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『夢なし先生の進路指導』3巻

相変わらず面白いです。
そしてなんて誠実な漫画なんだろうと思います。

個人的に今の時代に一番厄介な考え方って「リアリスト気取り」だと思うんです。
「そういうものだから」「現実ってそうじゃん」「だから仕方ないよ」
世界ってそういう風に出来てるんだよ。という一見達観したような結論。
それは迷ったり悩んだりしてる人にとって「結論を出している」というだけで自分よりも大人に見えたりもする。
でも実は自分と大して年齢やら経験やら変わらなかったりする人が「考えるのはここまででいいや」と楽になるための思考停止だったりもするわけで。
勿論自分の現状や状況をしっかり捉えるリアリストの視点は大事だけど、その中に「リアリスト気取り」が混ざってる。

この漫画を改めてちゃんと読むと、うまくいかずに落ちていく生徒達は実は「夢に殺されていく」訳ではなくて、夢を入口として出会った「現実に殺されていく」んだなぁと。
特に「現実ってこうだから」という「リアリスト気取り」が提示する【現実】にふらふらと着いていった結果夢の形が変質してしまうというパターンの多いこと。
(弱ったり迷ったりした隙にスッと懐に入ってきて緩やかに人生を破綻させていく【大人の考え】っていうのは、たけしの『キッズリターン』に出てきた先輩ボクサーのモロ師岡なんかを凄く思い出したり)

夢なし先生が漫画の中で何度も言っているのは「現実ってのは決まった形があるものじゃないんだ」「不定形に変化していくものなんだ」ってことだと思うんですよね。
その本来はスライム的な形の定まっていないはずのものを、ある鋳型に嵌めてしまう器が『夢』なのだろうなと。
だから気を付けろと何度も口を酸っぱくしていうのだろうなと思うのです。

で、この漫画の「いいなぁ」と思うとこは、道を踏み外して夢の形を変質させてしまった生徒達が再び立ち止まって道を模索する時に行われる行為が「先生と喋る」ってとこ。
勝手に思い込んでいたこと、決めつけていたこと、世界って、人生って、自分って。
そういった「本当は形が決まってなんかいなかった筈のこと」を「誰か他者(夢なし先生)に話を聞いてもらう」ことでもう一度ほぐし直すっていうプロセス。
これがめっちゃ大事なんだなと思うわけです。
要は「誰かと喋れ」という。

近しい人じゃない、
同じ道を行く人でもない、
血の繋がりがある親族でもない、
互いに利害関係は無い、
自分とは違う現実で生きている誰か。
つまりは「他人」じゃなくちゃいけない。
だけども自分の事みたいに親身になってくれなくちゃいけない。
そんなファンタジーみたいな関係性を埋めるのが
『お節介な先生』
という夢なし先生のキャラ。

良くできてるなぁと思うと同時に、でも誰の人生にも「その人の夢なし先生」がいておかしくないと感じる関係性でもあると思うのです。

そのうえで、再会した時に夢なし先生がするアドバイスが自分の言葉じゃなくて「本に書いてあること」、つまりは「他の誰かが言っていたこと」なのが、物凄く誠実だなぁと感心します。 
よくある「先生物」だとこういう場面で語られる内容って「その先生の思想信条」から来る説教や励ましだったりするわけで。
それがいいこと言っていようが悪いこと言っていようが正しかろうが間違っていようが、でも結局は「その物語の作者が考えていること」でしかないわけじゃないですか。
つまりは「誰かひとりの意見」になってしまう。
普通の物語ならそれでいいんです。作者は神様で王様でその思想信条は絶対で、それがぶっ飛んでたり間違ったりでも面白い。
でもこの漫画は、読んでりゃ明白ですけど、「現実に悩んでいる誰かの助けになりたい」という想いで描かれている。
そこで作者ひとりの意見を押し付けてしまっては「本当は不定形な筈の現実」を別の鋳型でくり貫いてるだけにしかならない。
だからそこで「他の誰かが言っていたこと」を紹介することで「考え方は自由なんだ」ということを伝えているんだと思います。
本当ならここで夢なし先生が、自分の体験や考えからアドバイスをした方が絶対に「キャラは立つ」んです。その方が漫画としちゃ「オイシイ」に決まってる。
もしかしたら、見る人によっては「大事なとこは人任せかよ」みたいに見えちゃうかもしれない。「偉い先生の言ってた話を持ってくるだけかい」と。
でもそうじゃない。
ここで作者でもキャラでもない「別の誰かの意見」を持ってくることが大切なんだと。
そんでその意見を選ぶ為に、「目の前で悩んでいる漫画の中の生徒」と実際に読んでいる「現実世界で迷っている誰か」を少しでも救ってあげる為に、この作者さんがメッッッチャクチャ勉強してるのは絶対確かなわけで。

これが『誠実』でなくてなんなんだと思ってしまいます。

カッコいいよ、この作者さん。


んでちゃんと「漫画としての魅力」もしっかりあるのもいい。
特に保育士編の途中で出てくる見開き。
アレはスゴい。強烈。
モノローグや文章でくどくどいくら書かれるよりも圧倒的な説得力。
アレは「漫画じゃないと出来ないこと」だよなぁと思う。
「ああ、物語が転げ落ち始める」というドラマ上のサインとしてもドキドキしたし、いやぁすげえ。

長々書いちゃったけど、とにかく面白くて誠実な漫画で大好きです。
「棋士編」も今から怖い。冒頭のシーンから「あー、こういうことじゃないか?」と予想出来る流れはあるんだけど、だからこそ怖い。だからこそ胃がキリキリする。
めっちゃ面白くなりそうで4巻も楽しみです。



あと3巻だと触れないわけにいかないと思うんだけど「未定」編メチャクチャ良かった。
たった2話なのに「世界と出会うことで人生は変わる」「そして世界はメチャクチャ色んなものが溢れてる」をコンパクトに正しく伝えてる。
すっげえいい。
本屋のあれ、みんな若い頃に実践するべきだと思った。
なんで俺が10代の頃に教えてくんなかったかなぁ。

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