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『DISTANT DRUMS』は最高のパスポート

仕事に追われ疲れてくると、どこか旅に出かけたくなる。
そんな時、濱田英明さんのサイトで旅の写真を見る。
アメリカ、ドイツ、エジプト、インド、リトアニア…瑞々しさをたたえた写真は、疲れた心を癒やしてくれた。
この旅の写真、いつか写真集にならないだろうかと思っていたら、7月、ついに自費出版で刊行された。
DISTANT DRUMS』のカバーは赤と緑の二種類。
内容は同一で、妻には二冊買うことを反対されたが、「この2冊は“つがい”のようなものだから」と自分でもよくわからない理屈で押し切った。

『DISTANT DRUMS』は、読者へ与える情報を最小限に抑えている。
カバーには小さくタイトルが箔押しされているだけで、作家の名前はない。
写真がどの国で撮られたかも末尾までいかないとわからない。
読者が写真をフラットに見ることができるよう、あえて情報は伏せているのだ。
一見、ヨーロッパのようにも見えるし、アジアのようにも見える写真は、
わたしたちのなかにある共通の原風景、「どこかで見た、どこにもない場所」へ連れて行ってくれる(写真は実際にある場所だけど)。
シーケンスもウィットに富んでおり、「なぜこの写真を隣り合わせにしたのか」など考えながら読み進めると楽しい。

写真集からあふれる、この多幸感はなんだろう。
街並み、風景はまるでセットアップされたかのような美しさだし、街ゆく人々の表情はなんだかピュアで、見ていると心が洗われるようだ。
ページを繰るたびに、爽やかな風が吹き抜ける。
暗いニュースが世界を覆うなかで、この写真集は「まだこの世界は美しい」と優しく励ましてくれる、救いのような一冊だ。

マッチアンドカンパニーを主宰する町口覚さんは「写真集は二冊目のパスポートだ」と言った。
写真集は写真家、デザイナーにとって、その人を表す身分証のようなもの、ということだ。
わたしはパスポートという言葉にはもう一つ、「通行証」の意味があると思う。
写真集は、見る者をさまざまな世界へ連れて行ってくれる。
日本から出たことがないわたしはパスポートを持っていない。
ただ、いつでも「どこかで見た、どこにもない場所」へ行くことのできる、最高のパスポートなら「2冊」手に入れた。


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