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初めて療育ボランティアに参加したときのこと(過去作成文)

①ボランティア参加のきっかけ

第一に、部活を辞めたことである。
ボランティア参加のきっかけにはたくさんの要因があるが、部活を辞めたことで、体力的、時間的に大きく余裕ができたことと目標を失っていた時期にボランティアに参加するという目標をつくることができたということが最も大きな理由である。

誰にとっても今まで継続して続けてきたことを止めることは転機となるはずだ。
私の場合、水泳選手として毎日を過ごし、水泳中心の生活をしていたため、その中心がなくなったときに大きな空虚感を感じていた。
挫折という形で辞めたこともあり、自身を失っていた。(後に、ボランティアを通じて救われることとなる。)

第二に、以前からボランティアに参加したいと思っていたことがある。
同じ学生の中でも「ボランティアなんて興味ない」「参加したくない」といった声は多い。
私のように「参加したい」というのは少数派意見なのだろうか。

私が参加したいと思った訳には、楽しそうだから、が大きい。
テレビなどでみるボランティア活動では笑顔で活動していた人たちが印象的であり、しかも、その活動が「いい事」ならぜひ参加したいと思ったのである。

第三に、紹介し、参加を勧めてくれた人の存在がある。
この存在がなかったならば、そこまでボランティアを楽しめたかという疑問がある。
しかも私にとって興味のある活動を紹介していただいた。
そのため、すんなりと参加していくことになる。

もしも紹介がなかった場合、参加の意思があっても、活動に参加できない、もしくは、自ら探し交渉しなくてはならない。
こういったことが、ボランティアへの参加のしづらさである。

②実際にボランティアに参加してみて。

実際にボランティアに参加してみて、ボランティア対する意識が変わったことがある。
まずは参加したことで、参加に対する抵抗もなくなってくる。
このことは、ボランティア内部の人と出会うことで、友人としての参加意識もでき、活動内容を把握することで次回の参加の参考になる。
そして、実態を知ることで印象が変わる。

多数のボランティアが参加している場合、私一人としては大して必要とされていないということに気がつく。
それに気がつくことで、ボランティア活動が啓発のために行われているものであったり、人手不足を補うものであったりと本質的な部分を知ることができる。
けれど、ボランティアとして参加している以上、一要員として役割を果たすことが重要だ。
役割を果たすことで、その活動に貢献することはもちろん、役割を与えられたことで責任と自覚を持つこととなる。

無償行為にも関わらず、責任と自覚が与えられることについては抵抗もあるが、その役割があるから貢献することへの喜びが得られる。
結果的に満足感として還ってくるボランティアの醍醐味があると私は考える。
参加するまでは気がつかなかった、一方的ではない相互関係でなりたつボランティアの仕組みがあった。

③障害児とのかかわりの中で。

 「はじめまして、Aくんとの出会い」
Aくんと会う前に、集合場所にはたくさんの人が集まった。ボランティアスタッフと、児童と保護者(主に母親)、キャンプスタッフなど。そこでボランティアスタッフは、担当児童が決められ、保護者から児童の様子、注意することなどを伺う。
集合の声がかかるまでの間、私や他のスタッフに話しかける児童がいた(Bくん)。Bくんは「出身どこ?」「はい、そうですね!」のような言葉を延々くりかえす。これに対して、スタッフたちは「○○ですよ」「そうだね」のような答えを繰り返す。自閉症の特徴に同じ言葉を繰り返す、人の言った言葉をオウム返しするといったものがある。私は、そのときの児童にとって何度も同じことを言うことは挨拶代わり、楽しい会話のひとつだと後で気がつくことになる。
 私は、Bくんの「出身どこ?」の質問に「○○ですよ、あなたは?」と聞いてみた。するとBくんは、「あなたは?」の質問に困ったような顔をしてするするとどこかへ行ってしまった。Bくんはまた違う場所でも、他のスタッフに対して「出身どこ?」と質問して嬉しそうにしていた。「出身どこ?」の質問には「山梨県!」の答えがお気に入りのようだ。「山梨県♪山梨県♪」と何度も繰り返す。「出身どこ?」、「○○だよ。」のみの会話しか成立しなかった。日常会話では普段、コミュニケーションの一つとして相手の話を聞くなどを積極的に行う。しかし、Bくんの場合、相手の素性を自分の中に取り込み会話を成立させるということはしないようだ。
また、「出身どこ?」、「○○だよ。」の会話が一つの型であり、私の発した「あなたは?」という言葉は型外れということになる。しかも、述語がなかったために何を答えればよいのかわからない、もしくは、Bくんにとってどうでもいい、答えたくないなどとなっていたかもしれない。これも、自閉症の、言葉の使い方がわからないという特徴に当てはまる。その時、私が「あなたの出身地はどこですか?」のように主語と述語のはっきりとした文章を発したならば、もう一つの会話の型としてBくんは答えてくれたのかもしれない。または、それさえもBくんにとっては答えるに当たらない、型外れの発言であるかもしれない。強いこだわりでBくんの会話パターンが出来ていた。こだわりを持つことも自閉症の特徴とされている。
 私は、そのときキャンプスタッフの方に、「子どもたちは同じ言葉を繰り返すのを楽しんでいるんだよ、上手に付き合ってあげてね。」と教わった。
 確かに、その後、バスの中では、同じ歌を何度も歌うBくんが楽しそうであった。

Aくんは、私が担当となり行動をともにすることとなった。Aくんの特徴は、言葉を話さない、ときどき奇声(奇妙な声。変な声。)をあげる(この行動は一般にパニックと呼ばれる)、徘徊するなどが主である。顔見知りのスタッフからは、「Aくん、Aくん!」と声をかけられ少し照れたような笑顔を返す、ちょっとした人気者であった。
私にとっては、障害児といわれる子どもと接するのはほぼ初めてのことで最初はどうすればいいのかわからない状況から始まったが、周りのスタッフを見習うことにした。キャンプ中は、あらかじめ決められたスケジュールに従い行動をする。子どもたちも、「バスに乗る」「部屋に入る」「ご飯をたべる」などのカードを示しながら、スケジュールをだいたい理解していた。カードや絵を見せることで、なかなか印象を掴みにくい子どもたちに情景を具体的に示すことができる。中でも、「アイスを食べる」「川で遊ぶ」などの楽しみを楽しい時間と理解しその時間を大きな目標にして過ごす。
Aくんは、私と手をつないで歩いてくれる。たまに、ぱっと手を離したかと思うと一人で遠くへ歩き出してしまう、パニックと思われる奇声をあげるなどがあった。周囲にとっては、集団行動のなかで単独行動をすることは「危ない、元の場所にもどる」や、奇声は「うるさい、静かに」といった心情になると思う。しかし、わたしはAくんの徘徊は「興味があるから行ってみたい」または「飽きたから違うところに行く」といった意味があると感じ、Aくんにできるだけ付き合うことにした。奇声については、嬉しいときの表現か思い通りにいかないときの表現であると感じできるだけその感情を読み取れるようにしたかった。
実際には、周囲の行動にあわせなければいけない状況のなかで、私は周囲に合わせるよう計らい、Aくんの思い通りにはいかない事が多かったと思われる。
そこで考えられることは、Aくんのように集団から外れた行為や奇声が周囲に与える影響はどのようなことがあるのか、Aくんの行動はいったい何が問題なのかである。

問題と捉えた訳は、自閉症の特徴に「対人関係が結びにくい」「コミュニケーションがうまくとれない」「強いこだわりをもつ」などがあり、それらがなぜ彼らを障害児として療育(障害をもつ子どもが社会的に自立することを目的として行われる医療と保育)の対象となるのかを検討したいからである。

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