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ウィズ、ナイトスケープ 2_1 キャンディ・ラビットの叛逆

 あ、と思い出したように口を開いた香奈子は、お茶で喉を潤すと思い出したことを口にする。

「そういや、ニクラスさんにボスは強いって言われたんですけど、どのぐらい強いんです?」
「それは……出力を指しているのかしら。それとも、性能のほうだったのかしら」
「あー……どっちのことも言ってなかったような?」
「それなら、全部をひっくるめて、かしら? たしかに、強いけれど……」
「破壊活動なら、誰にも劣るつもりはないが」
「おお……! 物騒でおっかねぇ発言……!」

 そのうちボスが出てくる仕事もあるんですかね、と香奈子が何気なく呟くと、ラファエルが彼女の鼻先を細く長い白魚のような指先で摘む。ふがふがと抗議をする香奈子に、ボスの活躍がない方がよほど平和だわ、とラファエルは言う。そんな彼女の発言にヨハンもゆっくりと頷く。右側に垂れ下がった黒髪がゆるり、と揺れる。
 そんな二人の反応に、香奈子は反省する。この仕事は平和のためにある活動であるのだから、破壊活動が得意だというヨハンの魔法は使わないに越したことはない。

「そりゃそうですよね。物騒な魔法なんて、使わないに越したことないですもん。軽率な発言、すみませんでした」
「分かっていればいいのよ、わかっているのなら、ね。私たちの仕事なんて、ないほうがいいもの。私たちは給料泥棒の方がいいのよ」
「そうだな」
「そうですねえ。あ、でもでも気になります! ちなみに、どんな魔法なんです?」
「そのままだが」
「え?」

 ぽかん、としている香奈子に、くすくす笑いながらラファエルは付け加える。
 
「破壊する魔法、ね。ちなみに、私は再生魔法」
「再生魔法かぁ。あれ、小さい時に骨を折った時に麻酔打ってから、繋いでもらったことあります」
「麻酔打たないと激痛だもの。神経まで再生するのって、大変なのよ?」
「うわー。医療従事者には頭が上がりません……って、ボスの破壊する魔法って、解体現場とかで見るあれです?」
「ええ、あれね。あれの、うんと出力が強いもの」
「ええー……講義かなんかで聞きましたけど、破壊系魔法って出力が一が大半だって言うじゃないですか」
「そうだな」
「一ですら、一発で鉄筋コンクリートにヒビを入れられるんですよね? あれより、うんと強いって、逆になになら破壊できないんだろって思っちゃいます」
「鏡に映った自分は、破壊できなかったな」
「物騒なことしてらっしゃった!」

 うちのボスおっかない実験してましたよ、と香奈子が驚いていると、ラファエルが久しぶりの反応だわ、とくすくす笑う。そんなにおかしいか、とヨハンは不思議そうに首を傾げる。

「おかしいわよ。ふふ! 鏡は砕けたのよね?」
「ああ。鏡は砕けたな」
「そこなんですね! あ、でもみじん切りにする時便利そうですよね」
「あら、それは試したことがなかったわね。今日の晩ご飯で試してもらおうかしら、玉ねぎのみじん切り」
「粉になってもしらんぞ」
「そこはほら、ちゃんと出力調整してね?」

 玉ねぎのみじん切り大変なんだから、とラファエルが小首を傾げると、ヨハンは小さく息を吐いて、分かった、と言う。結果だけ聞きたいです、と香奈子が言うと、もちろんよ、とラファエルは頷く。
 そんなことを言いながら、三人がランチを終えたちょうどその時、内線電話がけたたましくなる。香奈子が立ち上がるよりも早く、ラファエルが立ち上がり、受話器を耳に当てる。部署名を告げた後に、あら、と言った彼女の顔は険しくなる。美人が険しい顔すると怖いなあ、と香奈子はゴミを片付けながらその様子を伺う。
 すぐに向かわせます、と行って電話を切ったラファエルは、ちょうど社員食堂から帰ってきたソフィーに、いいタイミングね、と声をかける。ソフィーに声をかけた、ということは、バディである香奈子にも声がかかるだろう、と踏んだ香奈子はそそくさと立ち上がる。ヨハンは弁当箱をランチクロスに包み直している。

「ふたりとも、今から向かって欲しいところがあるの」
「なんだい、いったい。食後の運動にしちゃあ、ちょいと激しすぎやしないかい」
「あら、そんな事ないわよ、きっと」

 ソフィーとラファエルがそんなやり取りをしている最中に、弁当のゴミを捨てる香奈子。ゴミを捨ててから、どんな内容ですか、と尋ねる彼女に、まだ私たちが出動するべきかは不明らしいのだけど、と前置きをしたラファエルが口を開く。
 話を聞く限り、オフィス近くのコンビニエンスストアで立てこもりがあったらしい。灯台もと暗しとはいえ、よく狙ったなあ、と香奈子が感心していると、ソフィーがスパンと綺麗に頭をはたいて、そうじゃないだろうとツッコミを入れる。しかし物騒だねえ、とソフィーは形のいい眉を釣り上げる。まったくだわ、と頷きながらラファエルは話を続ける。
 
「現在は犯人の説得、および人質の保護のために動いているらしいのだけれど、犯人が魔法を使ったという証言があるそうなの」
「なるほどね。犯人が自暴自棄になったときのことを見据えて、魔法特務課を予め呼んでおきたい、ってところかい」
「そういうことね。理解が早くて助かるわ」
「何年この仕事してると思っているんだい。いい加減理解もするさ」
 
 実際自棄になるかもしれないからね、とソフィーが言えば、そういうこと、とラファエルは頷く。それじゃあ行きますか、と香奈子が提案すれば、出番がないからっていじけないでね、とラファエルが大真面目に言えば、ソフィーは笑って返す。

「アタシらは出番がなくて暇な方が、世間は平和じゃないかい」
「ええ、そうね。でも、出番がなくていじけるのはやめてちょうだいよ?」
「いじけないっての! ったく、アタシだって成人して何年経ってると思ってるんだい?」
「それもそうね。心配するなら、外山さんのほうだったかしら」
「いやいや! わたしが活躍するのって、それこそ突入か怪我人が出た時じゃないですか! やですって!」

 穏便に終わるのが一番ですぅ。
 頬をふくらませて抗議する香奈子に、ラファエルはそれもそうね、とくすくす笑う。防護用具は現地で貸し出してくれるそうよ、と付け足せば、壊さないように気をつけるよ、とソフィーは肩をすくめる。香奈子を引き連れて出ていくソフィーを見送りながら、ラファエルはヨハンを見る。どっかりとソファーに腰下ろしている彼を、立ったまま見下ろしていたラファエルだったが、つまらなさそうね、と言いながらヨハンの隣に腰を下ろす。

「つまらなくはない」
「ふふ、そうなの? 久しぶりに前線に出られるんじゃないかって思っていた、って顔に書いてあるけれど……」
「気のせいだ」
「ふふ、そう言うことにしておいてあげる」
「……草壁か」
「ん? ええ、草壁さんからの要請よ。彼、慎重派だから、向こうではよく私たちをすぐに呼ぼうとするな、って言われているらしいけれど……」

 あちらでまた言われないかしら。そうラファエルが心配そうに口を開くと、ヨハンは言われるだろうな、とソファーに深く背を預けて言う。ヨハンの太い首から、刈り上げられた後頭部にかけて咲く、黒い一輪の薔薇を模した刺青を隠すように、ラファエルの肩甲骨まである緩くウェーブした銀髪が触れる。彼の肩に頭を預けたラファエルは、あなたが前線に出るような仕事は少なくていいのよ、と小さく呟く。それに、そうだな、と返事をしたヨハンは、左肩にある彼女の頭を撫でる。
 一度、二度、と撫でられていたラファエルだったが、五度撫でられるあたりで、昼休憩終了を告げるチャイムが鳴る。それが鳴り終わると、彼女は猫のようにするり、とヨハンの手をすり抜ける。

「はい、休憩は終わりよ、ダーリン」
「つれないな」
「仕事とプライベートは分けたいの」
「そうか。尊重しておこう」
「ふふ、それは嬉しいわ」

 ヨハンも重そうに腰を上げる。とんとん、と二度腰を叩いた彼は、かったるそうな空気をまとったまま自席に向かう。彼が仕事を始めたのを見てから、ラファエルもまた、未決済の書類に手を伸ばすのだった。

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