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午後3時のジョアン

ジョアンからの手紙 

 やあ、ジョアン。
 正直に書くよ。
 君はきっと分かってくれると思う。
 僕の想像力は午後3時が近づくと凍りついてしまうんだ。
 大人になるって、どういうことだろう。
 だって僕にはあと30分後に何が起こるか、それさえ分からないんだ。

 あと20分もしたら、担任のミセス・ブライトは僕たちを並ばせる。

 僕はスクールバスの列に並びたいよ。
 何で僕のアパートは学校から1マイル以内に入ってるんだろう。
 スクールバスに乗って帰れたら、すごくいいんだけどな。


 でも僕は待たなくちゃならない。

 ランチレディーのエリスおばさんが大盛りにしてくれたマカロニチーズが、胃の中で重たくなってくるよ。


 おとといママは午後3時12分に酔っ払って現れた。
 早い方だ。
 それでもミセス・ブライトはしかめっつらで僕に言った。
「ちゃんと3時にお迎えに来てくれなくちゃ困るわ。ジョアン。ママに伝えておいてちょうだい。」

 ミセス・ブライトがママに直接言わないのは、ママが忘れちゃうからだ。

 僕はママに向かって駆け出した。
 僕はママが好きだよ。
 でもママの姿を先生や友達に見られるのは、1秒でも少ない方がいい。

 覚えてる?
 ママはあのお気に入りの薔薇模様のガウンを着てた。その下は薄いネグリジェだけ。パパの汚れたスニーカーを引きずるみたいに履いてた。
 ママのきれいな金髪にはレタスが絡まっていた。

 エマーソンのパパがすれ違いざまに口笛を吹いた。
 僕はママのガウンの前をかき合わせて、髪の毛から葉っぱを取り除いた。

 ママは僕の耳元で囁いた。
「どんな一日だったのハニー?」
 ママの甘い香水の匂い、それから目が痛むようなお酒の匂い。
 ママはぶらんこの後ろの茂みに歩いていって、そこに吐いた。


 昨日、ママはお迎えに来なかったんだ。

 ランチレディーのエリスおばさんが僕のバックパックに残り物のマフィンを突っ込んでくれた。
 それから同級生のボビーの手を引いて帰って行った。
 ボビーはエリスおばさんの子どもで、クラスいちのちびっ子だよ。覚えているよね。
 僕たちふたりが、いつも最後までお迎えを待ってる。
 エリスおばさんがボビーのぷっくりした手を優しく握るそのときが、うらやましかった。


 告白するよ。
 僕はママがお迎えに来ませんようにって、お祈りしてた。
 きれいにお化粧して、かかとの高い靴を履いたママか。
 それとも髪の毛にゴミを絡ませたママか。
 どっちのママがお迎えに来てくれるのか、僕には想像もつかないし。
 ママが校門の前に現れた瞬間の、ほっとするのに世界一みじめな瞬間を味わいたくなかった。

 3時半に僕はミセス・ブライトに言った。
「ひとりで帰れます。先生。僕はもう5年生ですから。」
 ミセス・ブライトはしかめっつらで言った。
「あなたがそう言うなら。」


 学校にこっそり自分で登校するときと、何にも変わりないさ。
 僕は4ブロック先まで走って帰った。

 アパートの部屋の鍵は開いていたのに、ママはいなかった。
 誰もいなかった。

 僕はお酒の瓶をいくつかアパートのゴミ捨て場に運んでいって、割った。
 それからエリスおばさんがくれたマフィンを食べて寝た。
 ずっとラジオをつけておいたよ。
 ママは帰って来なかったんだ。


 そして今だよ。

 ママはアパートに帰って来ただろうか?
 ママはお迎えに来るだろうか?


 ジョアン、君は生きているのかな。
 もし君が生きてこれを読むのなら、最悪のことにはならなかったんだと思うよ。

 教えて欲しいんだ。
 ママが今日お迎えに来るかどうか。

 君は知ってるんだろう?

 もうすぐ午後3時だよ。


 あなたの切実なる友達。ジョアンより。


午後3時のジョアンへ

 午後3時のジョアンへ。

 やあ、ジョアン。
 君の手紙を受け取ったよ。

 僕も返事を書いてみることにしたんだ。

 僕はローズマリー・エレメンタリースクールでの記念行事には出席しなかった。
 だけどボビーが手紙を届けてくれたんだ。
 僕もボビーを覚えているし、彼とは今も友達さ。エリスおばさんは7年前に亡くなってしまったけどね。
 ミセス・ブライトは今もお元気だってさ。さすがだよね。

 あの6月。5年生の終わりに、この手紙を書いた。そうだったよ。
 タイムカプセルだなんて粋じゃないか。
 僕もあれから50年ぶん、歳を取った。
 61歳だぜ。信じられるかい?


 ありがとう。
 僕は生きているよ。
 人生の最悪の部分は通り抜けたんじゃないかって、気がしてる。


 今日も一滴も飲まずに終われそうなんだ。
 今なら君のママの気持ちも分かるんだよ。
 お酒がどんなに、ひとを、悲惨なことにするかってことも。


 僕はお酒でいろんなものを失ったよ。
 だから余計に飲むんだ。
 次のお酒をどうやって手に入れるかって、それは切実なことさ。
 だけど、お酒のことを考えている間は、失われた人生について悩む余裕は無いからね。

 僕は今、毎日しらふで人生に向き合っている。
 世の中の多くの人間が、しらふで、恋愛だの仕事だのの困難に立ち向かっているだなんて、僕は心底尊敬するよ。


 オーケー。
 ここらで、君がほんとうに知りたがっていることを教えよう。

 君がこの手紙を書いた、あの日の午後3時に、ママがお迎えに来たかどうか。
 それが知りたいんだね。


 あの日、ママはお迎えに来なかったんだ。

 ママは、ママの寝室のクローゼットの中で冷たくなってた。
 クローゼットの中だなんて、何故そんなところに入ってたんだろう。

 ママはあの薔薇模様のガウンを着たままだったよ。

 ママを見つけたのが誰だったのか、実はあまり覚えていないんだ。
 ママがいったい、いつからそんな暗いところにいたのかってことも。

 お葬式のときに久しぶりにパパに会った。
 パパは妙に黄色っぽい顔をしてて、軍隊での射撃訓練の話をしてくれた。


 ジョアン。
 君の耳にはママの囁きが今も残っているね。
「どんな一日だったのハニー?」


 僕は今もママに、一日の報告をしているよ。
 あれが最後に聞いた言葉だったね。
 少なくとも、君に向けて発せられた言葉の中では、最後だった。


 君に伝えたいことがある。
 あれから50年ぶんで学んだことさ。

 自分を責めないでくれ、ジョアン。

 ママがお迎えにきませんようにって君がお祈りしたことと、ママが死んでしまったこととの間には、何の関係もないんだ。
 君のせいじゃない。


 僕にもし魔法が使えたら、あの日の君をお迎えに行ってあげたい。
 僕には見える。
 あの日、ミセス・ブライトの隣りに立ち尽くしてお迎えを待っている君が。

 君に伝えてあげたい。
 これから起こることを。
 神さまは何故こんなにも、君をおためしになるんだろうね。

 かわいそうなジョアン。
 君は他人から、かわいそうだなんて、絶対に言われたくないだろう。

 小さなジョアン。
 君をお迎えに行って、君を抱きしめてあげたいんだ。

 ママは決して君を愛してなかったわけじゃないさ。
 酒飲みが、全くひとを愛せないなんてことは、ないんだよ。今の僕には分かる。


 手紙をありがとう。
 生きて君の手紙を受け取ることができて、よかった。

 小さなジョアン。
 君は今も僕の中に生きているよ。

 
 

 いつまでも君の。ジョアン。


《 完 》


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