#25 ある日の回想 2ページ目


 仮想現実の世界に没入した。そこにいる僕は何だか可愛らしく、思わずニヤけた。しかし、ブランコの手すりを掴んだ感覚は現実だった。気づくと足は浮き、池袋の空を軽快な音楽と共に飛行していた。


 というのも、現在(ずっと?)、サンシャイン60展望台ではVR体験ができる。「ディズニーのジェットコースターは乗れるけど、富士急ハイランドはちょっと…」と言うその子は、Gを感じる乗り物には乗れないらしく、まさしくVRでの仮想世界におけるジェットコースター体験は持って来いだった。そのVRはもう1人のキャラクターとなった自分がジェットコースターで池袋の空を駆け回るというものだった。僕自身も初めてのVRに興奮していた。「ジェットコースターは全然乗れるよ!」なんて格好つけていた僕は時代の進化に負けた。僕が弱かったんじゃない、VRが強かったのだ。VRのアダルトビデオは見ないことにしよう。その子に悟られないよう、密かに心に誓った。

 何枚かの写真と思い出、加えて僕だけは少しの乗り物酔いも持ち帰り、展望台を後にした。時刻は18時半を回り、夕食時になった。なんて順調なデート(仮)なのだろう。下に向かうエレベーターは日本の技術のせいで早く地上に着いてしまった。初めてのおでかけなんだからもっとゆっくり動いてくれてもいいのに。そこまで感知して"おもてなし''の国でしょうが!ニクいねぇ!TOSHIBA!



 優柔不断の僕とその子は何軒か店を迷い、それでもここは男の僕がハッキリと決めなきゃ、という焦りと闘いつつ、オシャレそうなお店に入った。1人だったら、男だけだったらまず行かないであろう店だった。予想通りに女性かカップルしかいなく、今更ながら緊張してきた。側から見た僕らはきっと、というかかなりの割合でカップルに見られていることを認識してしまったからだ。その子と向かい合わせに座り、メニューを決める。会話が止まる。話す。盛り上がる。笑う。止まる。話す。盛り上がる。笑う。止まる。そしてまた、話す。料理が到着してからは、ご飯を口に運ぶ時や水を飲む時でさえ所作に全神経を注いだ。

 自分自身のことなのに、あまりの純粋さに可愛さすら感じた。中学生を思い出した。会話の中で思わぬ共通点も見つかった。僕は潔癖とまで言ったら大袈裟だが、変に綺麗好きというか、そういう部分がある。電車の吊革も極力触りたくはないし、家に帰ったらすぐに靴下を履き替えるし、お風呂に入ってからでないと自分のベッドには触らない。これを話したら、女子にとってマイナスの要素でしかないのだ。しかし、その子はバッグからウェットティッシュを取り出し、机に置いた。慌てて僕もリュックから取り出し、「僕も持ってる」と顔で語りかけた。2人で笑い合い、詳しく聞くとその子も僕と似たような性格だった。また軽はずみに運命を感じてしまった。元よりその子はお笑い好きでそれだけで嬉しかったのに、更に追い討ちをかけるように嬉しかった。ソファの座り心地はいいし、食事も美味しくて、楽しい時間だった。


 初めの食事で男性側が奢るとそのままそれが続く。どこかで誰かに聞いたので、お会計がどうなるか不安だった。言ってしまえば、まだ僕らは付き合ってないし、食事代を払う都合のいいやつで終わりたくない。ケチだと言われたらそれまでかもしれないが、自分でお金を払う行為こそ「楽しさ」の表れだし、また次もお金を払う行為を承知の上で会うというのは、「会いたい」の表れだと僕は思っていたからだ。ほら、面倒くさい性格なのがバレたでしょう。


 その子が乗る電車のところまで行き、電車が来るのを待っていた。「もし良かったらまた次もどこか行こうね」そんな会話をしていた。この1日、正確には半日は、サメが泳ぐ速さよりも、カメラのフラッシュよりも、料理の湯気よりも早く過ぎた。いつのまにか目の前にその子を拐っていくように電車が止まり、吸い込まれていったようにさえ見えた。「またね!」と手を振り、その子は空いてる席に、僕に背中を向けて座った。どうやら車掌は悪魔ではなく、天使だったようで出発時間を少し遅らせてくれた。ここでその日1番のキュンポイントなのだが、僕に背を向けているその子が体をひねらせこっちを眺めているのである。僕はそれが男友達でも誰であろうとも、誰かを見送る時は別れた位置からその人が見えなくなるまで立ち止まっていることが多い。「もう一回こっちを振り向いてくれないかな」という僕の気持ちは届くことはあまりないのだが、初めてその気持ちがその子に聞こえたようで踊りたくなるくらい嬉しかった(僕が海外ドラマの主人公ならば踊っていた)。

 結局、その日は次の予定は決まらずのお別れとなった。帰り道はその日を振り返りながら、好きな音楽を聴いた。自覚はないが、同じ車両の人に証言を取ったら僕の顔はニヤニヤしていたに違いない。そもそも気にも留めていないか。

 この嬉しさに包まれながら僕はこの電車に乗り続けていたいと思った。降りたくなかった。行き先が回送に変わろうとも。

 次のページへ続く。




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