聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇4) 〜「蛇の誘惑」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、いわゆる芸術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないとよく理解できないもの多すぎません? オマージュなんかも含めて。ついでに小説や映画なんかも含めて。
それじゃ人生つまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
今日は、エデンの園で仲良く暮らすアダムとエバを「YOU、この木の実、食べちゃいなよ」って誘惑し、のちのちまで続く人類の原罪の元になった「蛇の誘惑」のエピソード。
まずは今日の1枚。
ファン・デル・グースの『原罪』。
蛇じゃないんかい!
つか、このキモいクリーチャー、なに!
って思うじゃん?
でも、いろいろ調べてくると、これが一番「正しい解釈」なような気がする(私見)。
※本筋に関係ないけど、エバのお腹ぷっくりがすごいw
たぶんこの頃の女性の体型ってこういう感じだったんだと思う(リアルで定評あるヤン・ファン・エイクとかもお腹ぷっくりに描いているから)。
「蛇の誘惑」については画家たちが大胆に想像して描いているので、その元になった「創世記」の記述を先に読んでおこう。
主なる神が造られた野の生き物のうちで最も賢いのは蛇であった。
蛇は女に言った。
「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」
女は蛇に答えた。
「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」
蛇は女に言った。
「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ」
女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引きつけ、賢くなるようにそそのかしていた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。
旧約聖書にこう書かれた場面を、いろんな画家が想像力を駆使して(もしくは先人たちの作画を参考にして)、いろんな「蛇の誘惑」を描いている、ということですね。
で、冒頭のへんてこなクリーチャーなんだけど。
(髪型がツインテールだw)
これ、その造形は別にして、考え方としては正しいんじゃないかなぁ。
ほとんどの画家は蛇そのものを描いているんだけど、まず「野の生き物のうちで最も賢いのは蛇であった」ってくらい賢いわけ。
それがあの小さな頭蓋骨の蛇とは考えにくいし、この生き物、このあとに神の怒りに触れて「蛇よ、お前はあらゆる獣の中で最も呪われたものとなった。一生 地を這いずり、ちりを舐めよ!」って怒られて腹ばいの生き物になる。
そういう意味では、怒られる前は四つ足の賢そうな動物だった、と解釈して、その足がもがれたのだ、とするのはありだよな、とも思う。
また、蛇は比喩であり、実は「サタン」だ、という解釈も一般的だ。
そういう目で見ると、上のクリーチャーの尻尾がサタンっぽいw
あるブログによると、内村鑑三は、「聖書之研究」でこう書いているそうだ。
「(創世記3章1節が)事実であるか、比喩であるか、明白に識別することができない。しかしながら、これを原語(ヘブル語)にて読むときは、その困難の大部分を解き去ることができる。蛇の原語(ヘブル語)ナカシュは、その字義によれば『光あるもの』または『りこうそうに見ゆるもの』の意である。すなわち一見して博識多才、世事に精通し、人心の機微をうがつがごときものを『ナカシュ』という。その注解を得んと欲すれば、コリント人への手紙第二11章14節を見よ。『サタンさえ光の御使いに変装するのです。』と。アダムとエバとの前にあらわれたる蛇すなわちナカシュは、光の御使いのかたちに変じたるサタンである。ゆえにこれを訳語にて蛇と読まずして、むしろ原語のまま『ナカシュ』と読むをよしとする。・・・・・<中略>・・・・・ナカシュは蛇を代表するものたることは疑いがない。蛇そのものにはあらざるも、蛇のごときものである。」
つまり、我々が知っている「蛇」そのものというよりは、「サタン的な何か」「利口そうに見ゆる何か」「蛇的な何か」、と考えた方がしっくりくる感じ。
他の画家たちの「想像力」を追ってみよう。
マゾリーノ『アダムとエバ』。
これ、わりとヘンテコすぎて嫌いじゃないw
蛇とサタン(?)の合体だろうか。頭だけ「何か」だ。
というか、髪型も変だし。
あと、わりと優しそうな眼差しだな。もっと邪悪な香りが欲しい気もする。
巨匠ラファエロは、かなりサタンに近づけて描いているように見える。
なんか邪悪な匂い。
カラダを幹に巻き付けて、木と一体化している。
そして、エバといっしょにアダムを誘惑している。木の実が地味だけど。
ボクの中でラファエロは「ファンシー」というイメージなんだけど、これはそうでもなくてわりと好き。
フランソワ・ルモワーヌ。
・・・なんと天使のような羽がついてる。
顔も天使っぽい。
カラダは蛇だけどね。
内村鑑三の言うところの「光あるもの」としてのナカシュ、なのかもしれない。
巨匠ミケランジェロのは女性にも見えるけど、やはりサタンなんだろうな。
この絵は次回の「原罪と楽園追放」でもっと取り上げるけど、なんというか、人間の両足が蛇状になっている。つまり2本あるね。よく見ると。
ティツィアーノのは、サタンというより天使っぽいけど、やっぱり両足が蛇状になっているキモいやつ。
これとほぼ同じ構図のルーベンスのもあるけど、これは次回の『原罪と楽園追放』でいっしょに取り上げたい。
さて、ここからは完全に「蛇」として描いている絵画をザーッと取り上げよう。
いろいろある中で一番好きなのはこれかな。
フランツ・フォン・シュトゥックの『アダムとエバ』。
青い蛇。
エバは蛇と一緒にアダムを誘惑しちゃってる。
ファム・ファタル(宿命の女)を得意としたシュトゥックだけに、エバは見るからに危険な香りがするファム・ファタルになってる。
赤い実と青いまだらの蛇。白い膚と赤い髪のエバ。なんかシュッとしてるアダム。。。そしてアダムの右手は胸にまっすぐ向かっている(木の実=乳房という説もある)。
黒バックでのメリハリも含めて、なんかこの絵とても美しいと思う。
アンリ・ルソーの『エバ』。
ボク、あんまりルソー好きじゃないんだけど、この絵はなんかずっと見てられる。
エバ、何をぼんやり考えているんだろうな。
なんか悪い予感がかすかによぎったのかな。
妙に遠い目をしている。
ちょっとせつないエバだ。
で、今日の「変顔」No.1はこれw
すごい絵を描くなぁw
ハンス・バルドゥング・グリーンの『エバ、蛇、死の姿のアダム』。
なんだこの顔w
アダムは「やめろ!」ってエバを止めている。
止めてはいるけど、もう死の予感でカラダが腐ってる。
でも、エバはちゃっかり背中に木の実を隠し、「もう、もいじゃってるもんねー。これだから勇気のない男は使えないのよ」とかいう思いが顔に出ちゃっているw
というか、普通に「bokete」とかで吹き出し入れてもおもろいやつw
※ この腐ってる男を「死神」や「サタン」と解釈することももちろんできる。その場合、エバのこの表情はまた趣深いものになる。
ちなみに、このバルドゥング・グリーン(グリーンはあだ名)、あのデューラーの一番弟子だ。
タッチは似てるよね。
でも、表情とかが独特でおもろい画家だ。
下のもバルドゥング。
エバの表情w
アダムも独特。
というか、アダム側に蛇がいるのって珍しい気がする。
バルドゥングを出したんで、師のデューラーのも。
蛇ですな。
これ、等身大でめっちゃでかい絵らしい。
デューラーの代表作のひとつ。
イタリア旅行で学んだ理想的比例研究を元にした八頭身ボディ。
エバの絵のリンゴの木の枝につけられたタグには、制作年度と作者名が書いてある。相変わらず我が強いなデューラー。
ちなみに、上の絵の3年前の1504年に出したデューラーの銅版画。
傑作の呼び声高い。
デューラーの銅版画はホントすごい。
(アダムが持ってる枝にはデューラーのサイン。またデューラーのアピールだw)
ちなみに、アダムとエバの足元に、猫、兎、鹿、牛がいる。
それぞれ、人間の四気質を表しているらしい。
猫=胆汁質:激しくて怒りっぽい
兎=多血質:軽くて陽気
鹿=憂鬱質:暗くて冷酷
牛=粘液質:怠惰で不活発
なるほど。
おや? ネズミもいるな。
ネズミについては解説が見つからなかったので、わかったら追記します。
ついでに、デューラーと同時期に活躍したクラナッハも。
ボクの中では「エロ親父」的イメージの画家なんだけど(なんでかって言うと、当時の絵画の傾向に比べて妙にエロい絵を描くオッサンなので)、彼は『アダムとエバ』を主題に何枚も描いている。
全部あげたらキリがないので、まぁまぁ好きなのを3枚だけ。
最初の2枚は、アダムが「え〜、マジかよ〜」って困っているのが可愛い。
それに比べて、エバは「したたかな女感」満載。「たべちゃいなさいよ、どーせバレっこないってばー」って。
3枚目はちょっと愛が感じられる。
なんか「いっしょにせーので食べよう」みたいな心中感あるw
最後に、お口直し的に巨匠ルーベンスの美しいのも。
ルーベンス『アダムとエバ』
カラダの描写が圧倒的に美しいなルーベンス。
絵の奥行きもさすが。
下のはルーベンスとヤン・ブリューゲル(父)が共作した『楽園のアダムとエバ』。これも蛇ですな。
それはそれは美しいエデンの園の描写。
というか、ルーベンスの時代、図鑑とかあったのかな。動物の描写がちゃんとしている。
ということで、今回はおしまい。
次回は『原罪と楽園追放』をやろうと思います。
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。