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由来のお話

以前勤めていた写真館は、衣装店が経営している写真館だった。その衣装店では主に振袖や袴をレンタルしていて、そこでその衣装を借りると前撮りが無料になるというシステムになっており、その前撮りをするのが私の仕事だった。

プランやキャンペーンによるが、基本的に振袖を借りた場合、2ポーズが無料になる。その2ポーズ(立ち姿と座り姿)を基本ポーズと呼んでいのだが、実際にはこの基本ポーズ以外にも色んなポーズを撮ることになっていた。例えば帯を見せたり、ショールを巻いてみたり、和傘や鞠を小道具として使ってみたり、正座をしてみたり。こういった写真を我々は多ショットと呼んでいて、この多ショットを撮影後に見せ、「せっかくなので記念にいかがですか?データもアルバムもセットもありますよ」とお勧めし、買って頂いた売上が私達の利益になる。

この多ショットを撮るシステムは、「一生に一度、モデルのような体験ができる」として、嬉しいお客様には嬉しいのだけど、写真が苦手なお客様には迷惑極まりないものである。本来基本ポーズですら撮りたくないと思ってるお客様すらいるのだから、当然と言えば当然である。この前撮りの際に着物を受け取るシステムなので、仕方なく撮りに来たというのに「お試しでモデル体験して頂けます♥」と受付で言われて拒否反応のあまり体が固まるというお客様をよく見かけた。断っても「せっかくなので」「撮るのは無料なので」とゴリ押しされ、面白がる親に「やってみなさいよ」と言われ、仕方なく撮るお客様が毎日必ずいたように思う。

こういう多ショットを嫌がるお客様を、ほとんどのカメラマンが嫌がっていた。写真が苦手なお客様は撮るのが難しいわりにほとんど買わない。だからみんな口を揃えてこう言っていた。

「写真苦手な人なんて撮るだけ時間の無駄だよ」

そうなんだろうな、と私も研修中は思っていた。

研修を終えてカメラマンとして実際のお客様を撮るようになってから、お客様の反応が見たくて、よくプレゼンさん(お客様に写真を見せて選ばせて売る人)に頼んで、後ろから写真選びを見させてもらっていた。撮影時から楽しそうにしてたお客様は楽しそうに選んで、10~15万するアルバムを買うのが当たり前だったが、写真が苦手なお客様の写真選びは全く盛り上がらず、売れても基本ポーズの焼き増し(親戚に配る用)がせいぜい、といった所だった。後ろから見てるのが本当にしんどかった。先輩の言うことも分かるなー、なんて思いながら見ていた。

でもたまに、それまで氷点下だった写真選びの席が、ある1枚を見せた瞬間空気が変わることがあった。プレゼンさんやご家族様がどれだけ褒めても首を振るだけだったお客様が、その時だけ頷いてくれることがあった。そしてその写真を、1枚だけとはいえ買ってくれる場面を見れることがあった。

写真が苦手なお客様が、自分の写真を「欲しい」と自ら口にするのはきっと勇気が要ることだと思う。更に1枚の値段は9000円。それまで写真に金をかけてこなかった人にはきっと高いに違いない。それでも、自分のお小遣いから買ってくれるお客様がたまにいた。私はそれを見て「これが私の仕事な気がするなー」とぼんやりと思った。

それから10年が経つ。独立した今でも、私は写真が苦手なお客様が頷いてくれる1枚を目指している。「写真が苦手な人の為の写真屋さん」を名乗ってる由来の更に由来のお話。

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