見出し画像

いつもより少し不便な日の話

朝いつも通りに駅に着き、改札を通ろうとポケットに手を突っ込んだところで気がついた。
家にスマホを忘れた、と。

奇しくも数週間前からゆるくデジタル・デトックスを取り入れていた。スマホを持ち歩かないのは万一のことを考えるとなかなかできることではない。せっかくの機会なので、直面する色んな事態を観察することにした。


スマホフリーな1日



定期券がないので券売機で切符を買う。普段は基本的にバーコード決済とクレジットカードのため、久しぶりの現金での買い物は新鮮だった。

改札を通ろうとすると、IC専用を避けねばならないことに気がついた。
以前マジョリティ側から差別を考えるセミナーで聴いた、マジョリティ側は自分たちの特権に無自覚であるという話を思い出す。ICを使っていた自分は改札で優遇されていたことに見事に無自覚だった。この特権を当然のように享受していたけれど、ひょんなことからマイノリティになり、久しぶりにマイノリティから見た世界に触れた。

ホームで電車を待っていると手持ち無沙汰になった。英語の勉強はスマホのアプリ。SNSやニュースもスマホでチェックする。音楽を聴くのだってスマホだ。時間をつぶすものを何も持ち合わせていなかった。
やることも思いつかずぼーっと周りの景色を見ていた。周りの人は軒並みスマホを見ていた。いつもは私もこの中の一員だ。
携帯電話が普及する前、人は電車を待つ間どのように過ごしていたのだろう。そんなことを考えていると電車が来た。

電車で移動中、切符が妙に頼りなく思えた。この小さな紙片を失くさずに目的地まで着けるかそわそわした。思えば学生の頃は、こういうとき切符を定期入れに挟んでいたものだった。PASMOも定期券もスマホに一体化した今となっては、定期入れは私の生活から完全に姿を消していた。

職場に着くも、幸い仕事でスマホは使用しないので業務には何ら影響はない。日中は普段と変わらない一日を過ごした。強いて挙げれば食堂でまたもやICが使えず現金で買い物をしたことと、昼食後に恒例のSNSチェックをせずに仮眠をとったことくらいだ。

一日の仕事を終えてバスに乗る。いつもバスの中で何分発の電車があるかを調べるが、この日はおとなしくバスに揺られていた。
駅に着くと、ホームには先に出発する普通電車と次に出発する快速電車。微妙な時間差だ。どちらが早く着くだろうか。あいにく、それぞれの電車が目的の駅に何時に着くかまでは表示されていない。
駅構内を見渡すと各駅への所要時間を示した図があり、それを見ながら到着時間を計算した。乗り換えもあったらもっと複雑だっただろう……。

帰宅すると早速自分のスマホをチェックした。
LINEが数件、カード会社からのメールなどが数件。おわり。いつもと同じ程度で、どれも一日の最後に見ても差し支えない内容がほとんどだった。SNSもさっと見たけれど特筆すべき情報はなかった。
一日も触れていなかったのに大した情報がなくて拍子抜けした。でも思えば大した情報なんてたまにしかなくて当然だ。そういうたまに得られる気になる情報をいち早く得るために、私は罠を仕掛けた狩人の如くスマホを見張っていたのだろうか。

この日は2時間ほど残業した。いつもより疲れているはずだったけれど、自分の中に余力が残っているのを感じた。スマホを忘れた分、頭に入る情報がいつもより圧倒的に少なく、画面を見る時間も圧倒的に短かったからだ。頭も目もなんだか軽かった。
というよりこれくらい余力があるのが普通で、普段が頭の体力を使い果たし過ぎていたのかもしれない。


時間をつぶすってなんだろう

私は予定を詰めるのが好きな方ではない。何もしない日を設けたいタイプだ。
それでも本当に何もしない時間はどれくらいあっただろうか。
思えば身体はのんびりさせつつもSNSやYoutubeを見て過ごし、かえって頭が痛くなってしまう日もしばしばあった。そのうえ「時間を無為に過ごした」と苦い自己嫌悪が生まれる。

電車を待つ時間。電車に乗っている間。バスを待つ時間。昼食休憩中。私は普段SNSやYoutubeを見ている。スマホを持たなかった今日の私は「時間を潰すものがない」と感じた。
なぜ時間は潰されなければならなかったんだろう。

「何もしない」をもっとしようと思った。
せっかく時間に余裕が生まれたのなら、その時間は「潰す」のではなく「過ごす」ことをしたい。
潰すって、なんか可哀想だし……。

いくらでも時間を潰せる手段が常に手のひらにある今、暇な時間ができると条件反射のごとくスマホをチェックしてしまう。スマホを見ている間、私の意識は画面の奥へ向いている。今いる空間に身体だけ置いて、心は目についた面白そうな情報を次々と見つけては飛び移っていく。

まあ、それも楽しいのだ。楽しいからなかなか止められないんだけれど。
スマホではなく今自分がいる空間にある情報に意識を向けて、五感が感じていることと頭が考えていることが一致する時間をもう少し持つようにしよう。
なんとなくスマホを見続けるのを止めて、一日の終わりの頭に余力を残そう。



スマホを忘れたら見えた世界、結構面白かったです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?