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Amalfi アマルフィ


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TLDR:もうこんなDowner shit二度と遊ぶまいと誓ったはずが、やっぱり駄目だった。

もうこんなDowner shit 二度と焚くまいと誓った筈がやっぱ好きやねん
もうこんな下げマンbitch二度と抱くまいと誓った筈がやっぱ好きやねん
もうこんな下品な場に顔出すまいと誓った筈がやっぱ好きやねん
i'm ヤングたかじん 尊い魂 おととい来い子供騙し

デザイナーズノートまで書かれているゲームなので、作者はこちらを向いていないのだと言われれば、それまでだが…これが120分(90分)のゲームを志向して作られ、何年も何回もテストプレイされて作られたとしたら少し怖いので、初回プレイの直後であるが感想を書き綴っておく。

1、弛緩したゲーム展開
このゲームは4ラウンドしかないゲームで、ワーカーを動かして資源を獲得し、資源を他の目標(人物、海図、契約カード等)に変換していくのが主な動きである。
今回、初プレイ3人と経験者1人でプレイしたところ海図カードと人物カードは3ラウンド目で全て売り切れ、4ラウンド目終了時には全員が全ての船を造船し、植民地コマも全員が全て使い切った。
4ラウンド目は心底面白くなかった、リソースを獲得し、取れる契約カードを取れるだけ取る。全員が同じように行動していた。4ラウンド目の得点は(植民地+船コマ)*2点だったため、みんな同じ点であった。(ラウンドごとの得点は5種類しか入っていないので、4ラウンド目にこのカードが来る確率はそこそこだということを申し添える)
こんなセッションがある時点で良いゲームではないだろう。ゲームが全体的にネジが緩みすぎている。これがテストプレイされたゲームなのだろうか。

アクションスペースに置くコマと資源を数えるのに使うコマが同じで、それをマネジメントさせるシステムは、”それ自体”は魅力的なものとは思えなかった。自分のコマを1(アクション実行)とX(資源として置くコマ)に分けることさえ覚えてしまえば、何ができてなにができないのかは一目瞭然。最初はいろいろな制限があるように感じたが、ワーカーが増えていくにつれ、楽しくなくなっていくようにできていた。

ラウンドの終了条件も全てのプレイヤーがパスしたときであり、特にワーカーを早く使い切る意味もあたえられていない。与えられたワーカーを計画したとおりに資源とワーカーの往復をさせていくことを繰り返す。ラウンド2くらいからは、これの繰り返しでありゲームのリズムはずっと同じように感じられた。

2、人物カード・海図カード
このゲームはユーロサイジングされたゲームである。そのために用意された効果群ではコンボもなにもない。そもそもユーロゲームメンタルにおけるコンボとはシナジー止まりであり、面白いものは少ない。
例えば、海図を取りやすくするカードと海図を取ると得点になるカードの相性がいいのは当然であり、これは創造性を発揮する必要はない。そういったなにか予想を裏切って面白い・興味深い動きをするカードはないように思えた。
コンボがあるとして、最後に得点のエンジンを回させてくれることもなく、カードの獲得に終止するというのも興を削ぐものだと感じた。

3、プレイヤーインタラクション
海図カードが自分専用のアクションスペースとして提供されるため、ゲームが進むたびどんどん邪魔されず計画できることが増える。これによって、ワーカープレイスメントにおける早取りの面白さも、ラウンドを追うごとになくなっていく。
海図カードは取り合いなのだが、資源持ち越し禁止でスタートプレイヤーも持ち回り制のため、どのカードを取ることができるのかは自明である。

「あいつは青を出したからAを取る、あいつは緑を出したからBを、俺はCかDだな、じゃあ、このアクションからか…」この思考は答え合わせであり、判断は一切していない。

効果も資源への変換が主のため、どれが特に欲しいとなることもなかった。(ある資源を海図で出せるようになれば、そのプレイヤーはその資源を中央から取りに来なくなるので、取られても結局その資源を出せなくなるみたいな縛りとはなっていない)

契約カードは基本的にコストが高いために、誰が何を取れるかは自明で早取りの楽しさを提供するために十分だとは思えなかった。また、効果もおまけ程度のため、このカードが出たから軌道修正しようみたいなことも起きづらいと思う。

「ハードなインタラクションがない」のではなく、インタラクションがない(ほぼなくなる)と言ってよい作品になっていると思う。

4、総合して何が起きるのか
ワーカー増やして、カード取って、得点計算して終わり。何かをマネジメントした・上手くやったという気もしない。誰がなにをうまくやったのかも知ろうと思わなかった。作者のブログに書いてあった〇〇ビルドみたいなものも同様である。

4ラウンド通して、どんどん薄味になるゲームだと思った。(大味ではない) 

ワーカーがリソース管理と共通というシステムも、ワーカーをみんな増やして縛りを薄める。ワーカープレイスメントの早どりも個人のプレイスの増加により縛りを薄める。特殊能力カード(人物)は獲得の機会も少なく、配られた手札で事前の見立て通りにやっていく。あと、食糧という概念は必要でしたか?と思うくらいに機能していない。(ワーカーを何か資源に変えると5-6食糧となるし、植民地という定期収入も増やせるため、すぐに十分に賄えるようになってしまう)

じゃあ、あなたはどうすればいいと思ってるんですか?建設的な議論をしましょう!と言われると思うのだが、こんなにもすべての機能をネジゆるゆるに調整したゲームだと、プレイヤーの側からどこを直せば良くなるといえないものになってしまっている。逆に何をやりたかったのか、もう一度作者の方で検討してほしい、これで出版にゴーサインが出ていることこそが迷走のままゴールした証ではないだろうか。

元ネタを遊びやすくしようとした結果、これで遊ぼうという魅力に著しく欠けてしまっているものになった。完成を目指して完成した作品に見えてしまう。(のだが、デザイナーズノートを見るとそんなことはないのだ、どういうことなんだろう)

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