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ウィズ、ナイトスケープ 2_2 キャンディ・ラビットの叛逆

 現場であるオフィスからほど近い――それこそ、徒歩五分ほどのコンビニエンスストアに到着すると、すでにそこには犯人が確保された光景が広がっていた。
 ソフィーと香奈子が現場の責任者を探して話を聞こうとしていると、後ろから声をかけられる。そこにいたのはすらり、と背が高い紺色のスーツを身に纏った男性だった。黒髪をオールバックにまとめている彼は、フレームレスのメガネ越しに、狐のように細い目を細めて、ご足労かけました、と謝罪してくる。香奈子が誰だこの人、と思っている間に、ソフィーが顔馴染みだったらしく、草壁さんが呼んだのかい、と声をかけている。

「ええ。大ごとに発展する前に、と思って声をかけたのですが……」
「ま、なにもないなら何もないでいいのさ。むしろ、アタシらが出張っちゃう仕事がそんなぽこじゃか出てきたら、それはそれで困るじゃないかい」
「それもそうですね。ところで、後ろの方は?」

 香奈子を見下ろす草壁と呼ばれた男性は、見慣れない栗毛色の髪の女を不思議に思っているのだろう。ソフィーが新しくウチに来た新人だよ、と紹介してやれば、香奈子が自分から名前を名乗る。はきはきと挨拶をする彼女に、草壁も自己紹介をする。ソフィーが補足のように、声をあげる。

「でかくなりそうな案件を担当すると、こうやってアタシらに声を先にかけてくれるんだよ。おかげで、ニュースにならなくて済んだ事件がたくさんあるんだよ」
「まあ、気軽に呼ぶな、とよく言われますけどね」
「でもさぁ、速報がテレビで流れてから、アタシらに対応しろって言われるのもそれはそれで、ねえ?」
「てめえのケツも拭えないのか、って思われてそうですよね。対応が遅れたことに対して、おたくのボスに」
「思ってんのかねえ。うちのボス、なに考えてるんだかさっぱりだよ」

 はあ、と呆れたため息を吐くソフィーに、やっぱり考えが読みにくいのはソフィーもなのか、と香奈子が思っていると、草壁が口を開く。
 
「おたくのボスのことで分かることって言うと、奥さん溺愛してるってことぐらいじゃないですかね」
「ああ、それはめちゃくちゃ分かるね」
「あー、それは分かります」

 三人でうんうんと結論をつけていると、ばたばたと履き慣れていないのだろう、硬い革靴の音がこちらに向かってくる。草壁の向こうから見えてきたのは、草壁とソフィーほどではないが、それなりに背の高い、ひょろっとした男だった。

「草壁さん! ほら、やっぱり呼ぶ必要なかったじゃないですか!」
「お前が突入して、取り押さえられなかったら、呼ぶ必要はありましたけどね」
「いやいや、僕と鳥海先輩で失敗はしないと思いますよ……って、げぇっ、外山!」
「うげっ、ナルシー三浦じゃん!」
「ナルシー三浦ぁ?」
「ん? 三浦、お前外山さんと知り合いなんですか」

 うげっ、と言った三浦が、がるがると香奈子を威嚇すると、香奈子は香奈子でがるがると三浦を威嚇する。そんな二人の様子に、草壁とソフィーは呆れる。ぺいっと、いがみ合う二人を草壁とソフィーが引き剥がして、ソフィーが香奈子にこいつは誰なんだい、ともう一度尋ねる。

「三浦大輝です。中学で同じ陸上部にいて、一個上の先輩だったんですけど、わたし途中で転校したんで……」
「魔法使い様はいいよなぁ! ただでいい学校にいけてよぉ!」
「三浦。その言い方はないですよねえ」
「うぐっ……事実でしょ」
「すみませんね、外山さん」
「気にしないでください、草壁さん。ナルシー三浦は女が自分より強いと、いつもこうだったんで!」

 あっけらかんと笑ってそう言ってのける香奈子に、三浦はぐぬぬと顔を憤怒に歪める。草壁はこいつの調子の良さには時々困っているんですよね、と肩をすくめる。後ろからぱしん、と三浦の頭が叩かれる。うちの後輩が迷惑をかけたな、と男性が鳥海だと名乗って謝罪する。
 鳥海に、大変な後輩持っちゃったねえ、とソフィーはけらけらと笑うものだから、鳥海と名乗ったがたいのいい男は肩をすくめる。

「調子ばかりよくて困るぜ。そのうち、痛い目を見るんじゃないかって、今からヒヤヒヤしてるよ」
「痛い目見た方が、いい治療薬になるんじゃないかい」
「そいつはそうなんだがなぁ。草壁さん、どう思います」
「とりあえず、報告書は丁寧に仕上げてもらいたいですよね」
「ははは! それはそうですなぁ」
「ぐぐぐ……」

 歯を剥き出しにして、ぎりぎりと唸る三浦だったが、それを香奈子が見ていることに気がつくと、お前の出番なんか金輪際ない、と大声を上げる。その大声に、眉を顰めた草壁と鳥海は二人揃って、三浦の頭を勢いよくぶっ叩く。そんな様子を見ていたソフィーはけらけらと笑い、香奈子はできるものならやってみろ、と腕を組む。

「アタシらが給料泥棒になれるように、精々気張るこったね」
「そんなこと言ってるから、毎度毎度頭下げて助けてー、っていうことになるんですよーだ!」
「ぬががががが……!」
「あー、すみませんね、ソフィーさん、外山さん。このバカにはよく言って聞かせますので」
「本当に申し訳ねえな。ああ、外山ちゃん、俺たちはいつでもウェルカムだから、仕事の愚痴ぐらいなら、いつでも聞くからよ」

 いまだにうにゃうにゃと言葉にならない文句を言っている三浦の首根っこを掴んだまま、鳥海と草壁はオフィスの方向に戻っていく。
 それを見送り、ソフィーと香奈子もオフィスに戻るために足を動かす。

「それにしたって、なんだい、あの三浦ってやつは。去年から入ったにしちゃあ、見ない顔だったけども」
「部署移動したとか?」
「ああ、それはあるかもしれないねえ。ナルシーって頭につくような男なんだし、最初に配属された部署が気に入らなくて……ってのはありそうだ」
「にしても、ナルシー三浦がここにいるとは思わなかったですよ」

 はあ、と大きなため息をついた香奈子に、ソフィーはアンタが魔法に目覚めたのは中学だったんだねえ、としみじみと言う。

「ちなみにアタシはプライマリーの三年ぐらい」
「あ、結構早かったんですね。わたしは中学二年のときでした」
「いっても、カナコだってそんなに遅いわけじゃないじゃんか。まあ、発生タイミングは分かっていないし、高校までに発現すれば上出来ってところはあるよね」
「ですねえ。大人になってからだと、仕事と両立して勉強しないといけないから大変だっていいますし」
「だねえ。今はそういう休暇ができたからいいけど、わりと最近までそういう休暇がなかったらしいから、余計に大変だっただろうねえ」

 うんうん、としみじみ言うソフィーに、いい世の中になってきましたよねえ、も香奈子も頷く。
 何事もなく仕事が終わり、オフィスに戻る。エレベーターホールに向かう前に、きょろきょろと当たりを伺う香奈子に、ソフィーはどうかしたのかい、と尋ねる。

「いや、あいつがいたら面倒だなって……」
「ああ、ナルシー」
「ですです! あいつ、魔法が使えるようになったから、転校するって時に勝ち逃げだ! ってずっと言ってて……」

 はあ、とこれまた大きなため息をついた香奈子に、同じ部活だったんだっけ、とソフィーは思い出すように口を開く。

「そうです。同じ陸上で……わたしもナルシーも長距離の選手だったんですけど、わたしの方がタイムが良かったんですよね」
「へえ! それで、あいつ突っかかってきてたのかい」

 暇な男だねえ、とソフィーが呆れたように腕を組むと、そうなんですよねえ、と香奈子は三浦が居ないことを確認してからエレベーターのボタンを押す。
 すぐに来たエレベーターに乗り込み、魔法特務課に向かうと、ラファエルがおかえりなさい、と出迎えてくれる。

「草壁さんから聞いたわ。何事も無かったようで、何よりだわ」
「面白いのはいたけどね」
「あら? いたかしら、今年の新入職員にそんなに面白い子……」
「多分、去年きた子だと思うんだけど、部署異動してきたか、アタシらとは上手く当たらなかったか……とにかく愉快なやつがいたんだよ。鳥海に今ついてまわってるらしいよ」
「そうなのね。いずれ会うかもしれないわね」

 ラファエルはくすくす笑いながら、書類を持って立ち上がる。ヨハンの決済待ちの箱に書類を入れると、彼がスっとそれを持ち上げる。いつもの無表情を、僅かに曇らせた彼に、予算調整できないかしら、とラファエルは小首を傾げる。
 書類を見て、ラファエルを見たヨハンは、ため息をひとつ吐く。無理のない範囲で、とだけ答えた彼に、ありがとうと言った彼女はヨハンの後ろに引っ詰めている髪にキスを落とすのだった。

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