いてある。そういえばモーセも青年時は超美男子だったと書かれている。そしてその美しさで民衆の人気を得る。アブサロムもそのパターンだ。


さて、今回のエピソードは、ダビデ物語のラストになる。

ダビデは前半生はパーフェクトだったけど、後半生はトラブルの連続だ。姦通、息子の死、息子の反乱、敗走、息子の死・・・人生やっぱりチャラなのね。

先にストーリーをざっくり知っておこう。

前提として知っておくべきなのは、ダビデが「詩人であり多情の人」だということ。

BL的な関係をサウルやヨナタンと結んだりもするが、女性も大好きで、聖書に記載があるだけで奥さんが9人以上、子どもが息子だけで19人以上もいる(娘の数の記載はない ←相変わらずの超男性中心主義)。

で、ダビデは全員大好きなのだ。ほんま多情。

今回、三男アブサロムに反乱されてエルサレムを追い落とされたりもするんだけど、アブサロムのことも大好きで、反撃して部下がアブサロムを殺したと聞くと大泣きして悲しんだという。

いや、あんたを追い落とし、本気で殺そうとした張本人なんだけどな(まぁ親としてわからなくもないけど)。

・・・まぁいいや。

ストーリーは、ダビデの長男アムノンが、病気と偽って腹違いの妹タマルを呼び出し、レイプしてしまったところから始まる。

ヤン・ステーン
アムノン「いや、なんかすっげー調子悪くてさ」
タマル「やだお兄さま、元気そうに見えるわ」
アムノンの従者「まぁまぁ、もっとアムノン様のほうへ」

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ジョバンニ・ドメニコ・チェッリーニ
「薬をありがとな。でもな・・・いまやオマエが薬じゃ〜!」
「え? ちょ、イヤ〜〜!」

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グエルチーノ
「・・・ま、仕方ないじゃん。こうなったんだから」
「触らないで! 私はお兄さまをぜっっったい許さない!」

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グエルチーノ

タマル「アムノンが病気だと偽って、お見舞いに行った私を・・・(泣)」

ここで美しい髪の毛が自慢の三男(これも腹違い)アブサロム登場!

アブサロム「ま、まじか! アムノンめ〜、絶対許さない。必ずオレが復讐する。待ってろ」

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で、ある日、アブサロムは長男アムノンを宴席に招き、しこたま飲ませたあと、従者たちに刺し殺させる

マティアス・ストーム
「兄貴、えらく飲んだなぁ。さすが兄貴だ。ところでかわいいタマルのこと、おぼえてらっしゃいますよね」
「へ?」
グサッ!

左端がアブサロム。刺される寸前なのがアムノン。従者が刺してる。

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ニッコロ・デ・シモン(の作品と言われている)。
この絵には左から二番目にいるのはタマルっぽい。

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マッティア・プレティ
左端がアブサロム。アムノンはカメラ目線で「いや、すまんて!」ってなってる。
アブサロムの隣はタマルかな。カメラ目線でこの絵を見てる人に「レイプするとこんな風に罰を受けますよ」って言ってるみたいなw 
とはいえこの題材を絵で取り上げるって、そういうことを依頼主や画家が絵を見る人に伝えようとしたくらいしか考えにくい。

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Niccolò Tornioli
いやこの絵はなかなか迫力あるな。いい絵。

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Jan Christiaansz. Micker
なんかミニチュア人形みたいに丸丸しててかわいい絵。

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さて、これを聞いたダビデは(詩人であり多情の人だけに)、長男アムノンが殺されたことを嘆き、アブサロムに対して激怒する。

アブサロムはアブサロムで「正義の復讐」と思っているから、父ダビデに反抗し不信を抱く

不信が不信を呼び、アブサロムは謀反を企てる。
密かにダビデに不満を抱く諸部族に連絡をとり、反乱軍を集めてダビデを包囲するのだ。

アブサロムの超ハンサムさに惹かれ、反乱軍がどんどん集まり、ダビデは愕然とする。「ここまで民の心が自分から離れたか・・・」

ダビデはほうほうの体でエルサレムから離脱し、荒野へと逃げていく。

頭を布で覆い、はだしで、泣きながら荒野を逃げゆくダビデ。
ここに来て、ダビデの栄光は地に堕ちるのだ。

とはいえ、歴戦の勇士ダビデ。
サウル王のときから逃亡が得意中の得意のダビデ。
荒野で態勢を立て直し、ダビデ派も集合し、なんとか決戦にこぎつける。

ダビデ側には名将ヨアブが付いていたが、ダビデはヨアブにこう語りかける。

「ヨアブよ、ひとつだけ願いを聞いてくれ。
敵とは言えアブサロムは私のかわいい子ども。もし我らが勝ったとしても、アブサロムだけは決して殺してくれるなよ」
「は?・・・はぁ
(皆殺しになりそうなのに何を甘いことを)

アブサロム陣営ではアブサロムが味方に檄を飛ばしている。

アブ「敵はダビデ王ただひとり! 必ずその首、取るのだぞ!」
軍隊「おーー!」
従者「大将大将、なぜに兜をおつけにならん」
アブ「そんなもんいるか! あっという間に勝ってみせるわ!」

戦場は深い森だった。
森の中で、敵味方入り乱れての総力戦になった。

アブサロムは馬に乗って森の中を駆け回る大活躍。

で、このエピソードが有名になったのはここからだ。

なんと、アブサロム自慢の豊かでふっさふさな長髪が木の枝にひっかかり、宙吊りになってしまう!


・・・まぁもうここだけですね、このエピソードは。

反抗とか増長とかへの戒めだったり、いろんな教訓を込めて話されたりするんだろうけど、なんというか単純にちょっと間抜けでおもろいエピソードだよな、と思う。

だって、木の枝に引っかかってギャーって宙吊りって!
漫画でもやらへんオチやんねえ。

そして、アブサロムを追っていた名将ヨアブは、ダビデから止められていたにも関わらず躊躇なくアブサロムを討つ。

大将アブサロムを討たれた反乱軍は、総崩れになる。


さて、今日の1枚。

おなじみのジェームズ・ティソさんから。
なんか、あーこうやって木に引っかかったんだな、というのがよくわかる上に、いろんな意味で滑稽で哀しい。

アブサロムは義の人であり激情の人なのだろうと思う。

ただ、タマルのレイプへの復讐にしても、父ダビデへの反抗にしても、「やるべきだ」と思考が凝り固まる。しかもかなりTOO MUCH。そしてちょっと滑稽な最期を迎える。

なんか、そういう哀しさみたいなものもボクはこの絵に感じたな。

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ティソさんはもう1枚描いていて、これは木に引っかかる瞬間!
うしろにダビデ軍の人が見えている。

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深い森で戦闘していたんだなぁ、と、わからせてくれるのは、いつもながらわかりやすく美しいギュスターヴ・ドレさん。

この木の葉の表情とかどうだ。さすがだ。
またこれ、アブサロムは右端の影なんだな。
引っかかっている。でも黒い影にしか見えない。
こういう演出効果もドレさんの独壇場。現代に生きてても(ドレさんは19世紀中盤の人)、撮影監督とかやらせたら名画を撮ったんじゃないかな。

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三大お馴染みさんが続く。
マルク・シャガールさん。
この絵の滑稽な哀しさも捨てがたいな。味があるいい絵。

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コッラード・ジアキント(Corrado Giaquinto)。
荒野の中の一本木に引っかかるのは少し難しいとは思うけどw,でも、迫力あるいい絵。

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Francesco Pesellino
忍者みたいなヨアブに殺されるアブサロム。平面的な構成が逆にいい味を出している。

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フランチェスコ・サルヴィアーティ
(Cecchino del SALVIATI)。
ローマのサッケッティ宮大ホールにあるフレスコ画。
大ホールのフレスコ画にこの題材を選んだのは何故なのか、ちょい知りたい。親に逆らうと(もしくは権力に逆らうと)結局こういう目に遭うぞ、という意味かしら。

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部分アップするとこんな感じ(↓)。

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Absalom Albert Weisgerber
ブラーンブラーンってなったんだな。いや、痛そうだw

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ルドルフ・フォン・エムス
たぶん聖書の挿絵。この絵も味があっていいなぁ。アブサロムの引っかかり方と表情に味があるし、近くより遠くの人の方が大きいのも味がある。

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古い聖書の挿絵の描写が面白いのでいくつか。
まな板の鯉状態のアブサロム。

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いやぁ、ちょっと滑稽すぎてアブサロムかわいそう。

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古い写本かな。なんか引っかかっている感すらないけど、本文の挿絵なら状況はわかるか。中世の人はこういうのを見て想像を膨らませたんだなぁ。

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ジャネット・シャフナー
ちょっと怖いアブサロムの悲劇。上にいるのはダビデかな。
アブサロムに追われ、頭を布で覆ってはだしで逃げた、とあるから、ダビデが逃亡する姿だろうか。
ということは、これはアブサロムの脳内の風景で、アブサロムは激しく後悔・懺悔した、ということを表しているのかも。

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さて、アブサロムの死の知らせを聞き、ダビデは激しく嘆き悲しむ。

「あぁ・・・私が死ねばよかったんだ」と泣く(ダビデっぽい)。

そして、アブサロムを刺したヨアブを責める。

「あれほど言ったのに、なんで殺したんだ! 我が子を返せ!」と。

でも、ヨアブは冷静に応える。

「アブサロムさえ助かれば、味方は討ち死にしてもいいとおっしゃるのか。王よ、それでも王なのか。しっかりなさってください。あなたがそんなふうだと民の心は乱れ、王国は崩壊しますぞ」

そうしてダビデはなんとか立ち直っていく。

ドレさんからもう1枚。
アブサロムの死を知って嘆き悲しむダビデ。
左の人なんてちょっと引いている。そのくらい激しく嘆いたんだろう。

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シャガールさんからももう1枚。
悲しむダビデ。緑のワイプがアブサロムの死。
ダビデの膝にすがっているのは誰だろう。これは子供のころのアブサロムで、ダビデはその団らんを思い出しているのかもしれない。

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さて、ダビデ物語ももうオシマイだ。

なんだろうな。
ボクの中ではアブラハムのときに感じた愛着や、モーセのときに感じた共感みたいなものがない。だから名残惜しくないw
きっとどこかで「わからない」のだろう。彼の行動も反応も。脇役のバテシバやアブサロムのほうがなんか近しく感じるんだな。


で、その後のこと。

ダビデ王はエルサレムに戻る。
イスラエル12部族は、いったんダビデのもとでまとまるものの、細かいいざこざが絶えず、不穏な空気を残す。

そんな中、ダビデは多くの息子たちの中から、バテシバとの間に出来たソロモンを次の王に任命する。まぁ預言者とともに祝福したんだから、他の息子たちも逆らえない。

ヘルブラント・ファン・デン・エークハウト
これは老いたバテシバ(左端)に、「お前の息子ソロモンを跡継ぎにするぞよ」と約束しているところ。
ソロモンより年長の息子が何人もいるのに、息子ソロモンをちゃっかり跡継ぎにできたのは、バテシバの根回しがかなり効いたと思われる。こういう策略家的なところがバテシバにはあるようなので、「ダビデとバテシバ」の回のいろんな絵もまた深みを増すというものだ。

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コルネリス・ド・フォスから2枚。
ダビデがソロモンを呼んで告げているところ。まわりの重臣たちが驚いている。

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で、サロモンに油を注ぐ。

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ヘラルト・デ・ライレッセ
亡くなる前のダビデ(右)と次の王になるソロモン。
なかなか味わい深いいい絵だな。

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これ(↓)は聖書の挿絵。
老いたダビデを世話するバテシバ、ソロモン。
(そして、この連載では触れないけど、ナタンとアビシャグ)

ダビデの最期は「死ぬ前にもう一度、うるわしのエルサレムを見たい」とロバでエルサレムに行き、そして亡くなった、ということである。

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ダビデの墓は、エルサレムのシオン山に残っていて、近年までイスラエルで最も神聖なユダヤ教聖地だったらしい。

ただ、多くの歴史学者や考古学者は「ここがダビデの実際の墓」だとは考えていないとのことだ。

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最後にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂にあるニコラス・コルディエの彫刻「キング・ダビデ」。

左手で子どもを指差している。
この子はソロモンだろうな。

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ということで、今回のエピソードも、ダビデ物語もオシマイ。

次回からは2回、ソロモンの物語だ。
まずは「ソロモンの審判」。いわゆる大岡裁きっすね。


【おまけ】

現在のイスラエル国旗の六芒星(ヘキサグラム)は一般に「ダビデの星」と言われる。

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これ、なんで「ダビデの星」と呼ばれるんだろう、と調べたら、実際のダビデ王がこれを使ったとかではないようだ。つまりあとづけ。

17世紀頃、「ダビデ王は紋所にみずからの名前の最初と最後の文字『D』を使ったに違いない。ヘブライ文字でDの字はギリシャ文字『Δ』に似た三角形だから、Davidのスペルの最初と最後の『D』の字二つを表す三角形を、互いに組み合わせた形にしてはどうだろうか」というアイディアを言った人がいた、ということらしい。

で、この印がヨーロッパのユダヤ人社会に広がり、19世紀はじめにはロスチャイルド家の家紋にも取り入れられた、と。

なるほど、推論から出来たわけですね。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。



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