[短編小説]記録係のマモルくん⑦
マモルくんがお仕事から帰って来た。
マモルくんは電車の運行ダイヤのシステムを開発するひとになった。
はっきり言って適任だと思う。
セナくんはなんと、地元の鉄道会社に就職した。
車両を連結させたり切り離したり、しているはずだ。
わたしたちは、セナくんが車掌さんをする特急列車をわざわざ選んで、新婚旅行に行った。
わたしは夕ごはんの席で、マモルくんの言葉に耳を傾ける。
一年前の今日は、琴ちゃんはウェディングドレスの3回目の試着に行きました。
六年前の今日、ふたりで初めてお泊まりに行きました。
三年前の今日は琴ちゃんが教育実習中でした。
わたしは気になっていたことを聞く。
「マモルくん。覚えてる?今日のお昼ごはんは何だった?」
マモルくんはひじきの煮物の小鉢を持ち上げながら首を傾げた。
マモルくんはいつも社食ランチだ。
「揚げ物だったような気がします。」
「そういうのは、記録しないの?」
マモルくんはきょとんとした。
「琴ちゃんに関係無いことを、覚えておく必要はありません。」
わたしは顔を赤くした。
わたしは下を向いてお腹に手を当てた。
もうすぐ産まれてくる。
マモルくんはきっと更なる記録の鬼になるだろう。
一緒に産婦人科に受診するのは、いつもちょっと恥ずかしい。マモルくんは記録を読み上げる。お医者さんはがんばっていかめしい顔をしてくれる。看護師さんは動揺して物を落としたりする。
10月7日、468回目の「大切な時間」に発生した赤ちゃん。
わたしは食卓越しにマモルくんのおでこに口付ける。
マモルくん、今のは何回目?
「おでこへのキスでしょうか?それとも口付け全般でしょうか?」
どっちでもいい。
Mi amas vin.
エスペラント語は相変わらずよく分からない。
マモルくんの言っていることも、未だによく分からない。
でもこの言葉だけは、覚えた。
記録は増え続ける。これからも。
わたしはあくびする。
今日の記録はそろそろおしまい。
それでは、いったん、Ĝis revido!
《完》
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