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応用歩行:探索活動と知覚運動学習

前回のコラムで紹介させていただいた論文は,ケースレポートを執筆した際に非常に参考にさせていただきました.
今回は,そのケースレポートを紹介させていただきます.

前回のコラム

探索と知覚学習|さとりは(Sato-Rehabilitation) (note.com)


この論文では,動眼神経麻痺を呈した症例に対する探索活動と知覚-運動学習に焦点を当てたリハビリテーション治療の仮説を生成しています.
ケースレポートのエビデンスレベルは低いとされていますが,現実の臨床場面では対象者の個別性に応じることが重要だと考えています.

M. Sato, A. Shiosaki, Y. Samoto, R. Yoshimura, “An intervention to overcome locomotion difficulties in a patient with oculomotor nerve palsy: a case study,” Asian Journal of Occupational Therapy, vol. 17, no. 1, pp. 79-82, 2021.


https://www.jstage.jst.go.jp/article/asiajot/17/1/17_79/_pdf/-char/ja


背景

脳卒中患者の約60%が視覚障害を経験し,その一つに複視があります.
複視は,眼球運動障害による視線の移動の問題に関連し,日常生活上での移動を困難にします.
眼球運動障害に対するリハビリテーション治療は,反射活動の利用や意識的な運動課題の提示などが報告されていますが,最適な治療法は確立されていません.
本来,私たちが環境世界と相互交流する環境への適応的な行動には,周囲の環境を探索するために視線を動かし,自己の運動と視覚情報が関連付けられている必要があります.
したがって,周囲の環境に働きかける自己の運動と環境の変化を結びつける探索活動は,適応的な行動を促進する可能性はありますが,この可能性はまだ検証されていません.
このレポートでは,複視を誘発する眼球運動障害によって移動(ここでは歩行機能に焦点が当てられています)に困難性を抱える症例に対する探索活動の支援について説明しています.

症例

症例は椎骨動脈閉塞にて動眼神経核領域の脳幹梗塞により,片側の眼瞼下垂と眼球運動障害(上向き内転、内転、上向き外転、下向き外転)の症状がありました.
眼球運動障害が原因とされる複視に関しては,Diplopia Questionnaire(複視質問票)で重度を示していました.
身体の麻痺症状はないのですが,複視によって心身の緊張が絶えず高まり,セルフケア活動や移動における自身の動きが停滞してしまうため,介護者の支援が必要な状態でした.

リハビリテーション治療

作業療法士による治療は2つのフェーズによって,2週間行われました.

フェーズⅠ
・眼瞼下垂に対する徒手的な治療(頭頚部の分離,眼輪筋に関連する自発運動と周囲筋の抑制)
・眼球運動障害に対する前庭動眼反射の促通
・眼球運動の促通(衝動性眼球運動から視覚対象に対する視線の意図的な制御)

フェーズⅡ
・構造物を利用した応用歩行
→ 体性感覚刺激と視覚刺激を整理し,自身の移動に関連付けた探索活動の支援

結果

・上眼瞼挙筋機能による眼瞼下垂の改善
・安静時の複視消失
・移動時の複視は,複視が誘発される眼球運動の方向が限定され,自己調整により複視を解消
・セルフケア活動や歩行による移動は自立し,移動に関連する日常課題を克服しました.

まとめ

脳幹の中脳にある動眼神経核領域の梗塞
→ 障害された眼球運動の方向から下直筋に影響が出ており,加えて片側の眼瞼下垂は動眼神経束の損傷を示唆しています.
その病変の虚血では,遠位の神経線維が脆弱であることから外眼筋に主な損傷を引き起こします.
そのため,リハビリテーション治療ではフェーズⅠで眼瞼下垂と眼球運動障害に対するセラピーを実践しています.

眼瞼下垂の回復は治療法そのものの先行研究はありませんが,
症例の経過から眼輪筋と関連をもつ周囲の筋活動の調整と制御された自発的運動の促進が上眼瞼挙筋機能の回復に関与している可能性を示しました.

眼球運動障害に対するセラピーは,
衝動性眼球運動の実行に関与する中脳上丘の刺激に基づいており,これは視線の動きを支えるのに役立ちます.
また,フェーズⅡでは,体性感覚と視覚の知覚情報で構成される課題遂行より,知覚情報の抽出と運動制御による探索活動を支援しています.
先行研究では,体性感覚と聴覚に基づく知覚情報の構成は,視覚探索の精度を向上させることが知られていますが,このレポートでは体性感覚刺激が症例の移動を方向付け,視覚的探索の精度を促進した可能性が示されました.

移動:ロコモーション

自己の移動を特定する知覚情報は,
身体運動における固有受容感覚をはじめとした体性感覚系,前庭感覚系,動きに伴って環境世界の見え方が変化し続ける視覚系が挙げられます.
これらの情報群はリンクすることによって,自己と環境の変化を知覚することに活かされています.

眼球運動障害による複視は,視覚的な焦点化を困難にし,移動に伴う環境世界,景色の変化を取り込むことに制約をかけ,自己を定位させることに影響を与えます.
したがって,移動に困難性を抱える対象者に対するリハビリテーション治療では,
・知覚情報を収集するための自己のコンディショニング
・移動に有益な知覚情報の抽出を強調した課題遂行による探索活動の支援
これらが有用であるかと考えています.


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