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嗤うノウゼンカズラ2日目-夜

 深夜。第三区域の奥まった港にある、再開発が予定されている半ば放棄された倉庫街の一角にある、コンテナの中にベルクはいた。
 常と変わらぬ黒地のストライプジャケットに、無地の黒いスラックス。赤地に深い赤色のトライバル模様が目立つシャツ。黒いネクタイと、黄金色のネクタイピンが彼がまだ眠る予定がないことを見せつけている。
 ベルクはいらだち交じりに舌打ちを打つと、両手を一瞬光らせる。迫り来る弾丸は、彼の体に触れようとした瞬間、弾丸の先から削り取られるように消えていく。消える弾丸と無傷の男。何発銃弾を撃ち込んでも、撃ち込んだ端から銃弾は塵のように削れていく。ありったけ打ち込め、手榴弾持ってこい。怒号が響く。
 どこからともなく投げ込まれた手榴弾が、床に着地する。ちょうど、ベルクの足元に落ちたそれは、かっ、と閃光を放とうとした。スタングレネード――目くらましのそれを投げ込んだ男は、これならベルクの異能を封じ込めることができると確信していた。自分たちの武装能力を持ってすれば、いけすかない男など蜂の巣にできる、と。
 ――しかし、スタングレネードは一瞬光りかけてその光を収めてしまう。そもそも、そんなものなどなかったかのように、彼の足元は整然とした状態である。唖然としている男たちをよそに、ベルクはタバコを一本、口に銜える。安いライターで火をつけ、甘ったるい煙を吐き出すと、心底どうでもよさそうな顔で、ベルクは飽きたな、とぼやく。
 そんな声など聞こえない男たちは、倉庫から引っ張ってきたありったけの武器をベルクに向ける。前も後ろも、右も左も、上も、見渡す限り武器、武器、武器。まるで武器の展覧会だ。

「よくまあ、それだけ集めてきたもんだ」

 ベルクがタバコをふかす。甘ったるい人工的な甘味の煙が屋内に広がり、そして――異常な音がする。
 それは頑丈な造りをしているはずのコンテナが、破壊される音だった。ベルクを中心に、ヒビが入り、徐々に拡がっていくそれは――致命的にコンテナを破壊する合図だった。
 みしゃみしゃ、と小さく音がしていたかと思うと、突然コンテナの天井部分が砕け落ちる。鋼鉄が落ちると同時に、内側に向かって側面の壁が倒れてくる。重火器を構えていた男たちは、襲いかかる鋼材の破片を、頭を抱えて受け止めるばかりだった。
 ベルクの持つフラッシュは分解。あらゆるものを分解し、破壊する。分子レベルまで破壊した弾丸や手榴弾同様、降り注ぐ鋼材を細かく分解していけば、彼だけは無傷でその場に立っていられる。
 コンテナが鋼材の屑と化し、下敷きになった男たちの呻き声が重なり合う。月明かりひとつない夜空に向かって、ベルクはタバコの煙をひとつ吹く。運よく鋼材の屑の雨から逃れることができた男の一味が逃げようとするのを、ベルクは足元に転がっている鋼材を蹴り飛ばして激突させる。気絶した男たちをよそに、二本目のタバコに火をつけていると、鋼材の屑山から抜け出そうとする手が見える。その手が一瞬光り――ベルクは舌舐めずりをする。
 鋼材の山が持ち上がると、中に埋まっていた男が立ち上がる。男は二、三頭を横に振ると、男は悠々とタバコをふかしているベルクを見つけたらしく、血まみれの顔面をそのままに、重力に逆らうように持ちあがっていた鋼材を、勢いよくベルクに向かって飛ばしていく。風をきって勢いよくベルクに襲いかかる鋼材は、やはり彼の元に到達する前に塵芥同然になる。
 目の前で起こされる、どうしようもない攻撃の通じなさに負傷している男はくそが、と悪態をつく。

「それだけか? つまらねえな」
「なにがだ……!」
「せっかく、立ち上がれたのに、俺に傷ひとつつけられねえ。ちゃっちぃなあ?」
「ぐ、ぐぐ……」

 息を詰まらせるように唸る男は、頭からダラダラと血を流している。握っていた銃は、鋼材が落下した衝撃で銃身がへし曲っていて、使い物にならないのは明白だ。仮に使えたとしても、目に血が流れ込む状態では、思ったように狙いをつけるのは難しいだろうが。
 だが、と言葉を切ったベルクはもう一度舌なめずりをする。街灯も月明かりもない夜空で、僅かな星あかりで光る両耳のピアスばかりが目立つ。数歩、瓦礫を踏んでふらついている男に近寄るベルク。
 透き通った茶色の両眼が男を見下ろす。男は色を感じさせない両眼に見下ろされて、息を飲む。今更、自身が何と対峙しているのかを悟ったのだろう。到底、自分が太刀打ちできない相手という絶望。逃げるように本能が警告を発しているが、到底それは無理な話だ。脳がどれだけ警告を発していたところで、ベルクという大蛇に睨まれた、あわれな蛙とも言える男にできることなどなにもない。
 手をゆっくりと持ち上げるベルクと、足が張り付いたように動かない男。かたかたと震えるばかりの男は、最後の抵抗をしようと目論むが、悲鳴一つあげられない。男が、自身の持つ、重力を操るフラッシュを使うことを思いついた時には、もう遅かった。
 動けない男の肩に、ぽん、と手を乗せたベルクは、おつかれさん、と言うと、手を光らせる。みし、と男は自分の体から出てはいけない音が聞こえたのを感じる。みしみし、という音と共に壮絶な激痛が襲ってくる。体を内側から焼かれるような痛みに、口から絶叫が迸りそうになる。しかし、喉は壊れたおもちゃのように悲鳴一つあげられない。
 体の、腕の、骨が、一部分かけていくような悍ましい感覚を最後に、男は意識を手放した。きっとそれは、男にとって幸いであったことだろう。

 あたりは寄せては返す波の音ばかりで、苦悶の呻き声すら聞こえない。遠くからかすかに聞こえる車の走行音を聞きながら、ベルクは腕に巻いているバングルを触る。ホログラム映像にいくつか触れると、咥えていたタバコを一度ふかす。ぶわっと一瞬、甘ったるい白い煙が立ち込めては、海風に流されていく。
 なんともいえない無常感を覚えながら、ベルクは黒のネクタイを軽く緩める。一息ついた彼は、適当な鋼材の上に腰を下ろす。
 
 夜は、まだ長く、深い。

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