父の説教

中学生の時、部活から帰ってきて自転車を停めていると父が車のドアを開けて探し物をしていた。

背後に近づくと、父は私を見て「あぁ…さすらいか…」と言ってタバコに火をつけ、空を見上げながら「……財布ば…盗まれたごた…(財布を盗まれたようだ)」といった。

私は「え!!!」というと父は続けて「お母さんには…まだ言うなよ…」と言った。

父は家で自営業をしており、売上のお金をレジではなくセカンドバックに入れていた。配達もあるので、店と車を往復していた父にとってはそっちの方が都合がよかったのだろう。

しかし、車内にそのセカンドバックを置きっぱなしにすることも多いので、防犯意識が高い母からよく注意されていたのだ。

しかも昨日の夜、母が父に「もうまた車に置いて!盗まれても知らないよ!!レジがあるのにそんなカバンに入れて!!車に置きっぱなしなんて信じられない!!!いつかやられるよ!!」と言って注意したばかりだったのだ。

その時父親は「俺は常に周りが見えているから、気にしていないようでちゃんと見張っている!意識しているから大丈夫なんだよ!」と言い返していた。

まさか……こんなにも早くフラグが回収されるとは…

私はタバコを吸って現実逃避している父に「お父さん….カッコ悪いね……」と言うと「言うな……今は言うな….」と言った。

「(今言うしかないだろ………)」と思った。

しかし、私は財布を盗んだ犯人に心当たりがあったのだ。

それは毎日同じ時間にウォーキングをしていた40代ぐらいの男性だ。
この男性は雨でも嵐でも毎日欠かさず散歩をしている。それは父も知っている。誤差はあれど毎日同じ時間にうちの家の前を通っていた。

以前、父の友人が家に飲みにきた時、その人の話題になったことがある。隣町で働いているその友人は「あの人多分、隣町からここまで毎日ウォーキングしているんだよ。15時くらいに俺の仕事先の前を通るから毎日見ているんだよ〜」と教えてくれた。

40代ぐらいの男が働きもせず、1日中ウォーキング…しかも毎日。
歩けているので体は健康なのだろう、その話を聞いた時から怪しいなと思っていた。

私がそのウォーキングおじさんの話をすると父が「俺もそう思う…」と言った。憶測でものを言うなと怒られると思ったが、父も同じことを考えていたようだ。

財布を車に置きっぱなしにするという低すぎる防犯意識なのに、父は警察に柔道を教えていたので、知り合いの警官に電話してこっそりと被害届を出した。

しかし、こっそりしていてもいつの間にか母にバレていて、めちゃくちゃ怒られていた。財布の中には15万ほど入っていたので、そりゃ怒られるよな…と思った。

父は母に「絶対にあいつが犯人だ!明日も通ったら聞いてみてやる!」と意気込んでいたがその日以降、ウォーキングおじさんを見ることはなかった。

「クソ….!おかしい…現れないな!」と言っていた父に「当たり前やろ!!通るわけないでしょ!!馬鹿じゃないの!!!」と母が言っていた。

これは私も「(通るわけないんだよなぁ…)」と思った。

そんな事件から数ヶ月過ぎたある日、家に警察がやって来た。

なんと数ヶ月前越しに犯人が捕まったのだ!
こういう事件は解決しないのがほとんどなので、父もびっくりしていた。

そして、犯人は私と父が想像していた通りで、あのウォーキングおじさんだった。なんと彼は隣町からではなく隣の県から毎日8時間ほど歩いて、道中の民家の不在情報などを収集していたらしい。

今回は少し離れた町で同じような窃盗をして、現行犯で捕まり余罪(我が家の窃盗被害)が分かったとのこと。

その男には家族がいて、なんと窃盗したお金で嫁と小学生の息子を養っていたらしい。しかも、余罪の現場検証のため今、パトカーに乗っているとのことだった。

それを聞いた父は急いで表に飛び出し、パトカーに近づいて「おい、こいつと話をさせろ!」と言った。

しかし、さすがの警察もそれは許可することができず、犯人の顔を見ることはできなかった。窓からうっすら透けていたが、正直あのウォーキング男かはわからなかった。

警察官に引き止められながら父は「分かった。じゃあ聞け!!俺の話を聞け!!!」と言って窓越しにこんなことを言った。

「いいか!お前のよくないところは、金を盗んだことよりも人から盗んだ金で子供にご飯を食べさせたところだ!毎日あんだけ歩くんだから身体は丈夫だろうが!働けないわけでもないだろう!ヤケクソで、ひょっとしたら嫌なことがあって、したのかもしれないが、自分の子供にだけはそんなお金で世話をするな!親ならそれだけはするな!金は返さなくていい!子供からお金盗んだの?って聞かれたら、俺から盗った分だけは貰ったって言え!」と言った。

それだけ言うと父は警察に宥められながら家の中に入っていった。私は周りの警察官の視線も気にせず窓越しに犯人の顔を見ていた。
微動だにせず、背筋を伸ばしてただまっすぐ前を向いて後部座席に座っていた。

父の言葉が届いているのかはわからなかったが、聞こえてはいたと思う。

それから数年、その話も笑い話に変わって、しまいには忘れられていた頃に父の友人が突然家にきて「あの男、もう刑務所出てるぞ」と教えてくれた。

まず刑務所に入っていたのか、執行猶予なのかそこらへんもあんまり把握していなかった。というか父も(15万盗まれていたのに)忘れていたので、「え?そうなの?」と言っていた。

友人がたまたま町内でその男を見かけたので、いの一番に我が家に教えにきてくれたのだ。

父「そういえば俺、あいつに説教したんだよなぁ〜」

友人「え!会わせてもらえたんか?!」

父「いや、それはダメだからパトカー越しに」

友人「あぁ、なるほど。顔は見えたんか?」

父「いや、もう全然。形がなんとなく分かるくらいだね。でもとりあえず盗んだ金で子供に飯を食わせることはするなって言ったな。」

友人「まぁ、そうだな。それは親としてやったらダメだもんな。」

父「多分、あいつは分かってくれると思うよ。盗む人っていうのは心が満たされていない、ある意味病気なんだよな。」

友人「まぁ、そうだな」

父「真っ当になってくれていればいいよ。俺は許したから。あとはあいつが自分の家族に許してもらうだけだ。」

みたいな会話をしていた。

その会話を聞いて私は「(なんかお父さん、ちょっと自分に酔ってんな…)」と思った。悪い娘である。

しかし、その会話を隣で聞いてた母が「そんなこと言って酔ってるから!盗まれるのよ!!馬鹿じゃないとね!!!」と想像の5倍キレていて面白かった。同じ気持ちだった。

事件発生→犯人逮捕→釈放(?)が済んだので、この話も終わりかと思いきや、それからまた数ヶ月後にある事実が判明した。

店の前でソフトテニスの練習をしていると、いつも町内をパトロールしているお巡りさんが通った。

※前述の通り、父は警察官に柔道を教えているのでいろんな警察官が父のことを知っている。

警「どうも〜」

私「こんにちは〜、あの少し前に聞いたんですが前にうちで窃盗した人、もう釈放されてるんですか?」

警「あ〜そうなんだよね。でもね〜その人は」

ここで店から父が出てきた

父「おいっす〜」

警「あ〜こんにちは〜いつもお世話になっています〜」

父「あいつもう釈放されたってこの前〇〇から聞いたぞ〜」

警「あ、そうなんですよ〜。で、その後に〜」

父「俺、あの時あいつに説教したからもう大丈夫だよな!」

警「あ〜はい、それがですね」

父「やっぱり、どんなに辛くても盗んだ金で子供に飯食わせたらダメだよな」

警「うん、そうですね〜でもですね….」

父「顔は見れなかったけど、あの時ちゃんと言えたからよかったよ!」

父は完全に犯人に説教したことを”善の記憶”として捉えているので、それが先行して全くお巡りさんの話を聞こうとしていなかった。

私は完全に嫌な予感がしていた。

警「いや〜それが言いにくんですが…」

お巡りさんが話を切り出した…

父「なんですか、まさか…..死んだんですか?」

私「(いや、多分違う気がする………..)」

警「あ、いやそうではなくて」

父「まさか!冤罪だったとかじゃないよね!!!」

私「(いや、違う。おそらくお父さんが今一番聞きたくないやつ…!)」

私にはなんとなく察しがついていた。

警「え〜と……釈放はされたのですが、その2週間?ぐらいかな…あの賽銭泥棒で再逮捕されて実刑つきました!」

父「エッ…..!」

私「(やっぱり…..)」

警「いや〜人はなかなか、変わりませんね!」

私たちの気まずさをまるで感じ取っていないお巡りさんは爽やかな笑顔で「では!」と言ってまたパトロールに戻った。

父は呆然としていた。そして、気を取り戻すかのようにタバコに火をつけた。

私は父にいった。

私「お父さん…..カッコ悪いね………」

父「言うな……………あとお母さんにも言うな……..」

私「うん………..」

後日、いつも通り警察に柔道を教えに行った時に、取り締まりを担当した刑事さんから

「なんか、"人の金がダメだなら神様の盗めばいいじゃんって思って"とか言ってましたよ!」という最悪の後日談を聞かされて父は帰宅した。

その後、武勇伝化していた父の説教エピソードは我が家では禁句になっていたけど、久しぶりに思い出したらあまりにも人間味のあるエピソードすぎて面白かったので書きました。

もうすぐ父の日なので、父の好きなキリン一番搾りの詰め合わせを持って久しぶりにこの話をしてみようと思います。


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