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聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇12) 〜「アブラハムの旅立ち」

1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。


旧約聖書の「ここまでのあらすじ」を3行で書くとこうなる。

神は天地を創り、人を造った。でも人間たちのあまりの不敬と不法に呆れ、大洪水を起こし、ノア・ファミリー以外全滅させた。そして「怒りすぎてスマン。もう滅ぼさないからどんどん殖えよ」という誓いの虹を空に架けた。

・・・ま、でも、この後も滅ぼし続けるんだけどねw
(地球滅亡の大洪水レベルはさすがにないけど)


ノアはアダムの血を引いている。
で、ノアからまた人類は増え続けていくわけだ。
(いったんノア・ファミリーのみになっているので、近親婚のくり返しで血が濃くなり過ぎてるとは思うがな)


で、アダムから十代目がノアで、ノアから十一代目にアブラハムが生まれる(系譜は前回参照)。

ここ数回の主人公にして、旧約聖書の超重要キャストだ。


そもそも旧約聖書にはイスラエル民族の約1500年間の歴史が書かれている、ということは、このシリーズの一回目でまとめた。
(復習のためにもう一度読むと理解が深まります)


その「イスラエル民族」の祖が、このアブラハムだ。

重要でないわけがない。
日本神話で言ったら、イザナギだ。
(いや、アダムがイザナギで、アブラハムはスサノオか?)

そして、このアブラハム、「信仰の父」とも言われている尊い人なのだ。

尊い人のはずなのだ。
の、はずだ。
はず。

・・・ん〜、どうなんだろw

少なくとも途中までは「聖人」ではない。
実に人間臭い。
というか「だめんず」系かもしらん。

いや、なんというか・・・

旧約聖書って、なにしろ「バイブル」だからして、清い聖人たちのストーリーだと思いがちだけど、実は「ダメダメな人たちの人間臭い民族史」なんだな。



ということで、人間くさい「旅するだめんず」アブラハムの物語だ。

※ アブラハムは最初は「アブラム」という名前で、途中で神に「お前はアブラハムと名乗りなさい」って言われて名前を変えるんだけど、面倒臭いからここではアブラハムで統一する。
妻のサラも最初は「サライ」なんだけど、それもサラで統一。



まず、今日の1枚。

この絵を見て、ボクは「あ〜、聖人じゃなくて人間臭いヤツなんだ」と思ったし、「妻のサラも相当なつわものやんw」って感じて、旧約聖書が一気に身近になった。

な〜んだ、そういう人たちだったかw

ジェームズ・ティソの『企てをサラに話すアブラハム(Abraham's Counsel to Sarai)』

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悪いことを相談してるわけw

で、サラも超悪い顔してる
若作りしているが、このときサラはもう65歳だw

じゃ、何を相談しているのか、を説明する前に、ざっくりとストーリーを追ってみる。ざっくりな。



まず、アブラハムは、神の声を聞く。

「生まれ故郷を離れて、わたしが示す地に行きなさい。あなたを大いなる国民の祖にしよう」

で、生まれ故郷のウル(今のイラク)を離れ、「約束の地カナン」を目指して旅をする

ただ、いったん途中のハラン(今のトルコ)に住んじゃうんだな。
理由は聖書にも書いていない。
たぶん交通の要所で、栄えていたからだろう。

神にカナンに行け、って言われたのいいのか?w


日本人なら何があってもカナンに向かうところだ。
いいのかよアブラハム。

しかも、超遠くて「もうダメ」ってなったならまだしも、グーグルマップだとたった1000キロ、歩いて9日間の旅である。

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まぁ日本で言ったら、東京ー大阪間が500キロなので、1000キロといえば往復だ。

大所帯での砂漠の移動だったようだから、1ヶ月くらいかかったのだろうし、まぁまぁ疲れちゃったのかもしれない。

でもさ。
寄り道せずにカナンに行きなさいよ


で、しばらくハランに住んでから、ようやくカナンの地に向かう。

シケムという土地に着いたとき、神が現れてこう言った。

「わたしはあなたの子孫にこの地を与えるぞよ」。

そのシケムあたりがカナン地域ということか。
約束の地、である。

グーグルマップだと、ハランから歩いて一週間くらいな距離。

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そう、ついに約束の地に入ったアブラハム!

で、そこに住み着く。

ただ、ある年に飢饉になったら、あっさりカナンを捨ててエジプトに行くわけ。エジプトは栄えているから、あそこに行けばなんとかなるじゃろ、ってなもんで。

いいのかよアブラハムw


日本人なら「神からいただいた土地」を一所懸命守るけどな。
というか、常に行き当たりばったりだなぁアブラハム・・・。
大所帯を喰わすためにいろいろ苦労した、ということかもしれないけど。



で、冒頭の絵だ。

エジプトに入る前、妻のサラと策を練るわけだ。

「 おまえな、美人だからな、エジプトのヤツら、『お、いい女じゃん! そうかコイツの女か!』って、オレを殺しておまえをサラっちゃうに違いない(サラだけに)」

「あら、そうかしら」
サラ、まんざらでもない(サラ、このとき65歳)。

「そうに決まってる。だからな、おまえはオレの妹ということにしておこう。そうすればオレはお前の兄だ。おまえは美人だから大切にされる。兄であるオレも丁重にもてなされる。ふたりとも万々歳だ。どうだ、いい策だろう!」

「・・・アブちゃん、アンタも悪いわねぇw」


これな(↓)。もう一回貼っておく。

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旧約聖書ってストーリーがわりとハチャメチャなんだけど、でもどこかで「聖人たちの物語」って先入観で読んでいたボクは、この画家ジェームズ・ティソの捉え方を見て、「あぁ〜旧約聖書って人間臭い人たちのストーリーって側面があるんだな」とわかって、急に楽になった。


ティソはその後も描いている。

アブラハムの思惑通り、エジプト人が騒ぐわけ。

「うわ〜超美人キタ!」って。

で、エジプト王(ファラオ)の役人たちにもその騒ぎが伝わり、ファラオに「すげー美人が北からキタらしいです」と伝え、あげく、なんとサライは王宮に召し入れられるわけ。

ティソ『 王宮に召し入れられるサライ 』

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座ってるのがサラだ。

なんか、さすがに憮然とした顔してる。
いや、バレないか緊張しているのかも。

だって、独身としてファラオに召されるわけで(つまり側女にされて抱かれちゃう)、既婚者だと王にバレるとかなりヤバイ。

そう、結果、ファラオは既婚者とは知らず、サラを抱いちゃうわけ。
65歳なんだけどなw
超美魔女だったのだろうw


他の画家も描いている。
ジョヴァンニ・ムッツィオーリ(Giovanni Muzzioli)『ファラオ宮殿のアブラハムとサラ』。

「おい、うまく行ったな、むはははは」って笑うふたり。

だってサラのおかげで、自称兄なアブラハムは、ラクダ、ヒツジ・ウシ・ロバ・男女の奴隷とかをもらって、大金持ちになるわけ。

で、宮殿の隅っこで落ち合って笑い合ってるw
この小ずるい笑顔w

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つか、志村うしろ〜!


アブラハム〜、後ろで誰かが盗み聞きしているぞ〜!


で、バレるw
あっさりバレて追い出されるw

アイザック・イサークス『サラをアブラハムに突っ返すファラオ(Pharaoh gives Sarah back to Abraham)』

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ファラオはさすがに怒った。

「 てめえ、なんて事をしてくれたんだ! なんでそんなしょーもないウソをついたんだ? 既婚者と知らず抱いちゃったじゃねーか(泣) 不徳をしたせいで王宮にひどい疫病が流行っちゃったじゃねーか。文字通りの疫病神だ。おら、出てけ! サラを連れて、とっとと出ていきやがれ! 」

いやぁ、よく殺されなかったよなぁ。
おまけに、すべての持ち物・財産はそのまま持って帰れたらしい。

ファラオ、寛大!
(まぁ彼らのせいで疫病が流行ったので、とにかく彼らの持ち物は汚れているから「すべてを持って去れ!」ってなったのかもだけど)
(ちなみに、奥さんを抱いたことで疫病になった、ということは性病が疑われると個人的には思ってる)


で、アブラハムはリッチなままカナンに帰る。

きっと「すべてうまいこと行ったなぁオイ」って笑い合いながら。

だって飢饉から逃れて貧乏のままエジプト行って、帰りは大金持ちだ。実際うまいこと行ったのである。

というか、時代的にも国民性的にも「狡猾であること」は善だったのかもしれないな。旧約聖書では、そういう狡猾なエピソードはたくさん出てくるし。



ということで、以下、アブラハムの旅の絵をいくつか見て、今回は終わります。

ヨジェフ・モルナール『アブラハムのウルからカナンへの旅立ち』。

旅立ち系では、この絵が一番有名というか、いろんな本に多く引用されている。

でも、たいして面白い絵ではない。聖人君子っぽいアブラハム翁。アブラハムはもっと人間臭い人だと思う。

逆に上の方で取り上げたエジプトでの一連の絵は、ほとんどの本で取り上げられていない。まぁあまり褒められたエピソードではないから、著者もどう取り上げればいいかわからなかったのかもw

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サン・マルコ大聖堂の『アブラハムのカナンへの移住』
なんかキリストっぽいアブラハム。

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バッサーノ『アブラハムのカナンへの旅立ち』。
神の声を聴いている。

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ちなみに、バッサーノの絵、構図がなんか一緒なんだよね。
これ(↓)は、ノアの箱舟の回で取り上げたバッサーノの絵。

なんか、いっしょやんw

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もう1枚、バッサーノ。『アブラハムの旅立ち』

馬に乗ってるのはサラかな。
神が見ている方向にアブラハムがいる。

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あ、これもバッサーノだったw
『アブラハムのカナンへの旅立ち』

群像を描くのが得意というか、好きなんだねバッサーノ。

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ピーテル・ラストマン『アブラハムのカナンへの旅』。

ラストマンってレンブラントのお師匠さんらしい。
マジか。。。なんか顔の表情が全体的にイマイチなんだけど。。。

そしてロバに乗る、貴婦人ぽい帽子をかぶったサラ。
もしかしたら、エジプトでリッチになってからの、カナンへ帰る旅、なのかもしれない。

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で、今日のラスト。
「今日の1枚」でも取り上げ、今回は3枚目になるティソ

『アブラハムのキャラバン隊(The Caravan Of Abram)』

この絵は迫力ある。
一族郎党つれての大移動だったのだね。

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そして、(ええと「アー、イヤヨー」の順だから)、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨゼフ、というイスラム民族の苦難の旅が始まるわけだ。

ちなみにアブラハムの旅程はだいたいこんな感じ(↓)。

なんか、神から約束された地とはいえ、もっと緑が多い土地、たくさんあったと思うんだけどね。

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ということで、まだまだアブラハムの物語は続く。

次回は、サラと女奴隷ハガルの話

子どもが出来ないことを悩んだサラが、アブラハムに奴隷ハガルを差し出して子どもを産ませる、というエピソードだ。





このシリーズのログはこちらにまとめてあります。

※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。

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この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。

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