#40 ソウルイーター中村

 高校生の時の話をしたいと思う。僕の通っていた高校は、男女比が4:6くらいで、女子の方が多い学校だった。その4割の男子の中に、中村という男がいた。

 ソウルイーターという漫画をご存知だろうか。僕は知らない。その名前とぼやっとした輪郭しか知らない。その中村はソウルイーターがとても好きだった。みんなに布教するくらい好きだったので、ソウルイーターというあだ名になったこともあったくらいだった。


 高校最後の春。行事の全てに「最後の」とついてしまう悲しさと、だからこそ楽しんでやろうという情熱と、もうすぐそこに受験が迫っている焦燥感など、もうわけの分からないような日々を噛みしめながら過ごしていたと思う。そんな、わけの分からなさをお互いに感じ合っていた僕らは、絆というと大袈裟だけどそんなようなものがあった。新しい仲間が出来るというよりは、これまでの仲間達とさらに仲が良くなったというのが正しいのかもしれない。

 学年で何人かいる、あいつなんか面白いらしいぞ、という奴。その1人が中村で、3年の時に初めて同じクラスになった。それまでは、物理や数学のクラスで同じ教室にいたことはあっても、変わった言動は見られなかったので、少しだけ、ほんの少しだけ新しいクラスにワクワクしていた。そんなことよりも、どの女子と同じクラスになれるかで頭のほとんどが占拠されていたが。

 高校になると、体育が完全に男女別々なことにがっかりした。かっこよく運動する姿に女子がキュンとすると聞いたことがあるので、アピールをする場を1つ失い、大変残念だと思っていた男子が僕を含め何人いただろう。中村もその1人だった。運動のイメージが無かった中村は、中学時代にバスケ場に所属していた。そのギャップと、得意技?である無限ピボットは、結局女子の目に映ることは無かったが、チャンスさえあれば両手では足りない程の注目を集めていたことだろう。多分。

 球技の中だとバスケが苦手は僕は、その無限ピボットに悩まされた。下手に飛びつくと巧みにかわされてしまうし、かといって取りに行かないのも負けたようで悔しくなる。唯一、無限ピボットを攻略したのは中村がよそ見をした時だった。夏真っ盛りの体育館は地獄のような暑さになるため、申し訳程度にドアや窓が全開に開けられている。その空間越しに見えるテニスをする女子達。見惚れていた中村は、結局僕にあっさりとカウンターを許すことになってしまった。様子がおかしくなったのはそのあたりからだったと思う。先程までのテンションとは比べ物にならないくらいの興奮度で無限ピボットをし始めたのだった。体育の授業のバスケには24秒ルールはあってないようなものなので、あの時間はその得意技の名の通り無限に感じられた。

 中村は性に真っ直ぐな男だった。

 体育の授業も、そのための着替えの時間も、擬似的な男子校になってしまうため、たがが外れる男子もそう珍しくなかった。女子の興奮する仕草発表大会。性癖暴露。教室で全裸。そんなことのいちいちが最高に面白かった。

 中村も例外ではなくそれらを楽しんでいる一員だった。その日は、どうやらよそ見していた時の興奮が抑えられなかったらしく、何を目にしたのかをありありと話した。気になっている可愛い子のテニスをする姿がたまらなかった、サーブの時の足が良かった、ポニーテールしてる首元が…、よし、学校でいかがわしい事件が起きたら、中村が怪しいと思います、と先生には伝えよう、そう決めた。

 そしてそのまま、誰も聞いていないのに自分の自慰について話し始めた。なんでだ。いかに親と弟に見つからないようにするのが難しくて、でもその反面、快感も大きいということ、他人感が欲しくて利き手ではない方でするということ、長く持たないためにいざ女性とする時に満足させられるかが不安だということ。どれもこれも知らんがな、と言いたかったけど、真っ直ぐに話すのでとにかく面白かった。

 次が地理の授業だからもうすぐ女子が入ってくる、そんな危険な時間に中村はこう言った。

 「精子、食べたことある?」

 全男子が耳を疑った。男子ウケはいいが、明らかに女子に聞かれたら学校生活が終わるだろう。ここにいる男の誰も予想できなかった。笑いを通り越して、引く者が多数出た。僕は、おいおい面白いけどここまで求めてないよ…と思った。

 自分で自慰をし、出したものを食べる。地産地消にも程がある、この上ないエコだった。循環器だった。100%だった。

 こうしてただのソウルイーター好きの中村は、自分の魂をも喰らう真のソウルイーターとなったのであった。少しの間、中村はソウルイーターと呼ばれ続けた。このことを知らない女子にソウルイーターと呼ばれると興奮するとのこと。日本の未来はなんで明るいのだろう。

 しかし、己に巣食う怖いくらい白い魂に喰いつくされてしまったのか、今の中村を知るものは誰もいないという。

 僕がソウルイーターになることはないだろう。うん、絶対にない。

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