「わんわ」と「ねね」
このあいだ一歳三ヶ月になったばかりの息子のことを、わたしはみっちゃんと呼んでいる。近ごろのみっちゃんは、なんだかもう、あまり赤ちゃんではない。急速に、子どもへと変わりつつある。嬉しいような、さびしいような、複雑な心境だ。
最近のみっちゃんを、「子どもみたい」って感じるのは、なぜだろう。ほんのちょっと前までよちよちだった歩きが、だいぶ安定してきたからか。指さしや動作で、少しずつ意思の疎通がはかれるようになってきたからか。いっちょまえに、大人の身ぶりの真似なんかも始めたからか。
たぶんその全部だ。それから表情の種類も、いたずらっぽい顔とか、甘えん坊の顔とか、リラックスした顔とか、それまでは泣きと笑いと真顔と三種類くらいだったところから、細かいバリエーションが格段に増えた。
言葉らしきものも、発している。
初めておぼえた言葉は、「ぶー」だった。それまでは、いろいろ、あーとかうーとか、あてゃてゃとか、でゃ、とか、ぶつぶつ言ってはいたけれど、なにかしらの意味を発声と結びつけているな、と感じたのは「ぶー」が初めてだった。車のおもちゃ、本物の車、写真や絵の車。みっちゃんは指さして、「ぶー」と呼ぶようになった。
「ぶー」の次は、「ぱっぱ」。「はっぱ」というのが、まだあまりうまく言えない。何回かに一回は、かろうじて「はっぱ」と聞こえることがあるけど、だいたいは「ぱっぱ」と、いちばん最初まで破裂音になってしまうのがかわいい。
そしてその次あたりが、「わんわん」だった(これもみっちゃんが口に出すと、どちらかというと「わんわ」みたいな感じ)。
みっちゃんは、動物全般を「わんわ」と呼ぶ。本物、写真、ぬいぐるみ、絵、の、いぬやくまやうさぎ、それからミッキーやプーさんなどのキャラクターも。
ところが、このあいだ、そんなみっちゃんが、この絵を指さして、「ねね」と言った。
え、「わんわ」じゃないの? 「ねね」……どういう意味だろう。まさか、このくまちゃん、寝ているから、「ねんね」ってこと? でも、ふだん寝ることを「ねんね」とはあまり言っていないし、このイラストから「くまちゃんが寝ている」と読解するのって、少し難しそう。じゃあ特に意味はなかったのかな、いや、でも……。
いろいろ考えていたら、数日後に、謎が解けた。みっちゃんが、ねこを指さして、「ねね」と言ったのだ。
「にゃーにゃー」!
みっちゃんは、「わんわん」だけじゃなく、「にゃーにゃー」も覚えたのだ! そして上のくまちゃんを見たときに、みっちゃんの頭のなかには、「わんわ」よりも先に「ねね」が浮かんできたということだ。
世の中には、いろんな動物がいる。くま、うさぎ、ぶた、ねずみ、ぞう、らいおん、ぱんだ、きりん……。ようやっと、「わんわ」と「ねね」という存在が自分の世界になんとなく立ち現れたところだというのに、これからもっともっと細かい違いに注目して、名前をおぼえていかなきゃならないなんて。みっちゃんになったつもりで考えてみたら、なんと大変なことだろう。
そもそも、「わんわ」と「ねね」だけに限ってみても、いろんな犬種、猫種がいる。そしてわたしたち大人は、たぶん、いままでの人生で見たことのない犬種、猫種であっても、これはいぬ、これはねこ、と、ある程度ちゃんと判断できる。よく考えてみたら、これはけっこうすごい能力だ。
みっちゃんは、このあいだ、これのことは、「わんわ」と言っていた。よつんばいだし、けっこういぬっぽくもあるけど、まあ、たぶんこれはくま。大人のわたしが、どうしてこいつをくまっぽいなと思うのかというと、たぶん、口のまわりの白いゾーンがポイントな気がする。これがあると、かなり、くまっぽい。
気になってしらべてみたら、この白いゾーンは、マレーグマやアメリカグマにはあるけど、ヒグマにはないみたい。きっと、デフォルメしたくまをくまっぽく造形するために、先人たちが編み出したコツのひとつが、この、鼻のまわりの白いゾーンなのだと思う。
つまりきっとみっちゃんは、イラストやぬいぐるみのいぬやねこ、くまたちについても、実物とはまた違う「いぬっぽさ」「ねこっぽさ」「くまっぽさ」……を、学習して、これはいぬ、これはねこ、これはくま、と、判定できるようにならなければならないのだろう。
ああ、どうぶつマスターへの道のりは遠い。けれどその道のりを、まだまだみっちゃんと一緒にたのしめると思ったら、悪くはない。
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