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記録係のマモルくん[短編小説]

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#エスペラント語

[短編小説]記録係のマモルくん①

[短編小説]記録係のマモルくん①

「覚えてる?」
 そんなふうに軽い気持ちで聞いたこと。
 それがきっかけになった。
 
 今思えば。

「何ですか?」
 マモルくんは眼鏡をずり上げながら、わたしの顔をのぞきこんだ。

 その仕草が好きなの。
 いっしょうけんめいな感じ。
 いっしょうけんめい、わたしの話を聞こうとしてくれる。

 マモルくん、顔、近い。

「マモルくんが、わたしのことを琴ちゃんって、呼んでくれるようになって、今日

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[短編小説]記録係のマモルくん②

[短編小説]記録係のマモルくん②

 休み時間の教室の中、わたしはマモルくんの姿を追う。
 マモルくんと目が合う。
 マモルくんはにっこりしてくれる。

 ICレコーダーというものを、わたしは知った。
 スパイの小道具みたいに小さくて、20時間分の音声を録音できる。
 マモルくんは家に帰ると、録音した音声をパソコンに移すのだと言う。
 そして、編集してコンパクトになった情報はマモルくんのスマホにも入ってる。

 マモルくんは今、耳に

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[短編小説]記録係のマモルくん③

[短編小説]記録係のマモルくん③

 付き合って72日目のお昼休みに、わたしの手をものすごい勢いで引っ張ったのは、セナくんだった。

 渡り廊下の隅っこでひょろっとした身体を精いっぱい縮めていたのは、マモルくん。
 セナくんは鼻息荒くマモルくんを責め立てた。

「琴子。こいつストーカーだぞ!」

 セナくんはわたしたち3人に聞こえる音量で、レコーダーを再生した。
 セナくんがマモルくんの大切なレコーダーを奪い取ったのだ。

♫♫♫♫

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[短編小説]記録係のマモルくん④

[短編小説]記録係のマモルくん④

 マモルくんのレコーダーはちゃんとマモルくんの胸ポケットに戻った。

 マモルくんの顔はまだ紫っぽい色をしていた。

 次の日。付き合って73日目。
 マモルくんがすっかり落ち着いた顔でレコーダーに何か吹き込んでいるのを見て、わたしはホッとしたような、ガッカリしたような気持ちになった。

 セナくんはイライラとブリックパックのストローを噛み潰していた。レモンティー味。

 帰り道デート。
 マモル

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[短編小説]記録係のマモルくん⑤

[短編小説]記録係のマモルくん⑤

 エスペラント語の習得は、一朝一夕にはいかないようだった。
 いくらマモルくんとはいえ。
 数字は分かりやすく並んでるのだそうだ。
 このことは、記録を残すには、重要なんだって。

 帰り道。
 ふたりで坂道を降りているけど、マモルくんはわたしを見ない。
 自分の吹き込んだレコーダーの音声を解読中。
 眉根を寄せてる。
 イヤホンを耳に入れて、胸のポケットに入れたレコーダーを大切そうに触っている。

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[短編小説]記録係のマモルくん⑥

[短編小説]記録係のマモルくん⑥

「琴ちゃんは、そのうちセナくんと付き合うと思いました。」

 電車の中。
 馬鹿みたいにびしょ濡れのわたしたちを、他のお客さんたちは遠巻きに眺めていた。

 電車のいちばん後ろの車両。
 車掌さんと仕切りひとつ隔てて、わたしたちは立ち尽くし、手を握り合っていた。

 なんでセナくんと。

 わたしが口を開く前にマモルくんが話を始めた。

「琴ちゃんみたいな女の子が僕といつまでも付き合ってくれるなん

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[短編小説]記録係のマモルくん⑦

[短編小説]記録係のマモルくん⑦

 マモルくんがお仕事から帰って来た。

 マモルくんは電車の運行ダイヤのシステムを開発するひとになった。
 はっきり言って適任だと思う。

 セナくんはなんと、地元の鉄道会社に就職した。
 車両を連結させたり切り離したり、しているはずだ。
 わたしたちは、セナくんが車掌さんをする特急列車をわざわざ選んで、新婚旅行に行った。

 わたしは夕ごはんの席で、マモルくんの言葉に耳を傾ける。

 一年前の今

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