見出し画像

ウィズ、ナイトスケープ 3_1 デビルオブスライミーズ

「で、入り口のこの音はなんだい」
「めっちゃ体当たりしてそうな音ですよねえ」
「多分なんだけど、ゴミ処理スライムが突破しようとしてる音……かな」
「おそらくは、そうでしょうね」

 ソフィーと香奈子が到着した時、ニクラスと瀬田は入り口の重たい金属扉を背もたれにしていた。
 もずん、どすん、と鈍く聞こえてくる音に、ここから出られる可能性があるって知ってるんだねえ、とソフィーはのんびりと感想を言う。そんな彼女に、スライムに知性があるみたいなこと言わないでよ、とうぇっ、と舌を出して嫌な顔をする瀬田。

「工業魔導製品ですよね、ここで働いているスライムって。だったら、流石に知性はないんじゃ……」
「そうだよねえ、香奈子ちゃんもそう思うよねえ」
「オカルティックなこと、あるわけないでしょ。ほら、コスタくん、外山くん、お願いしますね」
「任せておきな。すぐに終わらせてやるよ」

 ソフィーが拳を組んでやる気を見せれば、瀬田とニクラスは互いの顔を見合わせてから、重たい金属の扉を開け始める。わずかに開いた瞬間、中からでろり、とスライムが溢れ出るものだから、ソフィーは溢れた抹茶色の液状魔法生命体を掴んで電流を流し込む。暴力的な音を立てて流し込まれる電流を浴びたからか、スライムはびゅ、とソフィーの手から体をすり抜けさせるとずずずずず、と音を立ててどこかに向かう。おそらく、入り口から立ち去っていったのだろう。
 明らかに逃げる姿勢を見せたスライムに、ソフィーはもうちょっと強めに流すべきだったかね、と首を傾げる。扉を押し開けて中に入った香奈子は、スライムがいたであろう場所がうっすらと黒く焦げているのを見て、十分浴びせたと思いますけど、とドン引きした声をあげる。そうかね、と首を傾げているソフィーに、一発で仕留めるつもりだったんですか、と尋ねる香奈子。そりゃそうだろう、と何事もなく言ってのけるソフィーなものだから、そりゃそうですよね、と香奈子も頷くばかりだった。

「さて、虱潰しに探していけば、そのうち見つかるんじゃないかね」
「そんな気もしますけど……あ、いっそ、この出入り口開けておいて、わたしたちが隠れて、スライムが通りがかったら電流を流し込む! これでどうですか?」
「ああ、いいねえ。問題はどこに隠れるか、だねえ……」
「ここが見えて、かつ身を隠せるところ……」

 きょろきょろと二人は周囲を伺う。出入口付近には観葉植物と消化器、そして歓談用のテーブルがあるばかりで、身を隠せそうなところは見当たらない。
 かと言って、遠いところを選択すれば、転移魔法を使ったとしても逃げられてしまう可能性がある。こういうときに透明化が出来ればな、とぼやく香奈子に、ソフィーはあのポーションはまずいから飲みたかないね、と嫌そうな顔をする。

「ハリー・ポッターみたいに、透明マントでも着ますか?」
「持ってきてないね。いると思わなかったからね」
「ポーションもマントもないとなると……あ」
「どうしたんだい」

 天井を見上げた香奈子に、釣られるようにソフィーも天井を見る。化粧用石膏ボードが貼り付けられた天井には、当然のごとく通気口がある。それを見た香奈子とソフィーは、あるねえ、ありますねえ、と口を合わせる。

「隠れる場所、あったねえ」
「ありましたねえ。問題はここまで追い込む方法ですよね」
「逃げ込みそうな場所全部に、見張りを立てちまうか」
「人手が足りなくないですか? その案」

 ソフィーが言った見張りの提案に、香奈子は今ここにいるメンバーを数える。もしかして、廃棄物処理工場の職員のでも借りるつもりだろうか。
 そんなことを考えていると、ソフィーは人の姿をしてなくても良いんだよ見張りは、とにやにやと笑って答える。

「ちょうどいい人材がいるじゃないか。見張りの形は限定されるけど、数を揃えるのにうってつけの人物が、さ」
「え?」
「ニクラス! ちょいと頼まれちゃくれないかい!」
「なんです? 急に」

 ソフィーに呼び出されたニクラスは、ひょいと金属扉の向こう側から顔をのぞかせる。工場の出入口全部に見張りを立てたい、と彼女が伝えると、少しだけ悩むように顎に手をやった彼は、いいですよ、と答える。
 ぽふん、と軽い音を立てて一羽のうさぎが現れる。以前、香奈子の頭に現れたうさぎとは違い、このうさぎは機械出できたうさぎらしい。
 メカニカルなうさぎはぴょんぴょんと跳ねると、数を増やしていく。香奈子が数えるのも億劫になるほどの数まで増殖をすると、うさぎは一羽、また一羽と工場の中に飛び込んでいく。

「これでいいかい?」
「オーケー!」
「この子から他のうさぎが立ってるところが見られますけど、使いますか?」
「あー……いいや。他の出入口から逃げようとしなかったら、それでいいし」
「ん、わかりました」

 ソフィーとニクラスが見張りの話をしているよそで、香奈子は瀬田にあのうさちゃんって、と尋ねる。

「ニクラス、うさぎの形をしていれば、ああいうカメラ機能や追尾機能の着いたものも召喚できるんだよ」
「へえ! 普通のうさちゃんだけだと思ってました」
「みんな最初はそう思うからねぇ」

 なかなか便利だよ、あの魔法。
 うんうん、と頷く瀬田に、いいですねえ、と頷く香奈子。準備が終わったらしいソフィーが、瀬田にもうひとつ仕掛けたいのがあるんだよ、と声をかける。

「ん? なにを?」
「あいつら、ゴミを吸収するのが本能みたいなもんだろう?」
「ああ、まあ、そうだね。近くに設置されたものは、原則として吸収して分解するはずだね」
「それじゃあさぁ……トリモチを並べたら走り寄ってこないかなって」
「……なるほど。拘束用じゃなくて誘引に使うってことかい」

 いいね、面白い。
 にぱっと笑った瀬田は、ソフィーが潜む出入り口の通気口に一番近い突き当たりまで大量に仕掛けてくるよ、と言うとウキウキと出入り口に向かっていく。それを見送ると、ソフィーは香奈子を通気口の下に馬跳びの馬のような姿勢にさせると、彼女を踏み台に通気口を工具を使ってばこんと開ける。
 重いですよう、と文句を言う香奈子に、アンタほどじゃないと思うよ、と言いながらソフィーが蓋のとれた通気口に手をかけようとした、その時だった。

「おわ!?」
「あいったあ!?」

 じゅばっ、と思わずソフィーが雷を走らせる。それは足元にいた香奈子も巻き添えにしながら、通気口に潜んでいたものにも直撃する。一瞬とはいえ非常に強い電流が流れた香奈子は、痺れよりも強烈な痛みに声を上げる。ソフィーが香奈子から飛び降りると、彼女の上に通気口に潜んでいたものが落下する。それは抹茶色の液状のものだった。わぷぷ、と慌てて広がる液状のそれの下から出てきた香奈子は、あれ、と声をあげる。

「これ、例のあれじゃないですか?」
「処理用スライムかい。なぁんでまた、こんなところに潜んでいたんだか……逃げ出す隙でも伺ってたのかね」
「まあ、とにかく捕まえられてよかった……んじゃないんですかね。工業用の魔法生命体は、他に個体を生み出す機能は備わっていないはずですし、これを逃げ出さないようにすれば、仕事は終わりですよ」
「やったあ。ええと、あそこのカンカンに押し込めばいいんですよね。わたし、取ってきます!」
「じゃあ、アタシは動き出さないように掴んでいるかね。そうすりゃ、いつでも電流を流せるわけだしね」
「それがいいんじゃないかな。さて……」

 瀬田に連絡するかな。
 そう言うと、ニクラスはスマートフォンを取り出して、瀬田の番号に連絡を入れる。ワンコールもしないうちに電話に出た彼は、はあ、と驚きの声をあげて、トリモチ設置する前でよかったわ、とぶすくれた声で返事をする。すぐに戻る、と言って通話を切った瀬田の言葉を、ニクラスがソフィーに伝えると、彼女はからからと笑う。

「踏んだり蹴ったり、ってやつかもねえ、あいつには」
「まったくですよ。僕まで巻き込まれた」
「ははっ。まあ、話を最後まできちんと聞かないアイツが悪いとしか、アタシからは言いようがないねえ」
「本当、それに尽きるんですよね」
「持ってきましたよー!」

 一斗缶のような大型の箱型をした缶と共に転送してきた香奈子に、おかえり、と言うソフィー。さっそく詰めるかね、と言う彼女に、缶の蓋を開けた香奈子がはい、と頷く。ニクラスと三人がかりで持ち上げて、スライムをむにょむにょむにむにと缶の中に詰めていく。その間も、生命体のコアが停止しているのか、それとも破壊されてしまったのか――魔法生命体のコアが停止しているか、破損しているかは傍目では分からないため、スライムはぴくりとも動かない。
 缶の蓋をぎっちりと締め、戻ってきた瀬田の魔法でがちがちに固定――トリモチのような物から、接着剤まで幅広くくっつけることができる彼の得意魔法で缶を密封する。思わず、瀬田の魔法に対して、香奈子がガンプラ作る時とか便利そうですね、と感想を漏らした。ジオラマ作る時楽だよ、と返事が本人から返ってくる。
 工場の職員に、取り押さえた旨を連絡する。しばらくしてやってきた職員に缶詰を引き渡しながら、ニクラスがもしかしたらコアが破損してしまったかもしれない、と伝える。

「ああ、大丈夫ですよ。そもそも、逃亡した時点で廃棄処分する、と決まっていたことですし……むしろ、壊れていてくれた方が、こちらとしては助かると言いますか」
「おや、そうだったんですね」
「ですって、ソフィーさん」
「なんだい。アタシが壊し屋みたいなことを言うんじゃないよ」

 ニクラスの後ろでこそこそと話す香奈子とソフィー。そんな彼女たちを放って、ニクラスはお時間頂戴しました、と丁寧に頭を下げる。瀬田も同じように頭を下げるから、後ろで話をしていたソフィーと香奈子もぺこり、と頭を軽く下げる。
 
「民間にこういうの頼むと、お金べらぼうに取られるじゃないですか。公的機関に依頼ができてよかったですよ。急な依頼に対応してもらって、こちらのほうが頭を下げなきゃいけないんです」
「いえ、何かあっては事ですから。また、こういう事があれば、いつでもご連絡下さい」
「はい。いや、こういう事なんて、あっちゃいけないんですけどね」

 はは、と笑う職員に、そうですね、とニクラスたちは釣られるように笑うのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?