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#42 頬Good


 自分でもあまり意識しないままに耳Goodをした。


 説明するのも野暮だが「耳Good」とは、天竺鼠の川原さんのギャグで、右耳のあたりで耳の代わりとなるようにサムアップをするというものである。

 そんな「耳Good」を、僕はした。


 ご飯を食べ終わり、窓からは涼しい風が吹く夕方。Zoomを使って会議をしていた。両耳にイヤホンをして、パソコンの画面を見つめる。その時は音声のみの会議で、割と真面目なものだったため、僕も真面目に臨んでいた。

 会議は中盤。突然、ドアがコンコンと言い、はっと顔を向けるとそれは母だった。すかさず右手を伸ばして、掌Stopをし、侵入を防ぐことに成功。それでも何か用事があるらしく、僕に何かを伝えようとする。母の静かな口Moveを読み取り、要件を理解した。理解したので、何も考えずに耳Goodをした。いや、してしまった。しながら後悔をした。後で「あれは何だったの」と追及されるからという理由と、もう一つ大きな理由があるからだ。

 前日に「天竺鼠川原のシュールシュール」というLINEスタンプを買っていた。嬉しくなって、天竺鼠を知っている友人にも、知らない友人にもスタンプを送った。一様に「?」みたいな返事だったけど、それでも嬉しかった。銀行口座から一度LINE Payにお金を入れ、モバイルSuicaにチャージする。その時に、LINE自体にポイントが貯まるため、実質無料でLINEスタンプを購入することが出来る。もうすぐ!もうすぐ!と待ち侘びて買ったスタンプだったので、公式アカウントに意味もなく全種類連打したりした。最高。


 会議後、案の定「あれはどういう意味」と聞かれた。「OK」という意味だと伝えた。多分合ってて、多分間違っているだろう。時折、返事をすることが面倒になり、無意識的にギャグの真似だったり、口をパクパクする意味のない行為をもって、返事とすることがある。初めは返事がないことに不満そうだったが、今はむしろ、その僕の真似をしてくるようになった。僕の問いかけに対し、面白がって僕の真似で答える。これが一番の後悔である。ただ最近は、それも楽しいのかもしれないと思うようになった。


 「今日、夜ご飯食べてくるからいらないや」

 すかさず母は、頬Goodをした。耳Goodを知らず、うろ覚えのままやったから、頬のあたりでサムアップをしていた。もう良い年齢になる母なのに、少しだけ可愛く思えてしまった。後悔。

 スニーカーを履き、姿見で服装を確認した。よし、と玄関の扉を閉めた後、耳よりも少し下の位置でサムアップをしてみた。

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