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【ファッション交流記】日本漢服社の端午祭祀で中国の端午節体験

こんにちは、宮寺理美です。
先日、中国出身のお友達に誘っていただいて、
日本漢服社さんの端午節のイベントに参加させていただきました。

現代の日本では端午の節句は「こどもの日」として浸透しています。
中国とは文化風習が異なっていて、
源流は同じはずなのにどうしてこうも違うのか…と思うほどでした。
今回は、日本漢服社さんのイベントを紹介させていただこうと思います。

掲載した写真は、事前に許可をいただき、
日本漢服社さんの微博アカウントから転載させていただきました。


日本では端午の節句は、すっかり「こどもの日」として浸透していますが、
中国での色々なイベント・催しは、屈原という人物の追悼祭の意味合いがあります。

屈原は楚の時代の人物で、政治家・詩人としてもよく知られています。
民に大変慕われた人物としても知られています。
しかし、仕えていた王が代替わりした際、政策の方針が理由で追放の憂き目に遭い、
時世を憂いて悩み苦しみ、その末に川に投身自殺したと伝えられています。
一説によると、彼を慕う民が「魚が屈原を食べてしまわないように(きちんと埋葬したい)」からと、
粽を川に投げ入れたと言われているのだそうです。

粽は水神である龍への捧げ物でもあり、
水神への信仰と屈原の伝説が合体した形で受け継がれているケースが多いみたいです。
よく端午節のイベントとして紹介される龍舟競争は、龍を象った舟を猛スピードで漕いでレースをしますが、
川に溺れた屈原を探したことが由来しているのだとか。

また、邪気払いの風習もあるそうで、
部屋を清掃してから、庭などに蒿や菖蒲を飾ったり、
お風呂を菖蒲湯にする習慣などもあるのだそうです。
これは日本の風習だと「薬玉」に当たりますね。



会の進行は屈原へ供物を捧げるところからスタートします。
供物が捧げ終わったところで、朗読や楽器の演奏が始まります。


今回の式典のドレスコードは「宋」だったので、
進行を担当する出演者たちは皆さま宋の時代の漢服を着ています。
顔に真珠を着けているのも宋の時代に流行したメイクです。
参列者は漢服であれば自由でOKな感じだったのですが、
やっぱり宋の時代を再現した漢服を着ている人が多かったですね。
宋の時代の漢服は通気性が良いデザインなので、
季節にも合っていて快適です。

皆さんとっても華やかでステキ…

会は信仰するほど和やかなムードに。
途中で「妹妹~~」と中国語で話しかけられたり、
これからみんなで歌うよ~と歌詞カードをいただいたり、笑


漢服愛好者の間では定番ソングなんだとか。
もちろん知らない上に、私の中国語は2歳レベルなので、
「いやいやいやスパルタすぎるでしょ…!!!」
って思いました。
愛の鞭ってことにしておきましょう。笑


今回は私も漢服で参加してみました。
漢服はメイクやヘアセットが大変…!

この漢服は中国でもすごく人気だったブランドの物なのですが、
残念ながら現在はブランドが無くなっちゃったんです…
でも、会場で同じ漢服を着ている方がいて
「お揃いー!!!」って盛り上がりました。
私は日本語で彼女は中国語で何かを言っていたのですが、
聞き取れないけど何言ってるか分かる、言語を超えた瞬間でした。笑


参加者のみんなで記念撮影。
夏物の漢服は透け感のある生地を使用しているものが多く、
刺繍なども夏のモチーフ。
参加者の皆さんの漢服を眺めているだけでも華やいだ気持ちになりました。

日本漢服社の行事は、参加者の多くは仕事関係で来日していたり、
留学で日本に滞在する人が中心です。
着物に興味を持っている方も多くて、色々お話できてとても楽しかったです。


友達のナナちゃんとツーショット。
進行と撮影、ダブルで担当していました。本当にお疲れ様!