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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇38) 〜「モーセの十戒」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


ボクの世代(1960年代生まれ)だと、十戒というとまずはセシル・B・デミルの映画『十戒』だ。これについてはこの連載で何度か取り上げた。

で、次に来るのが中森明菜の『十戒(1984)』だ(そうだよねご同輩)。

作詞・売野雅勇。作曲・高中正義。
別に男に対する十の戒律が歌われているわけではなく、ざっくり言うと明菜による「きっついダメだし」の歌。

36年前の中森明菜。36年・・・。36年・・・・・・。


そして。
もうひとつ忘れてはならないのが、スティーヴン・スピルバーグ監督の『レイダース / 失われたアーク《聖櫃》』(1981年公開)。いわゆるインディ・ジョーンズ。

この「失われたアーク(The Lost Ark)」とは、モーセの十戒が刻まれた石版を収めた「契約の箱」のこと

モーセはシナイ山で神から十の戒律が書かれた石板を授かる。
その石板(契約の石板)は、アーク(箱)に納められ、イスラエル民族と一緒に旅をして、のちにエルサレムに運ばれる。

だけど、この後、この石板のことは旧約聖書ではほとんど触れられなくなり、行方不明になってしまうのだ。

映画では、このアークがエジプトの遺跡から発掘される設定になっており、ナチスとインディ・ジョーンズの取り合いになるというストーリーである。

↓ 予告編。


ボクが映画を観た公開当時(20歳)は、このアーク(聖櫃)とモーセの十戒なんてボクの中で結びついてもいなかったし、旧約聖書のエピソードもほとんど知らなかった。

思えばもったいないことをしたなぁ。
まぁ映画は観直せるからいいけど、初見のときに「あの石板が入った箱のことか!」と知ってたら、ワクワク感が違っただろうな(やっぱ無知はつまらん!)。


ということで、今回は「十戒」だ。

とんでもなく有名なエピソードだから、この回だけ読む人もいるかもね。
ちょっとだけ解説しよう。


旧約聖書の中盤まで(モーセまで)をすんごくざっくりまとめるとこうなる。

エジプトと「約束の地カナン」を行ったり来たりする「引越ストーリー」。


民族の祖アブラハム以来、ずっとカナンに住んでいたイスラエル民族だけど、カナンが大飢饉に見舞われたとき、エジプトにいたヨセフを頼って、一族郎党カナンからエジプトに引っ越してくる。

ヨセフがエジプトで総理大臣に出世していたので、最初は待遇よかったイスラエル民族も、それから400年後には奴隷の身分に堕ちている。

で、モーセが登場して、苦労してエジプトを脱出し、300万人の大引越プロジェクトを実行に移し、約束の地に戻る、というのがざっくりストーリーだ。


その大引越プロジェクトの最中に、海をふたつに割ったり、天から食べ物を降らしたり、モーセは奇跡を次々に起こすわけ。
(モーセは神に祈っただけで、神が奇跡を起こすわけだけど)

で、エジプトを出て3ヶ月目、モーセご一行様がシナイ山のふもとに着いてからが今回のお話だ。


ある日、シナイ山の麓に宿営すると、雷鳴が轟き、モーセが神に呼ばれる。

モーセがシナイ山に登ると、神はこう言う。

モーセよ、イスラエルの民に伝えよ。
もしお前たちが私の声に従い、私との契約を守るなら、私はお前たちを神の聖なる民とし、私の土地をお前たちに与えよう。


モーセは山を下り、長老たちを呼び集めて神の言葉を伝える。
長老たちは「もうもう、お願いしまっす!」と答える。

で、モーセはまた山に登って神にそれを伝える。

モーセよ、イスラエルの民に伝えよ。
身体を洗え。服も洗え。きれいにしなさい。
私がシナイ山に現れるからな。
モーセよ、お前は山の周囲に境を作って
民たちが近づかないようにしときなさい。


モーセは山を下りて人々に伝える(使い走りモーセ)。

というか、神も山の上でしか伝えられないのかね。
モーセ、80歳やで。いちいち山頂に呼ぶなや。

つか、「みんなが近づかないようにしとけ」って、インチキ手品師がやりそうな手口じゃねーか?w

自分が出現するトリックを見られたくない、ということ??(とか思わざるを得ない言い方)


で、神が現れる

モーセは山の麓までイスラエル民族を連れて行く(300万人!)。

雷と稲妻と厚い雲が山を覆い、神は燃え上がる炎の中から山の頂に現れる(人々から見たらボーッと山頂にだけど)。

神はまたまたモーセを頂上に呼んで、イスラエル民族が守るべき十の戒律を告げるのだ(いや、また呼ぶわけ?w)(そんな数分で登れる山じゃないだろうに)(完全に密室政治のトップダウンだw)

これが「十戒」だ。

十の戒律はざっくりこういう内容(正確に言うと、プロテスタントとカトリックでは内容が少し違う)(カトリックは偶像を作っちゃうので、ちょっと矛盾がね)。

1.私以外の神をあがめてはならない
2.偶像をつくってはならない
3.神の名をみだりに唱えてはならない
4.安息日をまもれ
5.父母を敬え
6.殺してはならない
7.姦淫してはならない
8.盗んではならない
9.偽証してはならない
10.  隣人の持ち物をねたんではならない


まだこのときは石板は授かっていない。
内容だけ神から告げられただけだ(モーセが自分で書いたんじゃないか疑惑ももちろんあるのだけど、さらりと流す)。

で、モーセはまた山を下って、みんなにこの内容を伝え、もう一度山に登るのだ(強健な80歳!)。

神曰く。
イスラエルの民たちに、律法と戒めとを書き記した石の板を授けよう。


そして、モーセは神から石板をもらう。


ということで、ようやく今日の1枚。

ジャン=レオン・ジェローム
神から授かった直後かと思われる。

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これ、面白い絵だなぁ。
まずシナイ山の上のモーセがいい。
巨大になったわけではなく、たぶん雲に写っているということだろう。
(頭から出ている2本の後光というか角というかは何なのかは、この回をお読みください)

というか、この絵のモーセ、テレビも映画もない時代に当時の厨二とかが見ると絶対しびれるよね。
考えたらモーセって、人類史上初の特撮ヒーローかも。

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そして、絵を大きくして(クリック)地面を見るとわかるけど、すっごい人数がいるんだ。

こういう風にイスラエル民族の「量」を描いた絵、実はほとんど見つからなかった。なにしろモーセは300万人を引き連れているわけで。そういうスケール感をこの絵は伝えてくれている。

この群衆感!
地の果てまで続いている!
いいなぁ・・・。こういう絵、求めていたよ。ないんだよ、他にこういう絵。

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なんだろう、なんか十戒のエピソードの荘厳さとスケール、そして300万人の引越の凄まじさを伝えてくれるいい絵だなぁ、と思うのだ。


では、他のも見てみよう。


巨匠ラファエロ
タイトルは『Moses Receiving the Tablets of the Law』。
ほう、石板って「タブレット」なんだな。

ちょっとわかりにくいけど、神がモーセに石板を渡しているところ。

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Gebhard Fugel
これは渡しながら「六番目にはじゃな」って神が説明してるw

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ベンジャミン・ウエスト
中央上のモーセが手を伸ばして神から石板(2枚目)をもらっている。

下にいるのは長老たち。
石板をもらうときの登山では長老たちも同行したらしい。

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ユリウス・シュノル・フォン・カロルスフェルト
天使たちが勇ましい演奏をしている。
というか、石板には数字しか書いてないw 省略しすぎw

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アウグスティン・ヒルシュフォーゲル
これは可愛い絵。右側でみなが拝んでいるのは金の牛。次回に取り上げるエピソードだ。

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これは聖書の挿絵
山を下りてきたモーセ。顔が輝いている。普通は2本の角で表現するのだけど、この絵は後光のようになっている。

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これはラファエロの弟子たちの絵。
モーセの示す十戒にみなが賛同している(でも、イスラエル民族、すぐ忘れるんだけど)。

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エル・グレコも描いているけど、これはモーセが主役というよりはシナイ山が主役だな。

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これは9世紀くらいに描かれた聖書の挿絵。
十戒の内容をみなに説明しているモーセ。これが9世紀の価値観と想像力なんだな。とても面白いし、味もある。

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お馴染みギュスターヴ・ドレさん。
『シナイ山から下りてきたモーセ』。
2本の角が強烈に強い。威光がすべてここに表されているような絵。

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さて、ここからは、モーセさんブロマイド集だ。

あ、若い人はブロマイドなんか知らんか。
マルベル堂だよマルベル堂(もっと知らんわ!)

というか、たぶん、実際に「十の戒律を示す絵のニーズ」が教会とか修道院とかにあって、モーセと石板の絵がたくさん依頼された、ということだと思う。


ジェームズ・ティソ
さん。
もうなんつうか「記者会見」のようなモーセだw
「どうこれ? すごくない?」ってやってる。
「こっちもお願いしまーす」ってカメラマンたちが四方からカメラ目線を要求してるヤツ。
しかも、石板には何も書かれていない。あとで誰かが書く用??

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ま、なんとなく類似品として載せとく(↓)

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ピーター・ガール
どっかの壁画。これは記念写真風。
「なんかポーズとってくださーい。いいねいいね。あー、モーセさん、表情硬いなー、ちょっと笑ってみましょうかー」とかカメラマンに要求されている。

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ホセ・デ・リベーラ
カメラ目線もはなはだしいw
「ちょっと石板を指で指してみましょうか」
「ん・・・こうかの?」
「そうですそうです。で、カメラを見て。そう、いいよー、いいよー、かわいいよー」


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クロード・ヴィニョン
石板にえらく細かく書かれているなぁ。校則とかが書かれて、学校に飾られていたのではないか、と思うくらい。
モーセの威を借りて何か締め付けようとしている絵にしか見えないw(校則嫌い派)

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バレンティン・デ・ブローニュ
髪のキューティクルがきらきらなモーセさん。上腕三頭筋がムキムキすぎるモーセさん。80歳やで。

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フィリップ・ド・シャンパーニュからは3枚。
誰かモデルがいるね。同じ顔だ。依頼主か国王か友人か。。。はたまた自画像か。

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この2枚目は、7番目の戒律を意識して指さしてるように見える。8番目にも見えるけどやっぱ7かな。
「7.姦淫してはならない」
だれかにそれとなく伝えているメッセージじゃないかな。知らんけど。
ちなみに8番目は「盗んではならない」だ。

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これ(↓)は後ろにスフィンクス(エジプトの象徴)と契約の箱がある(杯はなんだろう?)。エジプト脱出の栄光を示しているのだろうか。

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ピエトロ・ノヴェリに至っては、かなり写りを意識して、ちょっとしなを作ってるモーセさん。
「右顔のほうが自信あるんだよね。右から撮ってくれる?」ってフリオ・イグレシアスみたいなことを言っている。

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最後はお馴染み、マルク・シャガールさんから4枚。
なんかこのテーマでたくさん描いているんだよなシャガールさん。この4枚だけじゃなくてもっとある。モーセのことが好きなのね(ボクもわりと人間くさくて好きだけど)。

1枚目、省略が美しい。きれい。

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2枚目。これもいいな。モーセの顔がなぜ緑なのかは知らんw

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超ファンシーな3枚目。
モーセは可愛く振り向いている。このエピソードでピンクをこれだけ使うってすごいなぁ。大胆かつポップ!

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で、4枚目。
これはいい絵だな。わりと好き。なぜ鳥なのかはわからん。

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ということで、いろいろ見たけど、今回もオシマイ。

なんか唐突に終わるけど、仕方ないの。

なぜかというと、このあとモーセが怒り狂って石板を割るんですw

それが次回、「金の子牛」の回だ。
そことつながるエピソードなんだけど、もういい加減長いのでここでいったん切ります。

では、また次回。




このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

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間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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