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どこまでも続く白砂と透明な海とピンクの猫 〈波照間島〉

(2021年8月)

日本最南端の有人島、波照間島を訪れた。ロタ島のような白砂と透明な海が広がるという噂のこの島のベストシーズンは夏。石垣繋がりダイビング友だち、AさんとIさんに以前から声をかけてもらって温めていた企画が、とある夏の日に実現した。バラバラに現地集合して、大人の夏休みが始まった。

事前にいくつか波照間にまつわる話を聞いていた私は、耳波照間年増になっていた。今回はそれらの検証をしに行った、と言っても過言ではない。大きくは、この3つだ。
 ①高速船
 ②ショップと海
 ③星空


検証1:高速船の揺れはひどいが、素晴らしい特別席があるらしい

塩対応からはじまる旅

波照間行きの高速船は、1日3本、石垣港の離島ターミナルから出ている。事前にホームページから予約をしておくといいと聞き、早々に予約は完了していた。ちなみに先日ホームページがリニューアルされ、現在は決済までできるようになっている。いずれにせよAさんとIさんが「Jクラス」と呼んでいる素晴らしい特別席はネットでは予約することはできず、当日カウンターで申し込むものらしい。

当日は出航1時間前の朝7時にターミナルに到着した。安栄観光のカウンターには妙齢の女性がものすごくでんと座っていて、恐る恐る近づくと、真顔で「はい、なんですか?」と言われた。おーりとーり感ゼロである。それでも私は「恐れ入ります、8時の便で予約をしているのですが…」とかなり低姿勢で対応した。なぜなら噂の「Jクラス」のエアコンが壊れていて乗れないかもしれないと、先に波照間入りしていたAさんからの情報が入ったからだ。少しでも心証を良くすれば活路が開けるのではないかという浅知恵である。「あのー、1,000円で少しいい席に乗れると聞いたのですが…」と切り出すと、「スーパーシートですか?今日は販売中止です」とバッサリ。なるほど、Jクラスの正式名称はスーパーシートというらしい。「…やっぱりエアコンですか?」と聞くと、「ええ、まあ」というような回答で、完全なる塩対応であった。仕方ない。早々に諦め、屋外のベンチで1時間近く、ぼんやりと具志堅用高像を眺めながら潮風に吹かれて過ごした。念のため乗船の際に1,000円をチラつかせつつ船員さんにも聞いてみたが、こちらは申し訳なさそうに断られた。どうやら行きの便でJクラスの検証はできそうにない…。

揺れの検証

もうひとつ検証すべきことがある。この波照間行きの高速船は、日本ゲロ船ランキングにはつねに上位に入るゲロ船、つまり船酔いホイホイなよく揺れ航路らしいのだ。揺れすぎてシートベルトで骨折した人もいたとかいないとか。私は船酔いはしない方だが、それでもそんな前評判に不安を感じ、ボートダイビングに欠かせない最強酔い止め薬アネロンを朝イチで飲んでいた。乗り込んだのは大型の「ぱいじま2」。さて、どのぐらい揺れるのか。1階席に座るからにはとにかく早く降りられるようにと中央列の一番後ろに陣取ると、寒さ対策の靴下を履き、パーカーを着込んで準備した。

出港。ダイビングで乗るような小型船の、波の上をピョンピョンピョン跳ねる感じの揺れではなく、スローモーションで上下しながらたまににゅるんと横揺れする、大型船ならではの揺れである。w/アネロンな私的には心地いいぐらいの揺れだが、それでも客船としてはなかなかの揺れのようで、そこらじゅうを真っ白な顔をした人々が徘徊していた。あとあと知ったところでは、私が選んだのは船の中で最も揺れない席であったらしい。船酔い族には申し訳ないことをした。ゾンビ映画のような光景を見ながらうとうとしていると、2時間弱で波照間に到着した。

念願のJクラス

復路では念願の「Jクラス」に乗ることができた。帰りは3人一緒だったため、「なんなら2,000円チラつかせてみようか」とか「3人がかりで役割分担をしてゴネてみようか」とか色々と策を練っていたのたが、切り込みゴネ役のはずのIさんが超低姿勢で「あのー、スーパーシートは今日は…」と尋ねると、「何枚ですか?」と、いとも簡単に返された。あっさりと念願が叶った瞬間であった。立入禁止のチェーンを外してもらい、特別感満載で2階席へ上がる。シートは広くてふかふかで、人も少ないのでリクライニングもし放題。帰りの2時間はまさにJクラス、いやANAマイラー的にはプレミアムクラスな時間であった。


検証2:ツンデレ系ショップ×飛べる海

噂のショップ

今回の旅に際しては、石垣マスターであり、波照間にも何度も訪れている八重山通のAさんに色々と教えてもらった。というか、ほぼおんぶに抱っこでアレンジしてもらった。Aさん行きつけのダイビングショップは無口なオーナーさんと厳しめな女性ガイドさんが営んでいるらしいのだが、AさんとIさんは以前から何度もこのショップでの思い出話を楽しそうに話していた。もちろん海の素晴らしさとともに語られるのだが、「一見さんにはひとまず公平に厳しい」とか「慣れれば優しい一面も垣間見られる」とか「あんまりガイドはされない」とか「最後は放し飼い」とか、それってどんな感じ?と気になって仕方なかった。しかしいざ明日その体験する、となると、一見さんの身としてはにわかに緊張が高まった。どのぐらい高まったかというと、午前3時に目が覚めてそこから一睡もできないという程度に高まった。

噂のオーナーさん

ついに当日。ぱいじま2を降りると、噂のオーナーさんが迎えにきてくれていた。サングラスと焼けた肌は島の男そのもので、一見いかつくそりゃ無口だろうなという雰囲気だ。ものの1分で船上のAさんに合流すると、女性ガイドさんはお休みで、オーナーさんがガイドしてくれるらしいという、耳寄りなんだか残念なんだか判断の難しい情報がもたらされた。少し慣れてくると、オーナーさんは人見知り感を残しつつも、話しかけると意外とソフトな口調で答えてくれるようになった。ちょっとはにかむ感じがむしろかわいい。「まるで会社説明会」と聞いていたブリーフィング(ダイビング前に行われるこれから潜るポイントについての説明)では、とても丁寧に「この海の楽しみ方は…」と長尺で教えてくれた。おやおやおや?優しいではないか。「最後はだらだらします」「ダイブタイムは飽きるまでです」とゆるーく締め括られると、いよいよエントリーだ。

噂の海

3日間のダイビングでは、雨が降ることもあり台風の影響も残ってはいたものの、幸いなことに概ね晴天で海況にはそこそこ恵まれた。エントリーすると、真っ白な砂とどこまでも透明なブルーにやられた。海面がキラキラと映り込む白砂は美しく、そこにくっきり投影された自分の影を見ながら泳ぐとまさに海を飛んでいる気分で、ただそれだけでひたすら幸せだった。…だったのだが、オーナーさんはそんな雄大な海で、ものすごく小さくて透明なカクレエビとか、砂の上のゴミのようなヒョウモンツバメガイなんかを一生懸命紹介してくれる。その姿があまりにピュアだったので、ときどきマクロにお付き合いしながら、ゆったりと浮遊感を楽しんだ。

ついでに言うと、帰りに会った女性ガイドさんは夕食にとカツオのタタキを差し入れてくれた。美味しくいただいた。結果、ツンなところをひとつも見ないまま、ただ優しくしてもらった形である。



検証3:星空はすごいが、星空ツアーは…

星空をあまり見ない星空ツアー

南十字星が見える島として有名な波照間島。星空がすごそうな気配はムンムンで、宿にはオプショナルの星空ツアーのチラシが貼られていたりする。しかしAさんとIさんからは「星空ツアーは勧めない」という空気がが漏れ漂ってくる。よくよく聞いてみると、「最南端の碑がある南海岸まで連れて行かれて、星空もそこそこにライトアートの映え写真を撮らされる」のだそうだ。映えより星が見たい身としては、確かにそれは惹かれない。しかもツアー参加者全員分を撮り終わるまで帰ることもできず、Iさん曰く「まぶたのシャッターが閉じそうだった」そうだ。それはますます気が進まない。そんなわけでツアーは早々にスルーし、近場で星空を楽しむことにした。

アスファルトの温かさを感じた夜

そして、夜が来る。試しに宿を一歩出てみると、それだけでものすごい数の星が見えた。唖然として、宵闇を暗い方へ暗い方へと行ってみる。いかんせん暗くてよく分からないのだが、宿の裏側あたりのやや開けた場所が穴場であった。ものすごい量の星に、天の川まで見える。素晴らしい場所を見つけたと、1日目はAさんと2人、2日目はIさんも一緒に3人で夕食後に星空を見上げた。どうやら完全な路上だったのだが車が通る気配もなく、何なら寝転がったりした。あったかい。アスファルトってあったかいんだ、地球って生きてるんだ、と感じた。Iさんは「星空を見ていると地球って丸いなぁって思う」と、繰り返しつぶやいていた。アメイジング・グレイスやジュピターみたいなエモーショナルソングを流しながら、たっぷり星空を楽しんだ。40代の3人だったが、まるで青春の1ページのようだった。


番外編:ピンクの猫

2日目、3日目のダイビングは、ピンクの猫とご一緒した。正確には人間の女の子のダイバーなのだが、真っピンクのウエットスーツにピンクのフィンを履き、猫耳が付いたこれまた真っピンクのフードを被っているのだ。そのいでたちを一目見て変わり者の匂いを感じた。そして一緒に海に入ると、それは確信に変わった。とにもかくにも、まぁ、付いてこないのだ。数名でダイビングをする際には、言うまでもなく集団行動が基本だ。もちろん心奪われる被写体がいて夢中になってしまうことはままあるのだが、それでも置いていかれないよう注意を払う。置いていかれそうになったら焦るし、気付かずガイドさんにチリンチリンとベルを鳴らされると、迷惑をかけたかなと申し訳ない気持ちになる。それが普通である。しかしピンクの猫は、そういった普通の遥か外側にいた。気がつくと姿が見えず30mぐらい向こうに吐き出した泡が見える。オーナーさんが仕方なく止まり、私たちも止まる。全員で振り返って待っているのに、延々とそこにいる。伊豆の海ならこの段階で間違いなくロストしている。ようやくこちらに気付いたと思ったら、焦る様子もなくフラフラ泳いでくる。何なら途中でまた立ち止まって何かを眺め出したりする。これを何度も繰り返すのだ。ダイブタイムの3分の1は猫待ちだった気すらする。そして船に上がっても反省する様子はなく、「さっきのお魚は何て言う名前ですかー?」とほのぼのと聞いたりする。小学校の先生であるAさんはどこか優しく見守っている感じだったが、私とIさんは「なんやあいつ?」モードであった。そしてもう一つ気になる行動が見られた。みんなが根の周りで写真を撮っている時や安全停止中のような自由時間になると、空手のようなおかしな動きを繰り返していたのだ。右手を何度も突き出している。よくよく見ていると、どうやら吐き出した泡でバブルリングを作る練習をしているようだ。そういえばそんな方法を聞いたことがある気がする。とにかく目が離せない。イライラは次第に興味に変わり、気がつくとつい目で追っていた。水中でIさんと目が合うたびに2人でボコボコと泡を吹き出し爆笑した。ピンクの猫は、いつの間にか愛すべき観察対象に変わっていたのだ。そして今となっては波照間一の思い出のように「あの猫元気かな?」と話したりする。
ちなみにこの猫とは夕日を見に行ったビーチで会い、お酒を買いに行った商店でも会い、なんなら私は石垣に帰ってからのホテルでも何度も会った。そして石垣の海の上で隣の船に乗っているのを見かけたりもした。もはや運命を感じ、もしかしたら帰りの飛行機で会うかもしれないと期待を膨らませたが、残念ながらそこまでの縁はなかった。しばらく泡空手がブームになって、石垣でのダイビングではAさんと2人で練習しまくり、我らがシートリップの太造さんには「もうええって」と怒られたりした。どこかのショップのブログに写り込んではいないかと3人で探してみたりもした。とにかくピンクの猫の破壊力はすごかった。またどこかで会いたい(見たい)と切に願う自分がいる。


波照間のダイビングは一日二本。朝から潜って宿に帰ってビールを飲みながらお昼を食べて昼寝をする。夕方までぼんやり過ごして自転車でビーチへ出かけ、夕日を見ながらまたビールを空ける。日が沈んだら帰って夕食を食べて、また飲みながら穴場で寝転んで星を見上げる。余分なものを削ぎ落として何ひとつ無理をしない、究極に贅沢な島時間であった。

ちなみに「幻の泡盛」泡波は販売所で購えるのだが、なかなかオープンしていなくて最終日にようやく二号瓶を一本だけ買えた。島を出ればプレミアがつくが、島内では480円。泡波でせどり商売が出来そうな気もする。幻だがクセはなく非常に飲みやすい泡盛である。

今回宿泊したのはこちら。清潔感は申し分なく、部屋を出れば半分戸外なので自然を感じられる。よく考えたらテレビはないのだが、そんなことに気付きもしないほどの島時間である。本が一冊あれば十分だ。件の星空スポットまでは徒歩1分という素晴らしい宿だった。


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