2月21日(水)真珠とダイヤモンド
今日も仕事は休み。だけどちゃんと朝七時に目をさます。
パートナーは今日から出張。大きなリュックサックにシャツやパソコンをつめて、北陸へでかけていった。一泊だけのみじかい出張ではあるが、このような鬱ぎみのとき、家にだれもいないのはこころぼそい。
朝から桐野夏生の『真珠とダイヤモンド』を読みふける。
九時半ごろ図書館へいく。
一階のカフェで、ホットドッグのモーニングセットをとる。コーヒーをのみながら窓をながめたり、日記を書いたりしてぼんやりすごす。外には雨がふっている。
雨のせいなのか、客はいつもよりすくない。すぐうしろの席にすわった女性の、食事をとる音がひびいている。
たべものを口のなかでくちゃ、くちゃ、と噛む音、コーヒーをズズッ、と啜る音が、ふたつテーブルをはさんだこちらまで聞こえてくる。
図書館の一階にあるこのカフェは、いかにもたいくつそうな長っ尻の客ばかりなのだが(勿論わたしも)、この女性は食事をおえるとすぐに席をたち、あわただしくさっさとでていった。
わたしはかなりひんぱんに図書館のホームページにアクセスし、よみたい本をせっせと予約しているので、毎日のように予約本がとどく。
今日は『石狩乙女』をうけとった。
図書館をでて、ガード下のまいばすけっとに行く。店内はあかるく、客がすくなくてほっとする。
まいばすけっとは、鬱ぎみのときでも買い物がしやすくてありがたい。大型スーパーにくらべて品物がそう多くなく、選択の余地がないのがいい。すでにカットされた野菜や肉をたくさん売っているところもありがたい。
わたしが家事を負担に思ってくるしむのを、元夫ははっきりと「甘え」と言っていた。おまえはお嬢さん育ちだから、ふつうの勤め人の生活をしらないんだ、と言うのだった。そしてさらに負担をかけてくるしめようとするかのように、家をよごした。洗濯物の量も、元夫のそれは異常に多かった。
元夫はお酒がのめない人で、晩酌がわりにいつもコカ・コーラをのむのだが、それが冷蔵庫にはいっていなかったり、たまたまスーパーで品切れていて違う銘柄のコーラを買ってきていたりすると、ひどくおこった。たとえ夜中でも、わたしを蹴りだして、コンビニまで買いにいかせた。
わたしはまたあの日々をくりかえすことがこわいのだ。今のパートナーは、元夫とは正反対のような人だけれど、わたしの不手際でいつしか元夫のように変ぼうしてしまうのではないかとおそれているのだ。
だからどんなにつかれていても、家事の手をゆるめることができず、自分のおこないに自分でつかれはててしまう。
家にかえり、鍋をつくった。ぬか床から昨日つけておいたきゅうりをとりだして切り、昼食にたべてみる。まだ味がうすかった。
鍋と玄米をたくさんたべる。
ベッドで『真珠とダイヤモンド』のつづきをよむ。夕方の五時ごろによみおわる。
ビールがのみたくなり、本を返しがてら買い物にでる。朝にいった図書館とは反対方向にある、団地のなかのちいさな図書館にいき、返却する。
ついでに桐野夏生の『デンジャラス』、島尾敏雄の『妻への祈り』を借りてくる。
駄菓子屋で缶ビールを買う。店内はフーセンガムのにおいがした。小学生の女の子たちが、あれこれ言いながらお菓子をえらんでいた。
住宅街をぶらぶらかえる。雨はやみつつある。
どうしてこんなに鬱ぎみなのかなあ、と考える。とかく、絶望するような状況ではないはずだ。
高校生のころ、あの先生が、わたしに鬱の芽みたいなものを植え付けたような気がしてならなかった。
自分の人生の不始末すべてを、過去の性被害のせいにはすまい。だけど、どうしても、あのことがなかったら、と思わずにはおれないのだった。
家にかえってまた本をよもうかと思ったが、『真珠とダイヤモンド』が重い内容で、頭がつかれていたので、「男はつらいよ」の一作目をみた。
倍賞千恵子はなんてかわいいんだろう。
さくらと博の結婚式のシーンで涙ぐむ。
夕食は、厚あげをトースターでやいてたべた。ぬか漬けと、まぐろの刺身もたべた。
ベッドにはいるとパートナーから電話。ねむいので十分ほどで切る。金沢にぶじついたとのこと。
『犬が星見た ロシア旅行』をよんでねた。
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