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【擬・退職日記】それからは阿部亮平のことばかり考えて暮らした


 小さい頃から、自分は将来絶対就活に失敗すると思っていた。

 不器用な方ではなかったと思う。
 大抵のことはさっさとこなせるタイプだったし、小心者で事なかれ主義だったからコミュニティをお騒がせするようなこともなく、成績も国語以外に得意科目はなかったけれどどれをとっても悪くはなかったし、人付き合いもそこそこ円滑にやっていた。体育のハンドボール投げだけが引くほど下手だったけれど、「ハンドボール投げが引くほど下手である」という特性を踏まえたユーモアを獲得して上手いことやっていたので、特に問題はなかった。
 何事もそつなくこなすことに長けていた。そつなくこなすことだけに長けていたから、そつなくこなせないことが大嫌いだった。絶対就活に失敗すると思っていた。

 で、案の定上手くいかなかった。

 何がどう上手くいかなかったかについては深く言及しないけれど、とにかく色々上手くいかなかった。色々色々色々色々色々ミスり散らかした果てに満身創痍で辿り着いた会社が、普通にブラック企業だった。あんまりだ! こんなのってない! 面接でハンドボール投げを見せる機会がなかったばっかりに!


 ところで私は、Snow Manの阿部亮平さんが好きだ。


 もし自分が就職活動を始めるより先に阿部さんのファンになっていたとしたら、ここで選んだ未来は今とはかなり違うものになっていたかもしれないと思う。
 なぜなら私は阿部亮平さんというアイドルを人生の灯台にして直下で光を浴びに浴び、ありとあらゆる影響を受けまくっているからだ。ここにおいて「灯台もと暗し」とかない、阿部さんの丁寧でしなやかな生き様と清くまばゆい笑顔から放たれる光はいついかなる場所にも寸分たりとも翳りを成さない。178mの真下でも真昼のようにぴかぴか明るい。

 とはいえ残念ながら当時私の観測範囲には全くもって灯台がなかったので、そのままブラック企業に入社し暗闇の中で働き続けて順当に心身を病むことになる。支えになっていた他の趣味のことや私生活のこと、人生を構築する様々な物事が何故か同時にガタついていたこともあって、あっけなく全部が嫌になっていった。
 こんなにしんどい思いをしながら生きて何になるんだろう。100年後には全員死んでるのに何やってるんだこれ。頑張る必要なくないか。これまでの人生で十分楽しかったし今後やりたいこともないし実を言うとずっとずっとしんどかったし、もう全部やめればよくない?

 全部やめようと思った。スマホの中身を整理した。私物の整理もちょっとした。勇気だけがなかった。


 そんなときに地元の友人から「おそ松さんの実写版興味ない?」と声をかけられたのが転機だった。

 その辺りのSnow Man沼落ち記録というか心の移ろいは別の記事に書いてあるのだけれど、とにかく““急””だったな〜と自分でも思う。通勤電車の中で「HELLO HELLO」のMVを観て、ちょっと! ヤバい! なんか可愛すぎる人いる! と思って思わずスクショを撮った。スマホを整理した甲斐があったと思った。気づいたら会社の最寄り駅に着いていた。


 そういうわけで瞬く間にSnow Manのことを好きになり人生とか生きる意味とか100年後のこととかを考えている暇が一切なくなり、目の前のSnow Manのことばかりを、阿部亮平さんのことばかりを考えて過ごすようになった。

 今思い返してもニコニコ笑顔になってしまうくらい、この頃の楽しさといったら本当に凄かった。たとえば定時後に会議資料数本の作成(締切:当日中)を頼まれても、週末になればSnow Manのえげつないパフォーマンスや愉快にはしゃぐ様子が見られるのだと思うと、一足飛びでゴキゲンになれた。なんなら仕事で憂き目に遭う方がかえって純度の高い清々しさを手に入れられるような感覚さえあったのだ。

 ちなみにこの時期に会社からの帰り道でよく聴いていたのは「My Sweet Girl」だ。キラキラして希望に満ちた爽やかな歌詞でありながら、どこか切なくなるほど愛しい気持ちにさせられるところが好きだった。街路樹を飾るイルミネーションの光を数えながら夜道で何回も泣いた(弊地域では会社帰りの成人女性が道でボロボロ泣いていても誰も気にしない)。
 鮮明で鮮烈で、あまりにも輝いていた日々だった。

ほら どうしようもなく冷たい夜ほど
星空は鮮やかに 瞬いて
闇を溶かして 明日へ誘う 
時間は止まることなく 流れる

Snow Man「My Sweet Girl」


 この時点でもうかなり闇を溶かして明日にいざなわれているわけだけれど、お察しの通り労働環境については何も解決していない。22時に会社を出て23時に家に着いて気絶しながら夕飯と入浴を済ませ自宅で午前3時まで仕事をして就寝(気絶)してまた8時半に出社する感じの、意味不明なサイクルの生活に変化はなかった。
※上記は労働スケジュールの一例です

 ただ大きな変化として、心に余裕ができた。物事を冷静に俯瞰で考える余裕だ。
 私はつい物事を0か100かで考えてしまうクセがあるので、働いているうちにその思考が悪化して「上手くできないのならやる意味がない」「何もやれないのなら存在している資格がない」みたいなスーパーウルトラ極論思考回路になってしまっていたらしい。アホである。自分を買い被りすぎている。
 灯台の阿部さんが躊躇なく泥水を啜っているのに、灯台じゃない私が泥水を避ける理由なんてどこにある?
 ていうかよく考えたら学生時代だって英語は一番下のクラスだったし数学で20点とか取ってたし、全然そつなくこなせてなんかなかった。嘘乙。ひねくれオタク特有の厄介誇張表現をやめろ。


 この頃から私は完全に仕事がどうでも良くなっていた。こういう言い方をすると色々語弊がありそうだけど、やっぱり「頑張れないのなら生きている資格がない」みたいな強迫観念が剥がれていったからか、どないやねんと思いながら働くことに抵抗がなくなった。誠意もやりがいも大概だ。おかしいぜ、この会社。そう思いながら日夜半目で働いていた。

 あと普通に体調を崩したので、勤務形態が在宅ワークメインに変わった。これは割と大きめの転機だった。上司と取引先の双方からあまりにも理不尽な注文を受けても、イヤホンで爆音Infighterを聴くことで莫大なストレスをなんとか受け流すことができるようになったからだ。私が在宅勤務で令和のキーボードクラッシャーにならずに済んだのは確実に爆音Infighterのおかげだったと思う。ありがとうInfighter、ありがとうSnow Man。


 転機と言えば(強引転換)、私が阿部担になったのは私の生涯においてもかなり異質で、突然変異的に発生した大きな転機だった気がする。
※大変恐縮ですがここから話題が大きく逸れます


 小さい頃初めて好きになった同事務所のアイドルは松本潤さんだったし、二次元のキャラクターでも、特に男性キャラに限って言えば好きになるのはツリ目・ツンデレ・天邪鬼みたいな方向性に偏っていた。あとなんかワイルド&セクシーにスウィートを少々みたいな、基本かっこよくて自我がはっきりしてるんだけどその中にあるとびきり柔らかい部分や寂しい部分が夜空の星のように光り輝くみたいなキャラが好きだった。言ってることわかりますか? わかりますね。私は今セクシーなツンデレの話をしています
 とにかく、私のその趣味嗜好を知っている友人に「私は今阿部亮平さんのファンをしています」と言うと1000%驚かれるくらい、私は公然のセクシーツンデレ好きだった。別に阿部さんのセクシーツンデレ性を真っ向から否定しているわけではないが、セクシーもツンデレも少なくとも「Snow Manの阿部亮平」と聞いて一般的に浮かぶパブリックイメージからはかなり遠い要素ではないだろうか。

 でも、阿部さんを好きになった。圧倒的に好きになった。


 社会に出ると、想像していたより遥かに多く不機嫌な人がいる。不機嫌な人もいるし、なんかずっと好戦的な人もいる。
 過度なストレスに社会性をひっぺがされて心臓が剥き出しになっている人と、同じく剥き出しの心臓で対峙しなければならなかったりする。

 だからこそ、花が咲くように明るく優しい阿部さんの笑顔に私は心底惹かれたのだと思う。笑顔は人を安心させると言うけれど、私の剥き出しの心臓は阿部さんの笑顔にいつだって抱きとめられてあやされていた。出勤してから夜に帰宅するまで挨拶以外は一言も言葉を発する余裕がないくらい仕事に追われていた日も、一日の対人コミュニケーションが【舌打ちをされる】【靴を踏まれる】くらいしかなかった日も、最後に阿部さんの笑顔を見れば安心して眠りにつくことが出来た。

 そして、そんなふうにいつだって曇りない完璧な笑顔を我々に向けてくれる阿部さんは、きっと物凄く強い人なのだろうだと思った。いや、少なくとも〈とても強くあろうとする人〉だと思った。当然だ。灯る光がたとえどれだけ優しい色でも、やわくゆるんだ泥濘の上に灯台は建てられないのだ。


 阿部さんは強くてかっこいいアイドルである。
 だから私も、強くてかっこいい人間でありたい。

 そんなこんなで、私はすっかり退職の意思を固める段に及んでいた。
 というか、具体的には実際に辞めた日の1年くらい前から「絶対に辞めたいです」という旨の届け出は上にあげていた。けれどびっくりするくらい辞められなかった。上司3人くらいから拒否された。拒否ってなんだ。なんだこの会社! 辞めたいっつってんだろ!
 まあ引き継ぎをする方にもされる方にもまったくもって時間が無いし、ただでさえ全員業務過多なのに案件担当者の振り直しなんて出来る余裕ないし、辞められないのも当然といえば当然なのだ。でも絶対に辞めたかったから色々色々色々色々色々色々頑張ってなんとかした。なんとかしてる最中になぜか担当案件を増やされそうになったときもあったが、さすがにきっちりお断りした。だから辞めたいっつってんだろ!!!!!!!!!!

 ギリギリ頑張って休職か……退職か……みたいなところまで話を進め、どないやねん!!!!!!!! ;;;;;;と半泣きになりながら自宅PCで作りかけの引き継ぎ資料をシバキ回していたある日。
 ふと、阿部さんのアクリルスタンドと目が合った。

 私はそのとき、「あ、私って阿部亮平さんのファンなんだ」と初めて気がついたような気持ちになった。
 ファンか。そうか。確かにファンだな。

 それで言うと、いったい私はどのタイミングで阿部さんのファンになったんだろう?
 初めてCDを買ったとき? 出演番組を録画予約したとき? 友人に好きなアイドルとして紹介したとき? FCに入ったとき? ファンレターを送ったとき?

 朝、駅のホームでもう一歩も前に進めなくなったときに阿部さんの笑顔が思い浮かんでどうしても死にたくなくなって反対側の電車に飛び乗ってその足で動物園に行った日の私は、既に阿部さんのファンだったのだろうか?


 結局私は最終出勤日、当日まで休職なのか退職なのか確定させてもらえない意味不明かつ絶望的な状況で出社していた。絶対に辞めてやるんだからな~~~!!!!!! と思いつつ普通に不安でいっぱいだったのだが、最終的に上司の間ですれ違いコントみたいな同時進行勘違いが発生して、よくわからないけど当日を持って無事退職できることになった。えっラッキー♪

 ラッキー♪ ではない。


 退職した実感、ゼロである。



 あれ? 今の何だったの? 夢?もしかして私が就活に失敗したのもブラック企業に入ってしまったのも自律神経ブチ壊したのも、全部全部長い夢だった?(阿部さんというアイドルに出会ったことだけは夢にしないでほしい

 同僚や先輩に対して個人的な挨拶はしていたけれど、全体に向けて正式に退職の挨拶をする暇もなかった。夜にお疲れ様ですとありがとうございましただけ伝えた。お疲れ様ですとありがとうございましただけ返してくれた。

 帰り道、儀式みたいな気持ちでMy Sweet Girlを聴いた。阿部さんの声が好きだと思った。阿部さんの歌い方が好きだと思った。歌声に愛情を乗せるのが上手な阿部亮平さんのことが大好きだと思った。
 マジでめちゃくちゃしんどかったなと思って、えー私めちゃくちゃ頑張ったじゃんと思って、ちょっとだけ泣いた。イルミネーションが綺麗だった。



 仕事を辞めてからも人生は続く。

 人生をそつなくこなすことに囚われていた私は「仕事って辞めたらヤバいことになるっぽい」みたいな意識にも囚われていたのだけど、実際辞めてみたら意外とあんまりヤバくなかった。それはまあヤバくならないように色々と準備していたから当然といえば当然のことなんだけど、視野激狭陰鬱人間だった私がこの撤退に絶望を伴わなかったのは、私の人生の伴走に阿部さんの存在があったからだ。

 阿部さんはよく「アイドルってヒーローみたいな存在だと思う」と言っていた。その言葉の通り、私は阿部さんのことをヒーローだと思っている。

 私が経験したそれらとは比べ物にならないほどたくさんの苦悩や繁忙や煩悶を抱えながら、一片の翳りもない笑顔を私達に見せてくれる人。
 その根性も愛情も、サービス精神が旺盛すぎて引っ込みがつかなくなりがちなところも、仕事で感じた嬉しかったことや楽しかったことを逐一丁寧な言葉で報告してくれるところも、いつだって律儀過ぎるくらいにファンの気持ちを慮ろうとしてくれるところも、狂おしいくらいその全部が大好きで、どうしようもなくその全部に救われている。ままならない日々の中で、彼の存在がこの道幅いっぱいに降りしきる光になっている。

 それに実を言うと、阿部さんの好きなところなんてまだひとつも知らなかったあの日から、まぶしい笑顔を初めて見つけたあの瞬間から、彼はとっくにヒーローだったのだ。そのことに平凡な小市民たる私は気づかない。好きな人の正体、知られざる素顔、とってもベタな英雄譚!
 だけど私は、あのとき絶対に離したくないと思ったヒーローの手の温度だけを、初恋の日のように覚えている。


 そういうわけなので、そりゃあせっかく助けてもらった命と生活を丁寧に扱っていきたい気持ちは大いにあるのだけれど、まあたまには……月1……月3……いや週に1日くらいは……ヒーローのことだけを考えて生活を放り出す日があったっていいだろう。だめ? いいですよね?


 ……多忙なヒーローからはちょっとまだ返事が来ないので、一旦いいということにする。

 窓の外でセミが鳴いている。
 エアコンが苦しそうに唸っている。
 私はMy Sweet Girlを聴きながら、阿部さんがにっこり笑ったときの目尻の形について考えている。


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