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【エッセイ】コロナで変わる1) 元祖在宅テレワーカーが久しぶりに在宅テレワークに復帰~もうばたばたです~

前回のポスト「コロナでも少数派の私の違和感と決意とは?」では、 自分はレジリエントに変わるのだと大見えを切ってしまった。それでは、コロナ禍が始まってからどれだけ変わったのか検証してみよう。

1) 在宅テレワークの態勢を整えた

 オリンピック延期の決まった3月末、小池百合子都知事が突然に外出自粛だのステイホームだのと叫びだした。都内の新規感染者数が急増し、コロナ危機はすぐ身近に迫っていた。私は通勤時間が長いこともあり、このまま通勤を続けていたら、自分が死ぬと思った。何度でも言うが、私は2割の人間である。
 3月25日夜の都知事会見の翌日、テレワークが可能な社員には在宅テレワークを許可してほしいと訴えた。それなりの規模の会社であれば、在宅ワーク用のパソコンをさっと貸し出してくれるであろう。しかし、わが社では、そういう余裕がなかった。また、それなりの規模の会社であれば、就業規則が在宅テレワークに対応していないなどと言って、フレキシブルな対応を渋られただろう。しかし、わが社は、そういう点は融通がきいた。
 つまり、自分で環境さえ整えれば、在宅テレワークは可能だった。外国人スタッフなどは元々海外とのテレビ会議が多かったので、テレワークを始めやすいと思った。そして、私の仕事も工夫すれば、十分に在宅テレワークは可能だった。
 私にとって、一番のネックは自宅の自分のPCが去年夏に壊れてから修理していないことだった。この点は夫がパソコンを当面貸し出してくれるということで乗り切った。4月初めに自分の新しいパソコンが納品されるまでの10日ほど、夫のパソコンで乗り切った。会社情報はすべて削除して無事に返却した。
 私は元々20年以上、在宅で英文翻訳の仕事をしていたので、元祖「在宅テレワーク」なのだ。インターネットの前、ニフティのパソコン通信の頃からテレワークをしていたのだ。今更できないことないと思われたのだが、もう一つ大きな問題が浮上した。
 6年前に転職して勤め人になって以来、私の仕事部屋が荒れ放題となっていたのだ。埃と、ちりと、得体のしれない虫。そんなものしか寄り付かない、物置と化していた。新しいパソコンの調達以上に苦労したのが、仕事場の掃除だった。コロナがなければ、今も私の仕事部屋は物置だったに違いない。おかげで、なんとか仕事部屋を取り戻すことができた。
 片付いた仕事場には、仕事専用のデスクがあり、その横には、スキャン機能付きのプリンタがある。Zoomを入れた新しいパソコンに、FacetimeやWhatsAppの携帯電話。会社のパソコンとつなぐツールも入れたことで、在宅ワークでほとんどのことが可能となった。もはや弊社のサテライトオフィスと呼べるのではないか。
 自費と自力でそろえるのは大変だったが、成果は目に見えた。疲労感と達成感。テレワークだからこそ効率上げていかなければ。そう意気込む自分がいた。

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