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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇39) 〜「金の子牛」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


さて、前回の「十戒」エピソードのラストで、モーセは神から十の戒律が書かれた石板を授かった。

そして、人々に見せるべく、山から下りてくるわけだ。

ただ、下界では「ある事件」が起こっていた。

そして、モーセは怒り狂って神からもらった有り難い石板を叩き割ってしまう

まさにマジギレ。
これぞブチギレ。
神からもらった石板をいきなり叩き割るとか、ヒステリーにもほどがある。


これが今回の「金の子牛」というエピソードの全貌だw

ここでさっそく今日の1枚。

巨匠レンブラントが描いている有名な絵だ。
ブチギレ・モーセ。
石板を叩き割るところっすね。

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ただ、レンブラントが他の画家たちと違うのは、この、キレてはいるけど、なんか哀しげな表情だ。

そう、モーセは哀しいんだ。
どっちかというと自己憐憫なんだ。

それが今回のポイントかと思う。


では、ここまでモーセを哀しくさせたこととは、いったい何だったのか。

モーセが山に登っている間に、みんなが「金の牛」を崇め始める、というあってはならないことが起こっちゃうんだな。

そう、異教であり、偶像でもある。
もう、十戒の(1)と(2)をいきなり民が破るわけ。

で、モーセがブチギレする。


ただね。
神とモーセの作業がね、ちょっと遅すぎるわけ。

前回も書いたけど、神はこう言ってモーセをシナイ山の山頂に呼ぶわけだ。

イスラエルの民たちに、律法と戒めとを書き記した石の板を授けよう。


で、モーセは山頂に登る。

んでもって、石板すぐもらえると思うじゃん?

そしたらなんと40日かかったわけ。
神から石板もらうのに。

※ 前も記したが、イスラエルでは慣習的に「40日」は「長い期間」という意味の比喩として使われていたらしいので、実際に40日だったかどうかはわからない。というか、もっと長かったかもしれない。


いや〜、全知全能の神なわけですよ。
おかしいじゃん?
もう「十戒」の文章は出来ているわけですよ。
あとは石に文字を刻み込むだけ。
ピーーってレーザーみたいの出して石に字を書けば終わりじゃん?

なのに!
刻み込むのに40日!
神なら一瞬違うのけ!



ーーーーー以下、不信心な邪推ですーーーーー

いや、どうしても「モーセ自作自演説」が出てきてしまう(ボクの中で)。

というか、神が80歳のモーセを毎回山頂まで呼びつけるのも不自然だったし(神なら耳元で囁けばええやん)、人々が山に近寄りすぎないようにと指示するのも変だった(近くで降臨を見せればええやん)。

そのうえ、石板もらうのに40日とか!
(モーセが自分で石彫ってたんちゃうの?)



なんつうか、荒野を彷徨ううちに、モーセは心底うんざりしたんじゃないかな

イスラエル民族、文句言いすぎや、と。
すぐ「エジプト時代は良かったー」「奴隷のほうが楽だったー」みたいなこと言うし、モーセに頼ってばっかりで全然自分たちで努力しようとしないし。

こんなに頑張っているのに、全然報われん。

そして、旅している間に、異教の話はするわ、殺しは起こるわ、姦淫は起こるわ、盗みは起こるわ、妬みでのケンカはしょっちゅう起こるわ、異様に大変だったんだと思う(なにせ奴隷上がりの世間知らずが300万人だ)。

だから、以下の十の戒律を、神が言ったことにして、守らせようとしたんじゃないかな。

わしが言っても(こんなに努力しているのに)聞かないから、ここは神の威光をお借りして守らせようと。

1.私以外の神をあがめてはならない
2.偶像をつくってはならない
3.神の名をみだりに唱えてはならない
4.安息日をまもれ
5.父母を敬え
6.殺してはならない
7.姦淫してはならない
8.盗んではならない
9.偽証してはならない
10. 隣人の持ち物をねたんではならない

そしてモーセは、40日かけてそれを石板で彫り、今後の旅の「契約」の象徴物にしようとしたのではないだろうか。

語り聞かせてもすぐ忘れて文句を言う人々だ。

「ほら、石板に刻んで神と契約しただろう。それを破るのかー!」と、彼らを怒れる根拠というか、象徴を作ろうと思ったのではないだろうか。

でも、石を彫るのは簡単ではない。
「うわー、40日もかかったわー」って急いで下山したら、人々はモーセの苦労も知らず、勝手に「新しい神」を作って崇拝している。

あぁ、可哀想なわし。
あぁ、努力が報われないわし。

そんな悲しさと自己憐憫がモーセを支配したのではないだろうか。

ーーーーー以上、不信心な邪推でしたーーーーー



ま、邪推は邪推として、話を戻そう。

山に登って40日、モーセから何の音沙汰もない。
だから、麓に残された彼らは騒ぐわけ。

「おい、遅すぎないか?」「うん、遅すぎる」「山登って石板もらって戻ってくるだけなのに、なんでこんなにかかるんだ?」「長すぎるよな」「モーセはどうしたんだろう」「もう我々を見捨てたのか」「いや、もう死んじゃったんじゃないか」「え、そうなのか」「どうもそうらしい」「えー、モーセは死んだのか!」「うわー、オレたちはどうすればいいんじゃー」「もうおしまいだー」「エジプトにも帰れないし、カナンにも行けへんやん!」「明日からマナも降らないんじゃないか」「うわ〜地獄ぅ〜」「なんかエジプト軍がまた攻めてくるらしいぞ」「マジか」「死ぬやん」「やばっ」「死ぬー」「もう終わりだぁ〜!」


こうやって集団パニックは起こる。
長老たちはモーセの兄アロンに相談し、「新しい神」を作ってこのパニックを治めることにする

で、アロンは人々に貴金属を提出させ、金の子牛像を鋳造するのである。

(↓これはルーブル美術館にある金の子牛像。ただ、小さすぎるよね。もうちょい大きかったとは思う)

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この子牛を新たな神(もしくは象徴)として、人々はようやく安心し、踊って祝うのだ。

大きな不安の解消なので、わりと狂信的な踊りだと思う。
江戸時代の「ええじゃないか」的なものをボクは想像する。

そういう意味で言うと、異教というより「単に安心して拝める偶像が欲しかった」ということかなとも思う。

世には「バール神を信仰した」という説もあるけど、40日でいきなり他の宗教に多くの人が染まる、というのは考えにくいしなぁ。


さて、絵を見ていこう。

この辺の、金の子牛像に関する絵は、とてもたくさんある。

たぶん、キリスト教徒に対して「異教を拝むのは御法度でっせ」と伝える必要があり、いろんな教会から画家たちに依頼が来たんじゃないかと思う。

今回はちょっと多めに見ていこう。

ニコラ・プッサン
この連載でもよく出てくるフランス古典主義の巨匠。
子牛には見えないけどw、みんなが喜び、踊り騒ぐ様子がよくわかる。構成も細部も実によく出来たいい絵。
左奥にこの様子を見て怒り狂うモーセが小さく描かれている。

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巨匠ティントレット
画面奥に金の子牛像が小さく見える。この構図もとても印象的だけど、ちょっといい服着すぎているし、みんなわりと穏やかだ。もっと集団パニックと、そのストレス解消みたいな側面があると思うけどな。
中央には鋳造するための貴金属を集めるアロンがいる。

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フィリッポ・リッピ
『The Worship of the Egyptian Bull God, Apis』。
この題名の「Apis(アピス)」とは古代エジプトの都市メンフィスで信仰された聖なる牛だ。つまり、完全に異教の神を崇めている設定。
でも、面白いな、空飛ぶ牛w 
つまり金像ではなく、神なのだな。

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ロレンゾ・デ・カロ
踊ってますな。でも平和すぎる民族ダンスだな、と思う。もうちょい踊り狂う感じだと思うな。

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宴会とか乱痴気騒ぎを描くのが大好きなヤン・ステーン
みんな安心しきって浮かれてる。これって裏返し。よっぽど民心が荒れていたというか、わかりやすい安心が欲しかったのだろう。

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フランソワ・ペリエ
これもいい絵だな。人間の勝手さがいろいろ描かれている。
右奥に山から下りてきたモーセ。石板を割ろうとしてる。

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ジェームズ・ティソさん。
人々は、モーセの代わりに「心の拠り所」が欲しかったんだろうな。そんな感じがよくわかる絵だ。みんなの不安感がよく伝わってくる。単に踊り狂うのではないところがいい。

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カレル・ヴァン・マンデル
なんか手前の人々がリッチすぎるし平和すぎる。

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ラファエロの弟子たち
わかりやすい。まぁこんなに芸術的な金像を荒野で造れるのか、という疑問は残るけど。左上はモーセ。たぶん後継者ヨシュアが横にいる。

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コジモ・ロッセッリ
これは一連の出来事を続けて描いているようだ。
中央上で十戒を授かり、左側でみんなにその内容を説明し、中央では石板を割っている。右奥の出来事はよくわからない。

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ティントレットからもう1枚。
シナイ山の山頂と、麓の出来事の両方が描かれている。
奥のほうで喜ぶ群衆と、手前の右側とかは「おい、いいのか? 十の戒律では禁止されてたぞ」と言っているような感じ。そりゃそうだ。そういう良心の人もいたはずだ。

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ハンス・ロッテンハンマー
なんか彩色してあるより想像力膨らむね。うまいなぁ。

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アントーニオ・モリナーリ
これはユニークな絵。たぶん青い服がアロンで、周りの人は貴金属を集めている。アロンが話している相手が金の像を造る職人で、生きた牛をモデルに「うーん、どうやって型を造ろうか」と考えている感じ。

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クロード・ロラン
ロランなので風景が主役なのだけど、みんな平和に民族ダンスをしている感じ。いやぁ、平和すぎるな、と思う。ちょっと違うと思うなぁ。

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オランダの画家、ゲリット・デ・ウェット
これは奴隷上がりの彼らのゲスっぽい感じが描かれていて「あぁこんな感じだったろうなぁ」と想像が膨らむところがいいな。人数が少なすぎるけど。
モーセが左上にいるね。

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ルーカス・ファン・レイデン
中央のすんごい遠くに金の子牛がある。その向こうにもっと小さくモーセ。
この絵はなんか人々の好き勝手な感じが、ちょっとブリューゲルみたいな感じで描かれていて、わりと長く絵の前で過ごせる。
いやー、こんなに好き勝手かつワガママばっかり言う300万人を引き連れて旅をするモーセさん、「お気の毒」としか言いようがない。

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古い聖書や写本からもいくつか。

ニュルンベルグ年代記から。
右の山はシナイ山だけど、左は何だろう。考えたのだけど、よくわからない。

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中世の写本「Hortus deliciarum」から。
いや、なんつうかw

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古い聖書の挿絵から。
これ、狂喜乱舞な感じがわりと出ていて好き。

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さて。
ちょっと絵が多すぎて飽きたでしょ、今回は。
もう少しで終わる。


ということで、モーセ自作自演説はいったん置いておいて、一般的なストーリーをさらっと追おう。

人々が異教の神を崇めていると知った神は激怒する。

「こんな民は、もう、もう、滅ぼしてやる!」


ただ、モーセにこう諭されて、滅ぼすのは止める。

「いやいや、神さま、思い出して下さい。アブラハムの子孫たちですよ。ノアの時代に『もうこの民族の子孫は二度と滅ぼさない』とおっしゃったそうじゃないですか。全員を滅ぼすのはやめてください。お願いします!」


とはいえモーセも怒っている。
というか哀しんでいる。

下山し、人々が金の子牛を拝んでいるのを見るやいなや、十戒の石版を破壊し、金の子牛も破壊するのだ。

それが上であげた「今日の1枚」ですね。
レンブラント作。
単なる怒りというよりは、哀しみが感じられる表情がいいなと思う。
なんで私のイスラエル民族に対する愛が伝わらないのか!

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ウィリアム・ブレイク
足もとで石板を割っている。

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ギュスターヴ・ドレさん。
もう、安定のドレさん。美しい造形。

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続いて、いつものティソさんも。
この「うぉぉぉぉ〜」って人間臭い感じ、ティソさんっぽいなぁ。

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お馴染みさん三連発。
シャガールさんから2枚ね。同じ構図だけど細部が違う。

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ドメニコ・ベッカフーミ
なんかゴルフのスイングのようだ。いやいや、右足のカカトを上げてはいい球は打てんよ。

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パリのサント・シャペルのステンドグラス。
バットみたいので金の子牛像を打ち壊すモーセ!

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古い写本。
味があるなぁ・・・。子牛を打ち壊すモーセ。目が哀しげだ。

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ちなみに、この金の牛を拝んだ者たちは、アロン以外全員殺される。
その数3000人。

アロンだけは生かされる。
いままでの功績のおかげかもしれない。

モーセは、改めて人々に語り、「偶像崇拝」を厳しく排除し、再び山に入って神と契約を交わしてくる。

そして2枚の石板を持ち帰り、石板を入れるための「契約の箱」を作り、安置するのである(この「契約の箱」こそが、映画「レイダース 失われたアーク(聖櫃)」の「アーク」である)。


ということで、今回はオシマイ。長かったw

ちょっと絵が多すぎたけど、そのくらい絵の発注が多かった、ということだろう。

次回は、「青銅の蛇」という、これまた民衆のワガママと神の怒りのお話だ。


【追記】
facebookのコメントで教えていただいたのだけど、シェーンベルクが「モーゼとアロン」というオペラを書いているそうだ。
そこでは、民衆が身勝手でどうしようもないこと、長老たちが保身に汲々として民を纏められないこと、そしてなによりもアロンがモーゼの言う神について懐疑的であることが描かれているとか。

なるほど。
モーセの怒りと哀しみには、これまでずっと一緒に苦労してきたアロンが「金の子牛像を造ること」を指導したことに対するものが大きかったのかもしれないな。「アロンよお前もか! なぜわかってくれないのか!」と。



このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。



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古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。

ありがとうございます!じっくりじんわり書いていきます。
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コミュニケーション・ディレクターです。 さとなお名義で食やエッセイの本、佐藤尚之名義で広告関係の本を書いています。最新刊は『ファンベース』(ちくま新書)。 1995年から個人サイト「さとなお.com」を運営しています。
コメント (3)
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さとなおさん、初めまして。毎回楽しく、また感動しながら読ませていただいています!学生時代、ヨーロッパの美術館で見放題だった「キリスト教絵画」でしたが、知識不足で意味がわからず楽しめなかったので、「いつか勉強したい・・・」と思っていました。noteでこんなにたくさんの作品とともに、学ばせていただけるとは。さとなおさんの学びを共有していただき、本当に有難うございます。オリジナルな語り口がまた面白く、今一番楽しみにしている記事です。
記事投稿ありがとうございます!
とても興味深く、読ませてもらっています。

自分は広告の仕事をしているので、
キリスト教画は、広告のようだと思って見ています。

クライアント(教会、君主など)が、絵師に発注する際に
「○○の繁栄を願って」「親戚の結婚祝い」など、コンセプトを伝えて描いてもらう。
聖書の中の人物やアイテムを用いて、コンセプトの内容を表現するという流れは、アートではなく広告のようです。
絵画の美しさを観賞するのはもちろん、絵画にまつわるエピソードも気になります。

さとなおさんの記事はとても勉強になります!
これからも楽しみにしています。
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