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新型コロナワクチン接種体験談「安堵が人を殺すってありえるの?編」

「ねえスポンジ、安堵が人を殺すってありえると思う?」
「安堵?ホッとするってこと?どうだろう」
 俺は携帯を耳と右肩で挟んだまま飯の用意をしつつ言う。
「つまりさ、すっごくきつい状況の中で頑張り続けて、もう命のギリギリの果ての果てで、不意にもう見えないと思ってたゴールに辿り着くことがわかって、張り詰めてた緊張がふっととけたときに自分が必死で支えてた命をポロリと落っことしちゃったみたいな?」
 
        舞城王太郎「So You Think This Is It?


 ということで「秒針ほどあてになるものはない編」の続きです。前回はワクチン接種した翌日に書き始めたせいか、文体が変なテンションで、読み直して削ったり書きなおした部分が多かったです。
 ただ、それでも残った変な部分はあるかも知れません。それが僕にとってのワクチン接種の副反応ということでご理解いただければ幸いです。

 先に副反応のことを書くと僕は解熱剤を飲む必要もなかったので、軽い方だったんだと思います。
 なので、小説やエッセイが書けるかな? とパソコン前に座ってみたんですが、頭と身体が上手く噛み合わない感じで全然上手くいかなかったです。
 前回のタイトルに「秒針ほどあてになるものはない」と書きましたが、僕の副反応は頭の中の秒針と身体の中の秒針が互いに別々のルールで動き出してしまったような感覚でした。

 そんな状況でしたので、仕方なくアマプラで「ナイト・マネジャー」や「ジョジョの奇妙な冒険」を見たりして、ほとんど寝て過ごしました。
 結果、完全なる昼夜逆転生活になってしまって、朝の七時でないと寝れない身体になっています。明日、仕事なんですが、大丈夫なのかな……。

 さて、と言ったところで、コロナワクチン接種日の話をさせてください。
 当日に起きて、仕事の準備をしてから体温を測ると35.7度で、それを「新型コロナワクチン接種の予診票」に書き、読みかけの吉村萬壱の「臣女(おみおんな)」を鞄にしまって、朝食のサンドイッチを持って部屋を出ました。

 仕事を行く間、二駅分ほど歩くようにしているのだけれど、少し緊張していたのか気持ちが落ち着かず、信号に捕まる度にポケモンGOをした。色違いのポケモンが出たら、今日はラッキーな日って思えるかな、と。
 ラッキーな日なら注射は痛くないとか全然ないけど、色違いのポケモンは出なかった。
 注射は痛いし、副反応が出てしんどいってことじゃん、と凹む。

 職場について休憩室で作ってきたサンドイッチを食べて、携帯を見てみると電池が60%になっていた。
 あれ?普段なら、80%くらいなはずなんだけどな。
 と考えて、ポケモンGOをし過ぎたんだと気づく。
 けれど、気づいた時にはもう出勤時間になっていた。

 仕事は昼過ぎに退勤する予定になっていた。勤務時間の都合で一時間休憩はなしだった。
 退勤時間が近づいてきたところで、隣に居た先輩に「さとくらくん、ちゃんと緊張してるでしょ?」と言われる。
「ちゃんと緊張してきました」
 先輩は既に一回目のワクチン接種を終えていて、「大丈夫だよ」と言ってくれる。

 僕の緊張は注射が怖いとか副反応が心配ということとは違って、単純に今日新しい体験をするんだ、という一点に過ぎなかったけれど、それを言うのも変かなと思って先輩には何も言わなかった。

 退勤時間になってオフィスを出る。職場近くの駅から集団接種会場までの最寄り駅までの最短時間を調べると、一時間弱くらいだった。
 そうなると、集団接種会場の近くで三十分ほど近く時間を潰す必要があるので、朝と同じように二駅分歩いた。
 この時点で、充電は50%台になっていたが、聞きたいラジオがあったので、それを優先した。

 ここでの問題は集団接種会場が今まで行ったことがない場所だったこと。
 乗る電車を間違えると、二駅分歩いたせいで遅れる、というちょっと笑えない展開になるので、少し神経を使って電車を間違えないように注意した。
 結果、昼食を食べるのを忘れていたことに気づく。

 いや、でもまぁ、そんなお腹空いていないし、大丈夫かなーと思いつつ、集団接種会場の最寄り駅に着く。会場の場所は駅に案内があったので、迷わなかった。
 同じ目的の人も何人か見かけ、エレベーターで一緒になる。新型コロナワクチン接種の予診票、ワクチン接種券(クーポン券)、身分証明できるものを用意して並ぶよう案内人に言われ、三つを手に持った状態で、列の最後尾につく。

 手持無沙汰になって、携帯ではなく、吉村萬壱の「臣女」を読む。

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 民女は夫の浮気によって妻の身体が巨大化していく、という内容で、列に並んで読んだのは妻の身体が巨大化しているけれど、性懲りも無く夫が浮気相手のマンション近くを徘徊しているシーンだった。

 なんて言うか、気持ちが重いパートナーみたいな話に、更に物理的に重く、大きくなっていく妻みたいな比喩も混ざっているんだろうけれど、それから逃げたくなる夫の気持ちが生々しい心理描写で描かれていて、絶対それダメだってと思いつつ読む。

 読みつつ、こういう比喩的なものをコロナワクチン接種に活かせないか、と考えてみるが、具体的な形にはならなかった。

 順番が来て、まず医者の方に幾つかの質問をされてから、次なるスペースに進むよう言われる。入ってすぐに注射を打つ場所と分かる。
 体が強張るのが分かった。
 案内された番号は四だった。女医さんが座っていて「じゃあ、注射を打ちますね」と座るか座らないかのところで言われる。
「利き腕はどっちですか?」
「左です」
「じゃあ、右腕を出して座って」
 と言われて、左腕に打つように座っていたことに気づいて、椅子に座り直す。
「はーい、じゃあ打ちます~。ちくっとしますよ。……、はい終わりです」

 まじでこんな感じだった。
 一瞬だな!
「では、こちらに」
 と手招きされた場所は椅子が一定の距離で並べられているスペースで八割が椅子に座ってスマホをいじったり音楽を聴いたりしていた。
「ここで十五分待っていただき、体調が落ち着いているようだったら帰宅していただいて結構です。体調が悪くなるようでしたら、そちらにお医者さんがいらっしゃるので、手をあげてください。また、これ次回の接種日です」
 と小さいプリントを渡される。
 そこには十五分後の時間が手書きで書かれ、緊急用の病院の電話番号がプリントアウトされていた。
 手近の椅子に座って「民女」の続きを開いた。

 さて、ここで僕は冒頭に引用した舞城王太郎の「So You Think This Is It?」にある安堵が人を殺すってありえるのか? という問いをここに持ってきたいんです。

 安堵が人を殺すかどうかは正確なところ分からないけれど、安堵が人を無防備にさせることは間違いない、と今回のコロナワクチン接種を受けて僕は実感しました。

 というのも、注射後の十五分の待ち時間。僕は本当に心から安堵していたんです。注射はさほど痛くなく、気分が悪くなることもなかった。
 注射を打たれた腕は痺れと熱を帯びているけれど、動かせないほどでもない。待つ十五分の間、一瞬だけ頭を揺さぶられるような感覚はあったが、それ以上の衝撃はない。

 僕はもっと酷い状況を想定していました。
 だから、僕は初めてのワクチン接種に対して心から安堵していて、警戒を解いてしまったんです。
 男四人のグループLINEに「ワクチン一回目打ってきた。腕が痺れて熱もあるから、今なら飛影の黒龍波が使える気がする」とメッセージを送り、連絡取りたいなと思っていた人にもLINEを送ったりしました。

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 結果、まず帰りの電車を乗り間違えました。初めて来た場所だった癖に辿り着けたんだから、帰れもするだろうと楽観視していたんですね。
 そのせいで、四十分くらいで帰れるところを一時間半かかって帰り、その間に空腹は極限に達していて、コンビニでおにぎりでも買えばいいのに、せっかく前日に味噌汁を作ったんだから、と部屋まで我慢してしまいました。

 部屋のドアを開けた時、疲労困憊も良い状態で、玄関で手をついた体験は後にも先にも今回だけでしょう。
 これはワクチンの副反応なのか、空腹なのか、もう何も判断がつかない状態でした。
 何にしても味噌汁だ!

 手を洗って、服を着替えてから、味噌汁を温めて丼に二杯分飲んで布団に潜りこみました。うつらうつらしつつ、グループLINEだったり、メッセージから返ってきた人の返信をしたりした。
 そうやっている間に眠りに落ちました。なんだか、凄く幸せな瞬間でした。

 ここで、今日何度目かも分からない失敗を僕はしました。
 味噌汁を冷蔵庫に仕舞い忘れたんです。
 そのせいでしょう。
 翌日に味噌汁を温めて食べようとすると、すでに味がすっぱかったんです。
 僕の味噌汁……。

 さて、コロナワクチン接種一回目というイベントの中で僕は幾つの失敗をしてしまったのでしょうか。
 数えると凹みそうなので放置して、次回の二回目に行く時は昼食をとる、接種が終わっても安堵しない、家に帰って味噌汁を飲んだ後は少し冷まして冷蔵庫に入れるは絶対にすると誓います。

 次回は絶対に味噌汁は腐らせません!

サポートいただけたら、夢かな?と思うくらい嬉しいです。