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大漁日

 この正月、お笑い芸の大好きな孫息子が東京からやってきた。中学2年生、高校受験までちょっと間があり、今は自由奔放に過ごしている。

『本場のお笑いを見に、吉本漫才劇場行かへん?帰りに串カツ食べて帰ろうよ。』

母親である娘と私に声をかけてくる。
『行く、行く!』

 彼を惹きつけているお笑い芸の魅力はわからないが、一緒に行くことで何やら楽しいことが共有できそうな気がして、二つ返事する。

 近鉄難波駅地下道なんばウォークを経て、一歩地上に出ると、そこは道具屋筋。
土産物屋、食べ物屋が軒を連ねる繁華街である。呼び込みの声が響くこの奥に目指す劇場があるせいだろうか、行き交う人は若者が多い。
『力強くて、明るくて、思いやりは本物や!』
大阪のキャッチフレーズ通りの空気、負けへんで精神が早くも伝わってくるようであった。


江戸時代の初め、私財を投じて自然の川を運河にし、今のまちづくりの元を開拓したという、
『安井道頓』の心意気。

 先の戦争で八回に及ぶ爆撃を受け焼け野原になるが、敗戦後の混乱の中、翌年にはいち早く復興にとりかかったという大阪。
 古い歴史を振り返る時、大阪人の前向きなバイタリティー溢れる明るい人柄、街の活気などが今に息づいているように思えてならない。


折からの風に乗って流れてくるのはたこ焼きの匂いである。さすが大阪、たこ焼きの店が多い。
どこも待つ人たちが通りを隔てて向かいのビルの影まで続いている。
大阪のたこ焼きは寒い中に立ち、『フーハァーフーハァー』と言いつつ食べるのが流儀だそうな。

『ちょっと食べてみたいなー』

と一軒の大きな店に近寄る孫。時間はあるが寒空の下私は待つ気になれなかった。諦めて立ち去りかけた時、
『ぼん、どっから来たんや?』大きなの声がかかる。『東京!』
『ようきたな。まあ、食べて帰り』
一舟のたこ焼きを差し出しつつ、
『堪忍したってや。とっしょり(年寄り)がおるさかい』
40がらみと思われる焼き手は前に向かって詫びている。たじろぎながら受け取っている孫。待つ人たちは全く意に介していない様子であった。
娘と私は、店の人や周りの人に頭を下げつつおずおずとお金を払った。


 吉本漫才劇場はお笑いの殿堂『吉本グランド花月』の前にこじんまりとある。
ここはお笑い芸の将来を担う若手漫才師だけの劇場らしい。ロビーの椅子に腰掛け、先程の成り行きを振り返りながら、一舟のたこ焼きを突き合う。『優しいなぁ』つぶやく孫の胸の底に知れぬ大阪人の温かさが届いたのではあるまいか。

 これからの若手芸人だからこそ面白いに新ネタが聞けると楽しみにしているのは孫だけでは無いようだ。客のほとんどが若者である。舞台との掛け合い、笑いと喝采が溢れてライブ感がわき立っていく。
舞台ならではの臨場感を味わいつつ、私も思いっきり笑った。
『あのコンビは近々きっとブレイクする。話もネタもいいし、今までにない話術を持っていて面白い』道頓堀川に映るグリコのネオンサインを見ながら語る孫の横顔はもう少年の影が薄れ始めている。
日常の中では出会えない今日の2つの出来事、
こんな日は私にとって大漁日である。

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