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[短編小説]記録係のマモルくん⑤

 エスペラント語の習得は、一朝一夕にはいかないようだった。
 いくらマモルくんとはいえ。
 数字は分かりやすく並んでるのだそうだ。
 このことは、記録を残すには、重要なんだって。

 帰り道。
 ふたりで坂道を降りているけど、マモルくんはわたしを見ない。
 自分の吹き込んだレコーダーの音声を解読中。
 眉根を寄せてる。
 イヤホンを耳に入れて、胸のポケットに入れたレコーダーを大切そうに触っている。
 駅に着いて電車に乗って、途中駅で切り離される。


 付き合って84日目。
 雨の帰り道だった。

 わたしは我慢出来なくなった。

 ビニール傘越しのマモルくんの猫背の背中。

 濡れてじっとり気持ち悪い靴。
 冷たい靴下。
 寒い。


 わたしは傘を閉じた。

 マモルくんは気がつかない。

 わたしの話をいっしょうけんめいに聞こうとしてくれてたマモルくんは、いない。
 レコーダーの自分の声を、聞いている。
 近くにいるわたしのことじゃなくて、レコーダーの中に住んでるわたしに、いっしょうけんめいなマモルくん。


 わたしは忍者のようにマモルくんに忍び寄り、マモルくんの胸ポケットからレコーダーを奪った。


 もちろん。


 マモルくんはわたしの手から、レコーダーを奪い返した。
 怒ったような傷ついたような目をしていた。

 わたしはこめかみのあたりがカッと熱くなった。
 泣きたくない。

 マモルくんと手を繋いでみたいって思ってた。
 初めて触れた手は冷えていた。


「マモルくんのバカ!」
 わたしは傘を投げ捨てて、走った。
 傘じゃなくてマモルくんを投げ捨てたような気持ち。

 マモルくんのバカ。
 わたしはマモルくんとふたりの思い出がほしいのに。
 マモルくんはひとりで記録してる。
 わたしには全然分かんない言葉で。

 わたしは坂道を転がるみたいに走った。


 マモルくんは駅の手前でわたしの手をつかんだ。


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